「温暖化で沈む国」は本当か?ツバルの意外な内情

国際空港ビルを出て、バイクの多さに驚いた

ツバルはニュージーランドとハワイのほぼ中間に位置する群島だ。私がツバルを訪れたのは10年あまり前。フィジーから週2便しかないフィジーエアウェイズで2時間ほど、南太平洋のエリス諸島にあるツバルに着いた。空から見た島々は、深い群青色の海に白い小石をばらまいたように見える。

ツバルは9つの環礁からなり、総面積は約26平方キロで東京・品川区よりもひとまわり大きい。世界で4番目に小さいミニ国家だ。その中心が約3平方キロのフナフティ環礁だ。約30のサンゴでできた島がリング状に数珠つなぎになっている。

この中で最も大きい島がフォンガファレ島。ここに首都フナフティがあり、飛行場、政府庁舎、警察署などの機関が集中する。国土の面積は25.9平方キロ。ツバルの全人口1万1000人のうち、6割がフナフティに住む。

こぢんまりした1階建ての国際空港ビルを出てまず驚いたのは、韓国製バイクの多さだ。自動車も思ったよりも多い。島の北端から南端まで約15キロの一本道。バイクで縦断しても20分もかからない。自転車ならわかるが、二酸化炭素の増加による海面上昇を世界に訴えているこの小さな国で、これだけのバイクが必要なのだろうか。

一本道のあちこちに大きなゴミの山ができている。缶詰の缶、ビンやペットボトル、プラスチック製梱包材、日本製のインスタント食品の袋や段ボールなども多い。日用品はほとんどを輸入に頼っているものの、廃棄物を処理するシステムがないためだ。

ツバルでは2~3月の大潮のとき、海面が上がって島のあちこちで水が噴き出し、低湿地の浸水、民家の床下浸水、道路や畑の冠水などに悩まされてきた。とくにサイクロンが接近すれば大きな被害に見舞われてきた。2015年は大型サイクロン「パム」が南大洋州諸国に甚大な被害をもたらした。

ツバルでも、当時の人口の半数近い4613人が被災し、家屋が倒壊または半壊する被害を受けた。雨水に頼っている島では、各家庭に設置された雨水タンクが命綱だ。それが高波で倒壊して、深刻な水不足に陥った。国民の間では地球温暖化によってサイクロンが大型化したのが原因だとして、温暖化への関心が高まった。

以来、ツバルは前にも増して温暖化外交に力を入れるようになった。温暖化による海面上昇が被害を拡大しているとして、世界に向かってアピールした。温暖化対策のパリ協定に関する条約交渉では、温暖化に対して最も脆弱な国の代表として、大きな役割を果たした。ツバルの歴代の首相は「先進国が化石燃料を浪費して繁栄している陰には、島嶼(とうしょ)国の犠牲がある」と力説してきた。

こうした主張が共感をよび、温暖化対策の名目でさまざまな援助を世界中から受けるようにもなった。この結果、人口ひとりあたり名目GDPは、2002年には2620ドルだったのが、2016年には3640ドル、2019年には4280ドルにもなった。

歳入を増やすために涙ぐましい努力をしてきた

国の財政を支えているのは、海外からの援助と出稼ぎの仕送りが大きい。日本も累計で無償資金協力と技術支援を合わせて約132億円を供与している。この中には、海水の淡水化装置、港湾施設、漁船、病院などが含まれている。

ツバルは、歳入を増やすために涙ぐましい努力をつづけてきた。陸地面積こそ狭いものの、世界で38位の75万平方キロの排他的経済水域を抱えている。日本のマグロ・カツオ漁の重要な漁場であり、ここから入る入漁料も大きな収入源だ。記念切手ビジネスでも有名だ。イギリス王室だけでなく、日本の皇室、歴代のアメリカ大統領、有名スポーツ選手など何でも切手にして、世界に売り出している。

こんな思わぬ収入もあった。国名が英字で「Tuvalu」であることから、ウェブサイトやメールアドレスに使用されるドメインに「.tv」が割り当てられた。日本の場合は「.jp」、アメリカは「.us」である。ドメインは登録業者によって国だけでなく企業などにも販売されている。

TVといえば世界的にテレビの略として通用する。これにインターネット会社が目をつけた。最終的に、米企業が「.tv」を、10年間で総額5000万ドルを支払うことで、独占的に登録する権利をツバルから買い取った。

実際に日本のテレビ局をはじめとして各国で利用されている。ツバルはこのドメインの使用権を売却した収入で、国連や英連邦への加盟を果たすことができた。

ツバルがメディアで取り上げられるときには、「海面上昇で沈む国」という枕詞がつく。サイクロンのときには、被災者は「環境難民」「気候変動難民」として報道された。

元アメリカ副大統領のアル・ゴアが出版した『不都合な真実』(日本語版2007年)は、その後映画化されアカデミー賞ドキュメンタリー部門でオスカーを受賞した。著作や映画で「沈みつつあるツバル」を地球温暖化の犠牲者として取り上げ、彼は「このまま温暖化が進行すれば海面は将来的に6メートルも上昇する」と主張した。

二酸化炭素増加を監視するアメリカ海洋大気庁(NOAA)も、海面上昇で最初に被害が予想される島嶼国を「温暖化の犠牲者」として取り上げた。ツバルは一躍、温暖化反対のシンボルとなった。

各国からメディアや政治家や芸能人が大挙して島に押し寄せ、「ツバルを救え!」の大合唱が起きた。海面上昇に疑義をはさもうものなら、環境保護団体から「反エコの帝国主義者」のレッテルをはられた。

海面上昇で「なぜツバルだけが沈むのか」という疑問

実際にはどうなっているのか。島に1つしかないホテルのマネジャーにたずねると、部屋がいっぱいになるのは潮位が最も高い大潮のときだけだという。このとき島の各所で水が噴き出すので、欧米のテレビ局がそのシーンを狙って取材にやってくる。

実は、私も島を訪れるまでは、海面上昇でツバルが危機に瀕(ひん)していると信じていた。だが、日本やほかの太平洋の島々で大きな海面上昇はみられず、なぜツバルだけが沈むのかという疑問は抱いていた。

イエレミア首相(当時)に会ってインタビューしたときには、「自分が子どものころに比べて30~50センチも海面が上昇して、大潮のときには街が水浸しになる。こんなことは昔にはなかった」といい、日本がどんな援助をしてくれるのか、しきりに聞きたがった。

ほかにも、環境大臣や国会議員ら多くの島の要人にインタビューした。大臣がゴムサンダルにアロハシャツで現れたのにはびっくりした。「この国は遠からず水没する」という者から、「ほとんど変わっていない」という人まで回答はまちまちだった。

これは2007年以来、島に通って支援活動をつづけている、NPO法人ツバル・オーバービューの河尻京子が「『温暖化で沈む国』―ツバルの現実」として「論座」寄稿した内容と重なる。彼女はツバルで300人ほどの島民に温暖化や海面上昇についてインタビューした。その感想として「漁師らは、子どものころに比べて海面上昇変化を感じると答えたが、ほとんどの人はニュースで聞いた話として認識していた」と語っている。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、1977年以降ツバルの首都フナフティの海面は年平均3.9ミリ上昇していると発表している。島で最も高い標高は海抜4.6メートルしかない。毎年約4ミリ上昇すれば、今後100年で海面水位は40センチも上昇することになり、ツバルに人はほとんど住めなくなる。確かに深刻な事態だ。

だが、海面は潮汐(ちょうせき)、風、大気圧、局所的な重力差、温度、塩分濃度などの影響を受けてつねに変動し、決して「水平」ではない。このことから海面上昇を0.1ミリ単位で見極めるにはかなり困難が伴う。

このために、将来予測も含めてさまざまな海面上昇の数字が発表されて、混乱している。

環境省で取材中に、気象局で働く若い研究者がいると聞いてたずねた。フィジーの大学を卒業してまたツバルに戻ってきたという。

彼は、南太平洋一帯の島々で1990年代初頭から観測をつづけてきたオーストラリアの国立潮汐センター(NTC)のデータを引用しながら「太平洋での過去10年間の測定の結果、ツバルで海面上昇が進行している証拠はまったく見つからなかった」と意外な話をはじめた。

満潮時の被害を大きくしたのには、2つの原因があると説明した。彼に連れられて付近の海岸に出てみると、サンゴ礁の島にはかならずあるはずの砂浜がまったくない。海岸は岩がごろごろした磯浜になり、波が直接に陸にぶつかってくる。

「骨材として建物や道路の建設に砂を取られてしまったのです」

そう彼は言う。もう1つは海岸の侵食による土壌流出だ。島の伝統的な家屋は、ヤシの木を柱にしてヤシの葉で葺いたものだ。

しかし人口や収入の増加で建物が増え、柱が足りなくなってコンクリート建てに替わってきた。セメントはフィジーから輸入しているが、砂は地元で採掘されている。首相は繰り返し、砂浜の砂採掘の禁止を呼びかけたが効果がないという。

独立後、人口は一貫して増加している

確かに1978年の独立後、人口は一貫して増加をつづけている。南太平洋地域研究が専門の小林泉(大阪学院大学教授)によると、19世紀末にフナフティ環礁に住む人は200人程度、独立前の1973年の調査でも871人にすぎなかったが、独立5年後には2620人に急増した。2018年には1万1000人(世界銀行)になった。この小さな島国で、人口の爆発が起きたのだ。

小林は言う。

「この狭い陸地で人口が急膨張すればどうなるのか。これまで居住地としては不適だった海岸ぎりぎりの砂地や水が湧き出るボロービット(砂の採掘穴)のすぐ近くにも住居を建てる。さらに、議会、行政府、警察、消防などの行政関連施設、学校や病院などの建設も必要だった。これだけで十分に重量オーバーであり島はいまにも沈みそうなのだ」

この理由の1つに、ツバルの北西にあるナウル共和国に出稼ぎにいっていた島民が戻ってきたことが挙げられる。

ナウルは世界有数のグアノの産出国だった。グアノは海鳥のフンや死骸が堆積したもので、リン鉱石が発見されるまでは肥料などの原料だった。このため高い国民所得を誇り、近隣国から出稼ぎ労働者が集まってきた。しかし、1990年代半ばにグアノは資源の枯渇によって生産が急減し、2000年ごろから外国人労働者を解雇・帰国させることになった。ツバルには約1000人が帰国することになった。

ところが島の収容力はすでに目一杯である。帰国者たちの移住先を別に見つける以外に方法はない。ツバルは近隣国へ「環境難民」の受け入れを要請した。これに応えて、ニュージーランドとフィジーは受け入れを決めたが、オーストラリアは拒否した。小林は「この時期に水没危機を国際社会にアピールしたのは政治的な意味があったからで、ことさら地球温暖化問題に結びつけられてきた」とみる。

太平洋戦争が島の運命を大きく変えた。日本軍は真珠湾攻撃の余勢を駆って、近くのギルバート諸島(現キリバス)にまで進軍した。これに対抗するアメリカ軍は、1942年に1088人の海兵隊をフナフティ環礁に上陸させ、湿地を埋め立てわずか5週間で戦闘機が離着陸できる約1500メートルの滑走路を完成させた。

 

この建設のために島の自然は大きく変わってしまった。かつては、井戸を掘れば真水がわいてきたが、滑走路建設で地下水脈が断ち切られ、島民は雨水に頼って生活するしかなくなった。

 

滑走路を舗装するコンクリートのために大量の砂が必要になり、フォンガファレ島のいたるところで砂が採掘された。そのときにできた砂の採掘穴は、現在は水たまりやゴミ捨て場になって残っている。

 

穴は海と直結しているため大潮のときはこの穴を伝って海水が噴き出す。滑走路のあるあたりはもともと低い凹地(くぼち)で標高が1メートルぐらいしかない。大潮のときの海面は最大1.2メートル上昇するために、採掘穴から海水がわき出しやすくなる。

 

海面上昇より人間の活動による環境汚染が問題

サンゴ礁研究者の茅根創(東京大学理学系研究科教授)はほかの専門研究者らとチームを組み、フナフティ環礁などの実地調査を重ねてきた。その結論として「海水噴出や海岸侵食はほかに原因があり、現状では海面上昇があるにしても影響はごくわずかだ」と論文の中で明らかにしている。

 

茅根は、「海面上昇よりもむしろ、人間の活動による環境汚染こそが問題」と危機感を抱いている。その危機の1つが有孔虫の減少だ。南海の白砂の大部分は、この有孔虫の殻から形成されている。

 

この虫は石灰質の殻をもった体長数十ミクロン(髪の毛の太さ程度)から数ミリ程度の単細胞の原生生物。1年で数百に分裂して増えていく。さまざまな形状があるが「星の砂」もこの仲間だ。

 

ところが、フナフティ環礁では陸上からの排水が流れ込み、水質汚染で有孔虫の数が激減している。茅根は「海面上昇よりもむしろ、有孔虫の減少こそが海岸侵食を深刻にしている主原因だ」と考えている。風や波や海流によって海岸が侵食されていく一方、有孔虫が白砂を補っているからだ。

近年、気候変動による海面上昇については否定的な実証データが、次々に発表されている。温暖化→海面上昇→水没という図式では捉えきれなくなってきた。

その1つが、ツバルは消滅するどころか国土面積が拡大しているとする研究論文だ。2018年にニュージーランドのオークランド大学の研究チームが、イギリスの科学誌『ネイチャー・コミュニケーションズ』に発表した。航空写真や衛星写真を駆使して、ツバルの9つの環礁と101の岩礁について1971年から2014年までの地形の変化を分析した。

その結果、9つの環礁のうち8つで面積が広がっていて、ツバルの総面積は73.5ヘクタール(2.9%)も増えていたことが明らかになった。首都のあるフナフティ環礁だけを調べると、リング状の環礁に連なっている33の島で、過去115年間に32ヘクタールもの土地が拡大した。

太平洋とインド洋のサンゴ礁の島々も「安定か拡大」

さらに、太平洋とインド洋の600を超えるサンゴ礁の島々も同様に分析したところ、島の約80%は面積が安定しているか、拡大していた。縮小していたのは約20%だった。

海面上昇によって島が沈んでいくと信じられていたが、その逆だった。これは、サンゴ礁の島々は年々サンゴが成長して環礁が高くなり、そこに砂が堆積して島が拡大していくためだ。

国土拡大説にツバル側は反発している。エネレ・ソポアガ首相は記者会見で記者団に対し、「この調査では居住可能な土地面積や海水侵入などの影響は考慮されていない」と不満を表明した。

私は多くの論文を読み比べたが、なぜツバルだけで海面上昇が起きて、ほかのハワイ諸島やミクロネシアやメラネシアの島々では問題にならないのか、という疑問を抱いてきた。科学的データからみて、島の拡大説には説得性があった。

実際にツバルを訪ねて島の有力者と話すと、関心事は海面上昇ではなくどれだけ援助が期待できるかにあった。太平洋の小さな島で環境変動から国が消滅するかもしれない、とする島民の不安を無視する気はないが、沈没説にはどうも政治的な臭いがついて回る。