· 

日本人は迫る「デジタル通貨」の新潮流に疎すぎる

 

4年後以降は、デジタル通貨の世界に

通貨を発行している中央銀行の役割とは何でしょう。それは、物価の安定ならびにその先の経済発展、そして国民を豊かにすることです。

この目的のために経済が不安定になったり、不景気に陥った場合に、中央銀行自らが通貨を発行して、供給量をコントロール。そうして経済の安定を図っていたわけです。このような背景から、フェイスブックのディエム(旧・リブラ)をはじめとするデジタル通貨といった類いの参入に、猛反対していた経緯があります。

しかし現代において、物価を安定させる最適な手段が通貨の発行量を調整することだけなのか、との疑問があります。それだけでいいのでしょうか。ほかにもやるべきことがあります。それは通貨を現金ではなくデジタルにすることこそ、現時点で見えているテクノロジーでは最良の策だからです。

現金はとくにセンサーなどが内蔵されているわけではないため、発行時こそ量は把握できていますが、そこから先、社会で流通するようになったら、どこでどのように使われているのか、どこにどれくらい保有されているのか、データの捕捉や把握ができません。

もちろん中央銀行も把握をするために消費者の物価をモニターし、消費者物価指数を毎月作成していますが、このレポートのデータは人的な調査によるものです。つまり、先述した銀行が行っている与信やローン審査と同じで、効率化されていないデータなのです。

対して通貨をデジタルに置き換えれば、プライバシーには配慮しながらどこでどのような属性の人がいくら使ったのか。○○業界はどれくらいの資産を持っているのか。△△レストラングループは、今月は儲かっている。そのようなことが、アンケートなどの労力を使うことなく、そして正確に把握できるのです。

私はよくお金を血液に例えます。お金は社会を循環しなければ経済は活性化しません。中央銀行の役割に重ね合わせれば、どこがネックとなり動脈硬化が起きているのか、あるいは、これから起きそうなのか。そのような対処ならびに事前予防が、デジタル通貨であれば的確かつスムーズに行えるのです。

今回の新型コロナで被害を受けた飲食店への各種補償業務は、まさに1つの例です。事業者が慣れていない書類に、決算内容を書き込み申請するような苦労は必要ないからです。 

デジタル通貨が流通していたら、的確かつ瞬時に、困っている事業者に給付金の支給がより早く行えたからです。中には申請が難しかったり手間との理由で、諦めた人も少なくないでしょう。そしてリアル通貨ならではの問題、自己申告による申請だったために、不正や詐欺のような事件も起きました。

このように、通貨を現金からデジタルに置き換えることは、大いにメリットがあるのです。政府や中央銀行もこのことに気づいてきており、フェイスブックのディエムに関して対話するなど、各国でデジタル通貨を発行しようとの動きが活発になっている。これが、デジタル通貨におけるトレンドです。

中国がいち早くデジタル通貨を導入する理由

イギリスと日本では2020年の末から動きが活発になり、日本の中央銀行では2021年中にデジタル通貨の実証実験を行うことを発表しました。おそらくイギリスも同じような動きだと推測しています。

一方で中国では、すでにデジタル通貨を試験的に発行しています。それも数百万人という規模の国民に対して。アリペイや、中国のメッセンジャーアプリ・ウィーチャットの決済サービス、ウィーチャットペイなどのプラットフォームが使われています。

中国がいち早くデジタル通貨を導入したのは、2022年の北京冬季オリンピックに合わせ世界におけるデジタル通貨の先駆者となることで後塵を拝している人民元の価値を高めようとしているからです。とくに、世界でいちばん信頼され使われている米ドルに対する意識はかなり高いでしょう。

現時点での外国為替の決済高のポジションは、米ドル→ユーロ→日本円であり、人民元はそれより少ないという位置づけです。そこで中国はデジタル人民元を広めたいために、しばらくの間はデジタル通貨を20%安く購入できます、といったキャンペーンを打つことが考えられます。

日本で○○ペイが出始めた当初、各社がこぞってキャンペーンを実施することで、顧客を囲い込もうとしたのと同じ動きです。

中国はとくにアフリカやアジア地域で幅広くビジネスを展開しています。巨額のお金が動くインフラ工事なども受注しています。そこで働く人なども含めたそのような巨大マーケットでデジタル人民元が使われるようになれば、それこそ一気に広まり、基軸通貨の順位が逆転していく可能性はあるでしょう。

ましてやアフリカでは先進国のように、銀行サービスのインフラが整備されていない地域もいまだに少なくありません。そのため現金で支払うよりも、ネットかつクラウド上で簡便に入出金や管理ができるデジタル通貨のほうが、利便性が高いのは明確です。

そのようなマーケットに積極的にデジタル人民元を投下することで、流通量はもちろん信頼性を獲得していこうとしているのです。

デジタル通貨へのシフトでいちばん遅れている国は

デジタル通貨へのシフトでいちばん遅れているのはアメリカです。フェイスブック関係者はおそらく、中国の動きも含めた世界におけるデジタル通貨のトレンドをアメリカ政府に伝え、このままでは中国にデジタル通貨の覇権を握られてしまう可能性があると公聴会で伝えています。

そうなる前にディエムを導入しましょうというポジショントークともとれますが、客観的に危機感は持つべきです。

デジタル通貨におけるアメリカの動向を見ていると、既得権益に依存しているためにイノベーションを起こせないジレンマが垣間見えます。

ご存じのように、米ドルは遠く離れた東南アジアの地域でも、最も信頼されている通貨であり、実際に日常の買い物でも自国の通貨ではなく、米ドルで買い物をしている人が大勢います。

しかしこれから先の未来では、これまで手に握っていたアメリカの1ドル札に代わり、スマートフォン内のデジタル人民元で、買い物をしている。このような未来も、このままでは十分ありうるのです。

実際、ウィーチャットペイやアリペイは東南アジアでの利用率も高いですから、アメリカが動きが遅いままであれば本当にこのような覇権の変化が起きる可能性はあると私はみています。

そして中国政府は、次のようなことも考えていると思います。デジタル通貨事業を手がける際には、アリババのクラウドシステムも併せて組み込んでもらおうと。日本ではあまり知られていませんが、アリババのクラウドサービス「アリババクラウド」は、「アマゾン ウェブ サービス」「マイクロソフト アジュール」「グーグル クラウド プラットフォーム」に次ぎ、世界で4番目のシェアを誇っています。

さらに付け加えれば、アリババクラウドから得たデータを、デジタル通貨以外の業務やミッションに利活用することも、十分考えられたでしょう。実際、自国民14億人超のデータを活用しているからです。

データの活用において、トップダウンで決められる中国はアメリカと比べるとかなり大胆な動きができると私はみています。言い方を変えれば、データは使いたい放題、何でも自由に行える体制だからです。

さらに補足すれば、データを使いたくなったら好きなように、いくらでも法改正できる点も強みです。それもコロナの対策のように、瞬時にできてしまうのです。

現金が消えた国・スウェーデン

現金を使うデメリットはまだあります。北欧など寒い国では、現金をトラックで運ぶだけでもかなりの労力かつコストがかかるからです。そのような背景もあり、エストニアでは現金はほぼ使われていません。同じくスウェーデンでも、キャッシュレス化は日本と比べると圧倒的に進んでいます。

スウェーデンでの現金流通残高の対GDP比は1.7%。日本は約20%、ユーロで約メリカが約8%ですから、いかに低いかがおわかりいただけるかと思います。実際、スウェーデン人の多くは現金を見る機会がほとんどなく、「現金が消えた国」とも呼ばれているほど、社会全体がキャッシュレス化しています。

スウェーデンの人口は東京と近い約1000万規模ですから、日本やアメリカなどほかの先進国と比べるとキャッシュレス化が進めやすいといった背景はあったと思います。しかしそれでも、それほど小さい規模ではありませんから、今後のデジタル化のトレンドとして、見習うべき点は大いにあるでしょう。

当初は、現金の代わりにSuicaのようなカードが使われていました。おそらくその頃にはまだ、今のようにスマートフォンが爆発的に広がり、社会インフラとなるとは想定していなかったのでしょう。

しかしそのようなトレンドがわかると、スウェーデン政府は動きます。スマホアプリの開発に乗り出し、実際、2012年にスウェーデンの中央銀行と大手銀行数行が共同で「Swish(スウィッシュ)」というスマホアプリを開発します。

スウィッシュはBankIDという決済認証システムを使ったアプリで、利用者はアプリをインストール後、ID番号を登録します。すると自動で銀行口座とリンク。あとは買い物時にスウィッシュを使い、お店や商品の金額を入力すれば、決済が行われるという仕組みです。スウェーデンでは人口の約7割がこのスウィッシュを使い、まさにキャッシュレスな生活を送っています。

スウェーデンから見るデジタル通貨の魅力

スウェーデンを見ていて感心するのは、キャッシュレス化の動きを国が率先して行っていることです。そのため民間の飲食店などでの利用時だけでなく、公的な観光名所の入場料など、まさに街中のあらゆる場所で使えます。

当然、現金を下ろす人は皆無ですから、まさに先ほど私が紹介したトレンドのように、金融機関の窓口ならびにATMは、次々と姿を消していきました。

脱税やマネーロンダリングといった不正行為も、現金からデジタルに移行することで、防ぐことができます。決算報告や個人の確定申告などにおいても同様です。各種お金に関する不正を防ぐことができる。これも、デジタル化の魅力です。

「世の中に出回っている現金はどうするんだ?」と異を唱える人がいますが、問題ありません。日本銀行が買い取り、デジタル通貨として還付すればいいだけです。

そもそも絶対的存在のように思える現金ですが、私たち人類の長い歴史からすれば、古い時代の貨幣などを除いては、とても短い。中央銀行が設立されて以降、わずか130年ほどの文化、ツールでしかないからです。

日本銀行ならびに政府は、渋沢栄一の紙幣のデザインはすばらしいとしても、お札を刷ることを当たり前と考えている場合ではないのです。お金はこれから先の技術でどうあれば最適な存在になれるのかを考えるべきなのです。

あくまで取引をするという目的のための手段ですからその取引自体をどのように支援するシステムが最適なのかを発想すべきなのです。その1つの手段がデジタル通貨の発行かもしれません。