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納得!だからあの人は「部下がついてこない」のか

現場にとって、理想のリーダーとは?

できるリーダーには3種類のタイプがあります。

第1に、「職人気質」タイプ。自分では仕事ができるけれども、なぜうまくできているのかを語ることができない人です。

第2に、「評論家」タイプ。これは自分では何もできないけども、教えたり説明することに長けている人です。

第3に、「プレイングマネジャー」タイプ。仕事ができて、しかもうまくいく理由を語れる人です。

現場にとって、理想のリーダーはどのタイプでしょうか。

第1の職人型マネジャーは、若い部下にとってついていくのは大変です。親方の背中を見て技を盗み取れ、といったやり方では、いまの若い人たちはついてきません。第2の評論家タイプも、いまの若い人には嫌われるでしょう。

では、第3のプレイングマネジャータイプが理想のリーダーでしょうか。しかし、この「できて語れる」万能型リーダーもまた部下がついてこない可能性があります。というのも、このタイプのリーダーが「語れる」のは、あくまでも「因果関係が明確な領域」に限定されるからです。因果関係が不明な場合、そもそも「語る」ことはできません。

では、因果関係が不明な場合でも、部下が自発的に動く理想のリーダーとはどのような人なのでしょうか?

「できず語れない人」が理想のリーダー

部下が自発的に動く学習する組織のリーダーには2種類あります。組織の因果関係を明確化し、そこで真の原因を特定し、問題解決を図っていくリーダーです。ピーター・センゲの主張する学習する組織は大別すると、次の3つに分類されます。

① 志の強さ(自己マスタリー、共有ビジョン)
② 現状の理解の深さ(システム思考)
③ 創造的対話(メンタルモデル、チーム学習)

このなかでも②のシステム思考によって現状を取り巻く因果関係をループ図によって明らかにしていくことが重視されます。言い換えると、因果関係の明確化です。ここでは、「できて語れる」少数の人たち、あるいは「できないけれども語れる人」が対話によって解決策を模索することが可能です。

しかしながら、因果関係が明確化できない領域があります。それは組織の人たちの行動変容が必要になる場合です。これを「適応課題」と呼びます。この適応課題では、因果関係が明確化できないため、トップダウンによる技術的な課題解決は難しくなります。

それにもかかわらず、優秀な外部コンサルタントや組織内の「できて語れる人」を寄せ集め、問題解決を図ろうとする組織は少なくありません。その結果、提案される解決策は決して問題を解決せず、むしろ不必要な仕組みを押し付け、現場の人たちの負担を増やすだけに終わってしまうのです。

この適応課題に直面した学習する組織のリーダーとは、「できず語れない人」です。一見すると無能なリーダーのように思われるかもしれません。しかし、事実は、できる人を見出し、そこから学ぶことができる有能なリーダーなのです。

かれらは、身近なところに存在する「できて語れない人」を探していくことから始めないといけません。リチャード・パスカルらの著書『POSITIVE DEVIANCE(ポジティブデビアンス)』では、学習する組織のリーダーの本質として、次の老子の言葉を引用しています。

人から学び
人とともに計画し
人が持っているものから始め
人が知っていることから構築せよ
最高のリーダーたるもの
事が成れば
皆語るだろう
私たちがそれを成し遂げたのだと

「できて語れる人」は、必ずしも「人から学び」「人とともに計画し」「人が持っているものから始める」ということをしません。むしろ、自分で計画し、自分はもっているけれども他の人が持っていないものを要求することから始めます。それでも因果関係が明確な領域では機能します。しかし、適応課題の場合、組織はかえって混乱することになるのです。

なぜ因果関係が明らかにならないのか?

では、なぜ適応課題では因果関係が明らかにならないのでしょうか。その理由は行動変容が必要とされるという事実にあります。行動変容を求めて問題の原因を特定するというのは、いわば悪者探しです。

悪者だと指摘されて素直にそれを受け入れる人はそんなに多くありません。むしろ、反発を招くことになるでしょう。そうすると、望ましい方向への行動変容はよほどコントロールされた監視下にあるのでないかぎり難しいものになります。

心のなかで反発しながら嫌々従ったとしても、それによって組織に大きなエネルギーが生じることにはなりません。組織は士気が高くなければ機能しないのは明らかでしょう。

このような場合、必要なのは悪者ではなく成功者を探し出すことです。成功者の行動特性を明らかにし、それを模倣することで適応課題を解決していくのです。言い換えると、失敗の因果関係ではなく、新たな成功の因果関係を作り出していくということになるでしょうか。

しかし、この新たな成功の因果関係はなかなか明らかになりません。というのも、ここでいう成功者、すなわち「ポジティブな逸脱者(PD)」は、通常、自分が成功者であることに気づいていないからです。

突出した成功者はPDにはなりません。というのも、そのような人は普通の人たちにとって参考にならないからです。

二刀流の大谷選手のマネをせよ、といわれてマネできるプロ野球選手はほとんどいないでしょう。それよりも平均的な体格、素質をもつ選手で、それでも平均以上に成績を上げている選手がPDになります。

コンピタンシー評価がなかなかうまくいかないのもそこに理由があります。ハイパフォーマーに着目しても、それはボトムアップやひいては組織変革にはつながらないのです。

学習する組織に生まれ変わる「反転質問」

このようなPDは組織の片隅に埋もれています。というのも、どうしても突出した成功者のみが目立つからです。したがって、PDをあぶり出すためには、それに適した質問によって特定していく必要があります。

そこで鍵になるのが、反転質問です。反転質問とは、「~にもかかわらず、うまくやっている人はいますか?」というものです。

「~」の部分に該当するのが、悪条件です。たとえば、営業担当者の場合、若手であるというのは経験が少ない分、大口得意先も少なく、この悪条件に相当します。そして、若手の成績が全体的に芳しくなかったとしましょう。そのとき、このように質問するのです。

「若手であるにもかかわらず、営業成績が平均より高い人はいますか?」

多くのマネジャーは、全体的な傾向をみて、それでステレオタイプ的に判断する傾向が強いといえます。「A地域の営業成績がよくない」という判断は、あくまでもA地域全体の売上額に言及したものです。その売上額が低かったとしても、営業担当者のなかには平均よりも優れた成績を収めている例外的な人がいるはずです。

全体の傾向から平均値を求め、一律的な判断を下しては、PDは見つかりません。PDとは統計学でいう外れ値のことです。それは平均値からは乖離しているからこそ外れ値というのです。

この外れ値であるPDを見出すためには、「~にもかかわらず、成功している人はいますか?」という反転質問がどうしても必要です。この反転質問をできるかどうかが、学習する組織に生まれ変わる鍵となるのです。

学習する組織を進化させるリーダー

ピーター・センゲの学習する組織は、因果関係が明確な技術的問題についてはうまく機能します。しかし、行動変容を伴う適応課題の場合、システム思考による因果関係の特定というアプローチにとどまるかぎり、学習は難しくなるでしょう。

組織で生じる個々の出来事の背後には、何らかのパターンがあり、そのパターンは組織の構造によって大きく規定されています。学習する組織では、この構造における因果関係を明らかにしようとします。

それに対してPDアプローチでは、この構造のさらに背後にあるメンタルモデルや隠された行動、すなわちPD行動に着目します。ここにダイレクトにアプローチすることにより、新たな成功のための因果関係を明らかにし、それによって組織変革を促していくのです。

PDアプローチは学習する組織と矛盾するものではありません。むしろ、それを補完するものです。適応課題の場合、悪者探しではなく、片隅の成功者であるPDを反転質問によって探し出し、それを組織内に普及させていくことで組織変革をボトムアップ的に実現していきます。これが学習する組織をさらに進化させていくことにつながるのです。

デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進、SDGsの目標達成など、ビジネスを取り巻く環境の急変に伴い、今後、ビジネスの適応課題は増えていきます。だからこそ、旧来型の有能なリーダーではなく、「PDを見出し、そこから学び、組織を変えることができる」リーダーが求められるのです。