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簡素化進む「葬儀」に新風を起こすカノンの挑戦

コロナ禍により、葬儀も様変わりしている。葬儀会場での三密を避けたり、会場までの移動中の感染を防いだりするため、葬儀への参列者は大幅に減り、通夜を省いた「一日葬」、通夜や葬儀・告別式などを行わず納棺後すぐに火葬する「直葬」も増えている。

東京都内のある葬儀社では、コロナ禍前と比べると、一般葬・家族葬の割合は40%減と大幅に減少し、1日葬は25~30%増、直葬は10~15%増になっているという。

葬儀業界では当初、「コロナが収束すれば、元に戻る」との観測が多かったが、コロナ禍が長引くにつれ、「元には戻らないだろう」との見方が強まっている。

そのため、「葬儀単価が大幅にダウンしている葬儀社も多く、整理・淘汰が進むだろう」との声も聞こえるなか、葬儀・弔いの新しい形を提案する葬儀関連業者も出てきている。その1つは、東京都葛飾区に、貸し葬儀場と遺体安置所を兼ね備えた葬祭施設を構える「想送庵カノン」(以下、カノン)だ。

カノンの取り組みとは?

カノンは2019年1月にオープン、2020年9月から新しい弔いの形「安置葬」を提案し始めた。「安置葬」とは、いったいどういうものなのか。カノンを運営する三村麻子社長に話を聞いた。

安置葬とは、葬儀・告別式などの「儀式」より「過ごし方」を中心にし、故人と親しい関係にあった人たちとのお別れを大切にした弔い方であるという。

葬儀の一般的な流れは、病院などで亡くなった後、「①安置、②通夜、③葬儀・告別式、④火葬」となる。これらの中で、葬儀の中心は、②と③の儀式だ。だが、②と③の儀式は、短時間の間に、一度に多くの人が集まることから、コロナ禍では、人数を大幅に少なくしたり、会食は行わないなどの大きな制限がかかるようになった。

そこで、数日ある①の安置期間中に、故人と親しい関係にあった人たちが故人と一緒に過ごしたり、面会できるようにしたりして、最期のお別れをしようというのが「安置葬」である。

ここで故人と親しい関係にあった人たちというのは、家族・親族だけではない。

「家族葬のデメリットは、血縁関係以外の方を呼ばなくなったことです。しかし、故人と生前お付き合いのあった方の中には、血縁関係以上に親しい方がいます。安置葬だと、そういう方も最期のお別れをすることができます」(三村さん)

カノンは、看護学校の空き校舎をリノベーションした葬祭施設である。そのため、部屋数が多く、大中小あわせて14室を貸し葬儀場としており、これらの部屋は、葬儀を行わない場合でも、安置室として利用できる。この部屋とは別に面会専用室も3室設けており、ここで面会するか、14の個室を安置室として利用するか、選択できるようになっているのもカノンの特徴だ。

カノンが「安置葬」を開始した2020年9月1日から2021年5月末日までの利用者数は、前年同期に比べ2.2倍となった。利用者数の内訳は、「安置期間中に2回以上の面会」が54%、「付添い・宿泊」32%、「面会1回」10%、「面会なし」4%の順。安置葬のコンセプトに沿った付添い・宿泊が約3分の1を占めており、故人と一緒に過ごしてお別れをしたいという人たちは比較的多い。

どのような遺族が利用するのか

では、付添い・宿泊(安置葬)を利用するのは、どのような遺族なのか、三村さんに尋ねた(故人・遺族の属性や発言内容などは、三村さんが遺族にヒアリングしたもの、遺族の許可を得て掲載)。

故人は80代の男性。妻と長女(40代)と3人暮らしをしてきたが、4年前から認知症が進み自宅近くの高齢者施設に入居。しかし、コロナ禍のため1年半近く家族に会えないまま、施設で突然体調が悪くなり逝去した。

自宅には連れて帰れないので、故人と一緒にいられるところを探し始め、カノンをテレビで見たことを思い出して長女が電話で依頼してきた。遺族の最大の希望は、故人と十分なお別れの時間を持つことで、6日間の滞在を希望した。

6日間というのは、火葬までの待機日数などはまったく関係なく、「娘さんたちは、施設に入居してもらったお父さんに、面会規制で1年半も会いに行かなかったことを、とてもつらく思っていました。そこで、1回面会に行く時間を1時間、週1回面会に行くとすると、1年半の面会時間は最低6日間と考えて6日にされた」そうだ。

最初の4日間は、妻、長女、次女、次女の夫、孫2人の6人が、ほぼ毎日のようにカノンを訪れ、故人の思い出話などをしながら、長時間、故人と一緒に過ごしていた。また、5日目は夕方、全員が揃って来館して食事をし、夜は故人の棺を囲むようにして宿泊した。

安置期間中には、おじいちゃん思いの孫2人が、折り紙を使った立体花の貼り絵を3日間かけて作り棺に納めたり、妻の兄弟と甥などが面会に訪れ、数時間にわたり思い出話をしていたそうだ。故人に対して、それぞれ感謝の気持ちを表せるのも、時間をたくさん取れる安置葬ならではだ。

遺族は葬儀後、「6日間という安置時間は、家族の宝物です。入居施設からの突然の知らせにパニックになり、もし、この6日間の時間がなければ、死を受け入れることはできなかった。気持ちの整理はまだまだできないし、もっと傍にいたかった」と話していたそうだ。

カノンで葬儀を行った遺族の多くが、儀式より安置期間中のほうが心に残ったと話すという。その理由について、三村さんは次のように説明する。

「ご遺族にとっては、弔いの時間が何より大切です。昔は、自宅に安置して故人と一緒に過ごすのも弔いの時間でした。ところが、都市部、とくに東京では、自宅ではなく安置所に安置するようになり、その安置所で滞在できるところはほとんどありません。

そのため、安置して故人を弔う時間が抜けてしまい、通夜式、葬儀・告別式という儀式だけになってしまいました。儀式だけではわずか3時間ほどです。3時間では、大切な人の死を受け入れてきちんとお別れするには短すぎます。そのため、儀式だけでは満足できない遺族が多くなっているのです」

カノン設立の背景

実は、三村さんは中学生だった娘をがんで亡くした遺族でもある。三村さんと一緒に想送庵カノンを立ち上げたメンバーの多くも、子どもや配偶者など大切な人を亡くした遺族だ。

「設立メンバー全員で、それぞれが大切な人を見送ったときに経験したよかったこと、嫌だったことなどを踏まえ、遺族にとってどういう弔い方がいいのかを時間をかけて検討しました。その結果、最後は亡くなった人と共にゆっくり過ごせるのがいちばんよいということで意見が一致し、それを『見送り葬』と名付けました」

「見送り葬」と「安置葬」の基本的な考え方は一緒だが、前者はやや抽象的でわかりにくいことから、コロナ禍にあったプランをつくるに際し、具体的でわかりやすい言葉として「安置葬」に変更した。

大切な人を見送った時に経験したよかったこととしては、三村さんの場合、娘さんにエンバーミング(遺体衛生保全)を施し、自宅に安置して5日間を一緒に過ごしたことだ。その後、葬儀場で3日間(仮通夜、通夜、葬儀・告別式)過ごしたが、遺族にとっては自宅の5日間のほうが大事だと思ったという。

「自宅では、娘の学校の友達などが次々にたくさん弔問に来てくれて、娘のことをいろいろ聞くことができたからです。当時、娘は病気でしたから生活のあらゆる面に気を配っており、娘のことは何でも知っていると思っていましたが、そうではありませんでした。例えば、学校の同じクラスの同級生と親御さんも来てくれて、娘はその体が弱かった同級生に積極的に関わってくれたとお礼を言われました。とてもうれしかったです」

三村さんは、娘さんを亡くしたことによるこうした体験によって、「弔いは、愛情であり、時間をかけるということが最も大切なのだということが、初めてわかりました。そのことを娘が教えてくれたと思っています」と明かす。

簡素化の流れが進む葬儀業界。その一方で、弔いの時間を大切にしたい遺族もいる。葬儀・弔い方は、家族葬や1日葬、安置葬などその家族が納得する形を選べることがいちばんだ。