日本人が知らない「1000円カット」の真の魅力

映画「SATC」は男性向け映画?

ハリウッド映画の『SATC』をご存知でしょうか。省略せずに言うと『セックス・アンド・ザ・シティ』。4人の中年女性がドタバタを繰り広げるラブコメディで、ヒットしたため続編もつくられました。

国内配給会社の宣伝担当者は、この映画のウリを問われて「女性が聞きたいガールズトークです」と答えていました。

そのため、映画のプロモーションは女性向けにおこなわれ、いざ劇場公開がはじまると、観客席はほとんど女性、あとはカップルがちらほらという状態。宣伝担当の戦略は正解だったように見えますが、この作品がDVD化され、セル、レンタルがはじまると、TSUTAYAなどのデータベースでは30代、40代以降の男性の貸し出し履歴がすごい勢いで伸びたのです。

つまり『SATC』は「男性も観たい、聞きたいガールズトーク」であったというわけです。しかし、ターゲットとウリがズレていることに、宣伝のプロである配給会社の担当者は思いが至りませんでした。

もし、ここに気がついていたなら、女性向けのプロモーションだけでなく、男性向けのプロモーションも実施することができたでしょう。「この映画は女性が楽しめるコンテンツですが、男性も一緒に、いいえ男性だけで観に行っても楽しめる映画です」とアナウンスする。さらに、あえて男性限定の試写会を開催して話題づくりをするという選択肢もありました。

もし、そうしたプロモーションも仕掛けることができたら、興行収入は1割、2割アップしたのではないでしょうか。けれども、宣伝のプロであっても、そこには気づかなかったわけです。

もう一つ、例をあげます。新聞です。新聞または新聞社のウリはなんでしょうか。この質問を、新聞社の人や記者さんにぶつけたときに返ってきそうなのが、「記事の質が高い」「情報が早い」「社説を読んでもらえればわかる」など、記事内容の優位性をウリとする回答です。

もし、本当にその通りなら、いまほどいい時代はありません。誰もがインターネットにアクセスしますから、自慢の記事をサイトにアップすれば、みんなが読んでくれて、有料会員になってくれるでしょう。ところが実際は、リアルの購読者も減っていますし、デジタル会員の登録者も増えていません。それを見る限り、どうも自己分析のウリは正しくないように思えます。

では、新聞社のウリとは一体なんなのか。あるとき、作家のエージェント会社・コルクの佐渡島庸平さんが、ラジオでしゃべっているのを聴き、納得がいきました。

新聞社のウリとは、夜中の2時までかけて書いた記事原稿が、ほんの数時間で新聞という印刷物になって、全国の家々の玄関口までストンストンと届く、スーパーな印刷&デリバリーシステムなのです。しかし、プライドがジャマすることもあり、きっと彼らは、このウリを認めることはないでしょう。

1000円カットの真の魅力とは

いまや主要駅の近くやオフィス街の端に、必ず店舗を見つけることのできる1000円カットの理髪店チェーン。「1000円」とついているくらいですから、そのウリは低価格だと思いますよね。では、本当に安売りビジネスなのか、ふつうの理髪店と比較してみましょう。

ふつうの理髪店は、1時間あれば一人の髪をカットして、4000〜5000円の料金をいただくビジネスです。これに対し、1000円カットでは一人10分ですから、1時間あればフル回転の6人はムリでも、5人くらいの髪を切って5000円をいただけます。どちらも、同じ程度の売上です。

しかし、1000円カットのお店では、シャンプーやヒゲ剃り、毛染めなどはしませんし、マッサージや耳かきのようなサービスも一切なし。ですから、出店の際はオフィスのようなハコさえあれば十分で、設備投資も少なくてすみます。それを考えれば、むしろ1000円カットのほうが、儲けを出せるビジネスだと言っていいでしょう。

つまり、1000円カットは、安売りビジネスなどではないのです。

では1000円カットのウリはなんなのでしょうか? たとえば、忙しいビジネスマンが、駅近くにある1000円カットのチェーン店前を通りかかり、「最近、髪を切っていないからそろそろ切りたいんだよな……」と考え、店内を覗くと、お客さんが3人待っています。

「あ、こりゃ時間がかかるな。今日はやめておこう」

数日後、また店舗の近くに来たこのビジネスマンが、店頭のランプを見て待ち時間なしだとわかりました。覗いてみると、今度は一人も待っていません。

「おっ、すぐに切ってもらえる!」

こうして10分後には、また仕事に戻ることができました。髪をカットできるのはもちろん、待ち時間も切る時間もカットできたのです。そう、時短ビジネスであることこそが、1000円カットチェーンの最強のウリなのです。

なにしろ、世の中で時間よりも価値のあるものは売っていません。業界トップのQ社のキャッチコピーは「10分の身だしなみ」ですが、もっとあからさまにウリを書くとこうなるでしょう。


時間がない? 髪も待ち時間もカットします!

ベタすぎますか? けれども、キャッチコピーの効き目はウマく書くことより、伝えている中身で決まるのです。ウリがはっきりとわかると、ターゲットが明確に定まってきます。そして、キャッチコピー文も、より具体的に書くことができます。セールストークもシンプルで強いものになります。これにより、ウチの商品の価値をわかってくれるお客様と、つき合うことができるようになるのです。

大事なのは「正しいウリ」を見つけること

これまで見てきたように、大手企業や有名チェーンなどであっても、ウリをカン違いしている例には事欠きません。スケールメリットでなんとかなる大手はよくても、スモールビジネスの場合ですと、ビジネスがうまくいかない原因や、モノが売れない原因は、商品やサービスのウリを間違えていることなのです。

間違ったウリをもとに、自分でキャッチコピーを書いても、あるいはコピーライターに高額を支払って外注しても、「期待したような反応がない」のは当然です。

「キャッチコピーで売れた!」という話もよく聞きますが、実際は正しいウリのポイントを見つける考え方やノウハウこそが大切です。大工さんが段取り八分というように、売れるキャッチコピーとは、エッジのきいた一文を書くことではなく、「ウリを見つけるプロセス」が、その9割を占めているのです。