時速6~15キロ「低速モビリティ」は普及するのか

法的な解釈として、電動バイクが自転車に機械的に転換する。そんな「モビチェン」がついに公認された。

警察庁は2021年6月28日に「車両区分を変化させることができるモビリティについて」という通達を発出した。

これにより、ペダル付き原動機付自転車と自転車で、それぞれの操作と外観を切り替えるシステムを有する場合、自転車の状態(人力モード)で通常の自転車のように自転車レーン等の走行が可能となる。

この切替システムの商品名であるモビチェンは、和歌山県和歌山市に本拠を置くベンチャーのglafit(グラフィット)が、ハイブリッドバイク向けに自社開発したもの。

車体後方の電気ロック解除ボタンを押すと、ナンバープレートの上から自転車の図柄のカバーが覆い、周囲に対してこの車両が自転車であることを認識させる。ペダル付き原動機付自転車は、いわゆる電動アシスト自転車ではなく、モーターによる電動車として走行も可能だ。

グラフィットの商品は、EVモードで最高時速10キロと30キロの設定ができるため、いうなればEVと自転車を切り替えられる乗り物であり、これを同社では「ハイブリッドバイク」と称する。

今回の警察庁通達を実現する過程で、グラフィットと和歌山市長は、内閣府 成長戦略会議で進める新技術等実証制度(プロジェクト型規制のサンドボックス制度)に申請し、「切替可能な電動モビリティに関する実証」として2019年10月に警察庁および国土交通省から認定を受けている。

サンドボックス制度は、規制当局と革新的な技術で新規の事業化を目指す事業者の間を内閣府が橋渡し役となり、期間や参加者を限定した実証を実施。そこで得られたデータをもとに規制改革につなげる政策だ。

グラフィットによると、実証試験を通じて警察庁との折衝を重ねる中で、モビチェン機能をまとめるまでにかなり時間を要したという。ポイントとなったのは、交通取締りの観点、歩行者の安全担保、不正が起きないための仕組み、また外部に対する現状モードの視認性の確保などだ。

当初はナンバー下のLEDライト表示などを検討したが、開発陣が機能の制御などを考慮してモビチェンというアイディアに至ったという。モビチェンは、EVモード電源を切らないと作動せず、また自転車として作動中はEVモード電源が入らないなど、時間をかけて必要条件をクリアした。

警察庁通達を受けて、グラフィットの鳴海禎造社長は「素直にとても嬉しい。ベンチャーとしてわかりやすい成果を得られたことは、本当に励みになる。今後は、モビチェンを実際に社会に浸透させること目指したい」と次のステージ向けた展望を示した。

今回、グラフィットのモビチェンに対する規制緩和が実現したことは、国が目指す「多様な交通主体」の実現に向けて大きな一歩となったといえるだろう。

「多様な交通主体」が注目されるワケ

最近、全国各地の街中で、ちょっと変わった小さな乗り物を見かける機会が増えている。例えば、電動キックボードもそのひとつだ。

欧米では、シェアリングによるさまざまなビジネスの実用化について、テレビやネットニュースで紹介されることが多く、日本でも今後、一気に普及するタイミングが訪れるかもしれない。

日本では道路交通法上、その多くは原動機付自転車の扱いになっているが、法規についての周知が徹底されていない印象がある。そのため歩道を通行したり、ヘルメット未着用で走行したりする人もいるのが実情だ。

しかし、立ち乗り式のセグウェイを使った公道実験や私有地内での各種ツアー、自動運転で食品や荷物などを搬送する配送ロボットの実証試験はすでに行われているし、これらより少し大きなEVとして、トヨタが2人乗りの超小型モビリティ「C+pod」を2020年12月から地方自治体向け等で発売を始めている。

このような、従来の自転車、自動2輪車、また自動4輪車とは違う、比較的低速で移動する新しい乗り物を、国は「多様な交通主体」と総称し、社会における今後の在り方について有識者会議等での議論を進めている。

その中に、前述の「車両区分を変化させることができるモビリティ」が含まれている。

時速6キロの電動車いすは俊敏でも遅く、怖い

議論の場のひとつである、警察庁「多様な交通主体の交通ルール等の在り方に関する有識者検討会」が2021年4月15日公表した中間報告概要を見ると、キーポイントとなっているのは、「最高速度」「運転免許」、そして「ヘルメット着用の有無」だ。

最高速度については、歩道通行車(時速6キロ程度)まで、小型低速車(時速15キロ未満)、既存の原動機付自転車等(時速15キロ以上)と、大きく3類型に分ける考え方が示されている。

「時速6キロ程度まで」とは、現状では電動車いすが該当するもので、道路交通法上は身体障害車の車いすとして歩行者扱いとなっている。

ちなみに筆者は、福井県永平寺町等での各種実証試験の一環として、ホンダ製の電動車いすを個人所有している。

実際に利用してみると、時速6キロという速度は、並走する人が早歩きする程度での速度で、室内や施設内の移動では“けっこう俊敏に動く”と思う反面、車道や歩道で数百メートルから数キロを走行すると、周囲の自動車や自転車との速度差が大きく“かなり遅く”感じる。

また、歩道がない車道では、歩行者と同様に右側の路側帯通行が義務化されているが、そうなると左側通行の自動車や自転車と対向することになり、道路形状や交通状況では“かなり危険”と感じる場面もある。

本来、電動車いすは、医療機器として医療施設などの敷地内移動などを目的としたものだったが、それが中山間地域、団地、新興住宅地で“高齢者向けの乗り物”として拡大した。またトヨタは、立ち乗り式も含めて最高時速6キロ程度で走行する製品「歩行領域EV」の量産化を目指して、実証試験を行っている。

こうした中、「多様な交通主体」というくくりの中で、まずは一定数がすでに普及している電動車いすの使い方の最適化に関する議論がさらに進むべきだと思う。

一方、既存のペダル付き原動機付自転車等(時速15キロ以上)について、警察庁は電動キックボードが時速19キロとしているケースがあるなどの実態を踏まえて、事業者へのヒアリングを行った。

そこからあがってきた要望としては、シェアリングを円滑にするため「ヘルメット着用の任意化」「免許不要」、自転車レーンなどを含めた「走行場所の拡大」があった。

これに対して有識者からは、事故時の被害軽減のため、「ヘルメット着用は必要」「免許なしとすると子どもが勝手に乗り回すので危険」「時速20キロ程度は速すぎるため徐行の場合のみ歩道走行可能」といった意見が出された。筆者としても有識者らの意見に同意する。

出口戦略を見定めたサービス主体の観点が大事

こうした既存の時速6キロ以下と、時速15キロ以上の乗り物の中間に位置するのが、警察庁を含めて各方面でさらなる議論が進むであろう、時速15キロ未満を想定する「小型低速車」だ。

要するに、小型低速車は電動車いすや、それに近い形の乗り物の走行速度を上げて、ユーザーにとっての利便性を上げること。また、時速15キロ以上での走行は、歩行者や自転車など人力で移動する他の交通への安全性を考慮すること、という2点における打開策であるともいえるだろう。

いずれにせよ、この領域での免許制度やヘルメット着用の有無については、今度さらなる検証が必要だと感じる。

以上のように、「多様な交通主体」は、各方面でさまざまなトライが行われている。そして、そうした成果によって、自分で運転する移動手段の選択肢が増えることは、交通利用者にとってプラス要因になると思う。

ただし、改めて感じるのは、移動とはあくまでも“移動する人が自身の意思による目的があって行う行為”であり、そうした社会の実質的なニーズと事業性とのバランスを考慮したサービス主体の出口戦略を、事業者や地方自治体はつねに意識する必要がある。

「多様な交通主体」が未来の日本に向けたよき社会変革につながることを期待したい。