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人類の幸福を創造する破壊的イノベーション

アイデアの目利きに苦戦する日本企業

私は、大企業の新規事業コンサルティングを10年近く行ってきた中で、以下のような多くの企業が抱える共通の課題を目の当たりにしてきた。

*どうやっていい事業アイデアを出せばよいかわからない
*挑戦のマインドセットが欠けている
*アイデアはいいが実行力が足りない
*既存事業が優先され、新規事業に社内のリソースを活用できない

この中でもいちばん多く聞かれる課題は、「アイデアはいいが実行力が足りない」である。しかし、実際の支援を始めてみると、「彼ら自身はいいアイデアだと思っているが、実はアイデア自体がよくない」というケースがほとんどである。

「一見よさそうには見えるが、実はよくないアイデア」をベースに事業化をすでに始め、実行フェーズに移行しているケースでは、企業はすでに多くの資金を投入しており、もはや後戻りもできず、非常に苦しい状況に陥ってしまっている。

ましてや大企業において、「当初はいいアイデアだと思っていましたが、やってみたらダメなアイデアだと気づきました」とは、当該責任者からはなかなか言い出しづらいのが現実である。

そうなる原因は、自社アセットの活用やビジネスモデル構築、事業計画の策定を優先してしまい、ユーザーのニーズの深掘りが不十分なままプロジェクト化されたことにあると思われる。

そのような悲劇を回避し、日本企業、またそこで働く人々の役に立てるよう、本書では改めて「どうやったらいい事業アイデアを出せるか」にフォーカスしたい。

さらに、本書は「誰にでも再現できる」という点にとくに重点を置いているため、従来のデザイン思考では感覚的にしか記述されていなかった部分を独自に発展させ、徹底的に「論理的なアプローチ」にこだわっている。

なぜデザイン思考なのか

私が最初にデザイン思考の重要性を強く認識したのは、ボランティアで母校の学生のキャリア支援をしたときだった。

優秀な人材が集まっていると言われる東京大学の学生に、「将来どんな人間になりたいか?」「何をしたいのか?」といった質問をしたところ、答えられる学生がほとんどいなかった。すなわち、彼らの多くが、「理想の自分」や「目的」をデザインすることなしに就職活動やキャリア選択を行っているということだ。

日本では、勉強を頑張ればいい学校に入れる、いい学校に入ればいい会社に入れる、という積み上げ式の考え方が浸透している。

これは、「将来何をしたいのかはわからないが、頑張っていい学校や会社に入れば(いいレールに乗ってさえいれば)、将来の可能性が広がる」という一種のモラトリアムに近い考え方とも言える。

もちろん、それでも幸せを得られるかもしれない。しかし、もし「自分の目指す姿」を明確にイメージできたらどうだろうか。さらに「その姿を実現する道筋」も自分自身でデザインし、実現できたとしたら、もっと幸せかもしれない。

幸せな人生をデザインするためにデザイン思考が役立つと書いたが、本書の目的は「破壊的イノベーションを起こす考え方を学ぶこと」である。

自分の幸せな人生をデザインすることと、破壊的イノベーションを起こすことに、いったいどのような関係があるのだろうか。

ここで、「破壊的イノベーションが起こるとき」とは、どのような状態なのかを考えてほしい。破壊的イノベーションが起こるのは、企業が新しいサービスを世の中に出し、そのサービスにより多くのユーザーが「幸せな体験」を手にしたときである(本書では、「新市場型破壊的イノベーション」を「破壊的イノベーション」と呼ぶこととする)。

そのときに、そのサービスが爆発的ヒットとなって従来のサービスを一掃し、後に人々から「破壊的イノベーション」と言われるのである。

こうして見ると、破壊的イノベーションとは、「他者の幸せな人生をデザインすること」にほかならず、自分の人生をデザインすることとは、その対象が「自分か他者かの違い」にすぎないことに気づくだろう。

少し厳しい言い方をすると、「自分の幸せをデザインすることができない人に、他者の幸せをデザインすることなどできない。すなわち、破壊的イノベーションは起こせない」ということだ。

その理由は、デザイン思考は「共感」から始まる(詳しくは本書を参照)が、他者の潜在願望を共感によって見つけるほうが、自分の潜在願望に気づくより圧倒的に難しいからだ。

誰もが創造的で幸せな人生を送ってほしい

私が本書を記した目的は、上述のことに加え、大きく言えば、「誰もが創造的で幸せな人生を送ってほしいから」である。

世の中に「何か新しくて価値のあるもの」を自分の手で生み出し、人々が喜んでくれたとき、その光景はほかでは代えがたい幸せを創造者にもたらす。それは金銭的なものを超えた何か、「世の中に生まれてきた自分の存在価値を自己承認できる幸せ」のようなものかもしれない。

実際にサービスを創ったことのある人であれば納得できるだろう。創造力と幸福度の関係についての研究においても、その高い相関は示されている。

しかし、そのような幸せを仕事や日常生活で実感できている人は少数だと思われる。しかも、世の中の多くの人は「創造力は生まれつきの才能で決まっている」と勘違いしている。

実は、さまざまな研究にもあるように、創造力は後天的に身につけることができる、日々のトレーニングの賜物である。

もちろん、才能の要素がゼロとは言わない。イメージとしては、「走るのが速い人」に近い。生まれつき運動神経がよく才能あふれる人は、ほかの普通の人より走るのが速いかもしれない。だが陸上部で走り方も含め、特訓を積んだ普通の人はもっと速いと言えば、イメージが湧くだろう。

本書は、創造力を高めるという目的において、上述の「走り方」を書いたものである。我流のフォームで1万回走り込むより、研究し尽くされた「走り方」を知ったうえで1000回走り込んだほうがきっと早くなる。

本書では、創造力を最速で身につけるアプローチを公にしていく。これらの多くは、誰もがデザイン思考の考え方を人生で、またビジネスの現場でも再現できるよう、私が独自に開発したものである。

これらのメソッドを繰り返し練習することで新たな考え方を身につけ、誰もが創造的で幸せな人生を送れるようになることを願っている。