新規のアイデアを殺さないために
イノベーションについては、企業のトップや関係者がいろいろと戦略やビジョン、あるべき組織体制の必要性などについて語る。しかし、結局のところ、イノベーションは現実のプロジェクトという場において試みられ、プロジェクトにおいて成功する。
一方、プロジェクトには(それが形になる前から)いろいろな段階があって、それぞれに紆余曲折がある。多くは実を結ばない。生存競争をかいくぐっていかなければならないのだ。
だから、成功率も低いと言われる。しかし、それは3%の成功と97%の失敗などではなく、100%の試行錯誤だ。どれだけ試行錯誤がうまくできるかがポイントである。
イノベーションは、かつては偶然生まれてきたアイデアが実を結んだり、研究部門の発明が新たな製品につながって生まれるといったイメージが強かった。だから、マネジメント(管理という意味合いで)の対象ではないという認識が高かったように思う。
こうした「脆弱」なもの(計画できないもの)は大企業では潰されがちなので、「大企業ではイノベーションは起きない」といったバイアスが生み出されてきた。
ところが最近では、スタートアップイベントでのピッチコンテストや、大企業での社内アイデアソンが盛んだ。ある意味、多くのアイデアを募って、そこから新たな事業の芽を発見して選別、育成していこうという、システマティックなイノベーションのスタイルに変わった。
私自身は、このスタイルもいずれ変わると思っているのだが、これらの前提には「数(多産)の論理」、つまり、多くのアイデアがあったほうが最終的な成功確率は高いという単純なロジックと、「良いアイデアはスクリーニングされて生き残っていく」という性善説的な「自然淘汰」的信念があるようだ。
しかし、このやり方は(私の限られた経験からだけだが)必ずしもうまくいっていない。まずスクリーニングの過程がブラックボックスになっている。
「使える」アイデア評価のコメントとは
多くの企業では、イノベーションのアイデアを評価するための場を設け、そこに外部専門家を招くなどして、きわめて短時間で評価し、選別していく、ということが行われる。これは重要なのだが、専門家によって、与えられるフィードバックなども異なり、本当に面白そうなアイデアが必ず残っていくわけではない。
よくたとえで言われるように、「真のメール」(良いアイデア)を「偽のメール」として仕分けて迷惑メールボックスに入れて(潰して)しまうことがある。もちろん、逆もある。
筆者自身もこうした場に参加することも少なくないが、ここで問われるのが、専門家としてのコメントである。
評価には2種類ある。1つは100点満点中何点かとか、消去法的評価法。もう1つはスープを味見して、もっと美味しくしようとする評価法だ。重要なのは後者である。
アイデア評価の場でのコメントを観察していると、3つほどに分類できる。
② 次に、(大胆なアイデアほどリスクが高いので)無謀な試みを諌めて安全なゾーンに戻す。クライアントに大損をさせないので、安全パイ狙いだ。これはコメントする側のリスクも少ないが、過去の経験からいうと、若い芽を摘んでしまう結果になることも多い。
③ そして、示唆に富んだ、含蓄のあるコメントを出す。たとえば、「顧客のフィードバックをちゃんと得ましたか」「直感だけで判断してませんか」「部分的にしか見ていないのでは?」などなど。
この③のコメントの多くは、「スープの味見型」で、より美味しく磨いていく評価の方法だ。これらは専門家の個人的経験に基づいていることが多いようだ。しかし、単に過去の成功事例や自慢話を挙げてこうしたらうまくいく、などと言われても腹に落ちない。
また、私たちは過去の成功ストーリーばかりに目を向けがちだが、それらの多くには再現性がない。実は、役立つのは彼ら自身の「失敗のデータベース」からの示唆だ。スタートアップにとってエンジェルやコーチが不可欠なのは、彼らの「輝かしい失敗」の経験知ゆえだ。
では、そこには何らかの原則や「型」があるのだろうか。
16の「輝かしい失敗」のパターン
こうした意義深いコメントには、いくつかのパターン(型)がある。『失敗の殿堂』に紹介されている「輝かしい失敗」は、全部で16のパターンに分類されているが、専門家のコメントに共通するものが多い。これらのパターンは、成功のパターンやストーリーではない。ありえる「落とし穴」をパターン化しているのだ。
ただし、その応用には想像力を働かせる必要がある。以下に、各パターンの意味するところと、そのときに問いかけられるフレーズを例として挙げてみた。
(問い)「全体でなく部分しか見ていないのでは?」「違う視点で眺めてみたらどうでしょう?」「他のプレイヤーの動きをもっと見てみたら?」
(問い)「もっとワイルドなシナリオが必要なのでは?」「ブラックスワンが何羽も出てきたら?」
(問い)「顧客価値は高くても、全く儲からないビジネスモデルになっていないか?」「自社が全然儲からないが?」「誰が儲かる構図になっていますか?」
(問い)「当初の想定から現在は状況が変化してないか?」「それって、もう遅い可能性がありますが?」
(問い)「誰も欲しがらない商品やサービスを提供しようとしてないか?」「主役のいないパーティ?」
(問い)「仮定と現実を混同していませんか?」「妄想に走っていませんか?」
(問い)「この計画どおりにいくと思い込んでないか?」「真空状態にいるような感じはありますか?」
(問い)「だれもついてこないビジョン?」「単なる妄想になっていないか?」「リソースをどうやって調達してきますか?」「パートナーは誰ですか?」
(問い)「撤退プランは考えていますか?」「要らない仕事を抱えていませんか?」
(問い)「バイアスがあるんじゃないの?」「それって、これまでのやり方の繰り返しになっていない?」「トートロジー的思考(事故が起きていない、だから安全だ)?」「よくあるイメージの再生産になっていないか?」
(問い)「自分の直感を過信していないか?」「アートだけではダメなんじゃないか?」
(問い)「◯◯の値段が上がったらどうします?(実際にあった話:切手代が上がるとダイレクトメールの需要は減る。だから新印刷工場の投資規模は小さくした)」
(問い)「失敗を振り返ってみよう」「別の発見があったのでは?」
(問い)「木と森をそれぞれ見よう」「中庸の視点が求められますね」
(問い)「ファーストペンギンはいいけれど、そこに水はあるの?」
(問い)「席は1つしかないかもしれないよ」「勝てるシナリオになっていますか?」
パターン活用で危機を回避する
関心をお持ちであれば、本書をご覧いただきたい。では、こうしたパターンがわかったらどうするのか? いうまでもなく、ピボット(軸足を決めつつ方向を転換する)だ。
これまでの失敗の概念では、失敗が起きた原因について情報収集と分析を詳細に行い、結論づける。そして、次の機会に未然に防ごうとする。それはイベント(事故)が起きた後にしかできない。そして、それが再現されないようにする。したがって、まだ終わってもいないのに分析などできないというわけだ。
ところが、同じような状況はほぼ起きない。これはかつての失敗データベースや知識管理的ナレッジマネジメントの失敗と同じだ。過去の出来事を再利用しようとしても再現性があるとはいえないのだ。
一方、イノベーションは継続的な試行錯誤だ。従来のような失敗分析では、今・ここで起きている事業の修正や未来への学習にはならない。そこで、「輝かしい失敗」のパターンは、これから、あるいは、今・ここでイノベーションにかかわろうというプロジェクトリーダーやメンバーにとっては珠玉の智慧となる。
つまりそれは、これから起こりうる失敗のパターンによって、クライシスを回避できる「早期警戒システム」となるからだ。実は、このような知識の活用こそ、本来のナレッジマネジメントでもあるのだ。
オランダの「輝かしい失敗の研究所」では、失敗事例や失敗を回避した事例などをもとにした、学習コミュニティーのための会員専用のプラットフォームを設けている。そこで、パターンを用いながら、新たなプロジェクトの展開をシミュレーションできるようにしている。
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