専門家ですら勘違い「アップルストア」成功の真実

アップル出身者に経営を託したJ.C.ペニー

2011年、約1100店舗を運営していたアメリカの大手百貨店J.C.ペニー(2020年に経営破綻)は、旧態依然とした経営に活力を注ぎ込んでくれる新たなCEOを探していた。取締役会は、非の打ちどころのない経歴を持つ救済者を見つけた。ロン・ジョンソンだ。

小売業界の寵児であるジョンソンは、米大手スーパーのターゲットで経営改革に成功したが、彼の名声を世に知らしめたのは、(スティーブ・ジョブズとともに)アップルストアを創設・展開して、デジタル製品の販売に革命をもたらし、小売史上で最も驚異的な成功を収めたことだ。

きっとジョンソンは、アップルで達成したような素晴らしい結果を出してくれる。誰もがそう信じた。

CEOに着任したジョンソンの戦略は基本的にアップルストアでの成功にヒントを得たものだった。つまり、革新的な店舗設計と、新規の顧客を引きつけるための新たなエクスペリエンスの提供だ。

アップルストアのときは「ブランド力」が成功の原動力になったことから、大手ブランドと高額の独占販売契約を結び、部門ではなくブランドごとに店舗を再編していった。また、アップルが巨費を投じて豪華な店舗をつくって商品を展示していたのにならい、費用を惜しまず店舗デザインを一新し、新たにブランド名を「jcp」に変更した。

また、J.C.ペニーが力を注いでいたバーゲンセールや割引クーポンを廃止し、「エブリデイ・ロープライス」と、変動幅が緩やかな月間売り上げを目指した。これは固定価格、セールスなし、割引なし、というアップルの基本方針を真似たものだ。

さらに彼は、J.C.ペニーの経営陣が改革に精力的に取り組まないことを恐れて、取締役の大半をアップルから呼び寄せた幹部に入れ替えた。

この戦略は悲惨な結果に終わった。常連客だった中高年女性にとって、その店はもはやJ.C.ペニーではなく、彼女たちを引き寄せていたクーポン券も廃止されていた。また、ジョンソンが新たな店「jcp」で魅了しようとした若者は、その店に何の魅力も感じなかった。

2012年末までに売上高は25パーセント減り、コスト削減のために2万人を解雇したものの、年間赤字額は10億ドルに迫った。株価は55パーセントも下落した。

ジョンソンが指揮を執った最初の1年は、最後の1年になった。着任から17カ月後、同社の取締役会はついにこの実験を打ち切り、ジョンソンを解雇して、CEOに前任者を再雇用した。復帰したCEOは、ジョンソンが変えたことをすべて元に戻すために全力を尽くした。

失敗はリーダーのミスのせいなのか?

救世主が現れ、既存の常識やルールを覆して見事な成功を収めるストーリーほど、魅力的な話はない。ひとたびこのストーリーに心を奪われると、取締役会(それにCEO自身)は、その戦略が失敗しつつあるというサインをことごとく無視するようになる。それどころか、最初の思い込みを裏づける証拠をあちこちで見つける。

なぜなら、確証バイアスの力が働くからだ。確証バイアスとは、自分の考えを支持する情報を無意識のうちに集め、反証となる情報は無視しようとする傾向のことだ。

もし自分がJ.C.ペニーの役員だったら、ジョンソンの提案を信じることはなかっただろう。この役員たちはどうかしている。失敗したのは無能で傲慢だったからだ──。

私たちがそう考えるのも無理はない。船が難破したら、責められるのは船長だ。経営誌はつねに、大企業の失敗をリーダーのミスのせいにする。通常、その原因とされるのは性格の欠点だ。高すぎるプライド、個人的な野心、うぬぼれ、誇大妄想、無反省、そして、強欲さ。あらゆる大惨事を個人のミスのせいにすれば、大いに気が休まる。

だが残念ながら、それは間違いだ。まず明白なことから述べよう。ここで論じているリーダーは愚かではない。アップルを去るときのロン・ジョンソンを、マスコミは「謙虚で独創的」「傑出した存在」「業界のアイコン」と絶賛した。それを裏づけるかのように、彼がJ.C.ペニーのCEO就任が発表されると、株価は17パーセントも上昇した。

さらに重要なのは、彼が犯したミスは例外的なものではないことだ。これは、リーダーを予測可能だが間違った方向に進ませる何度も繰り返されるエラーの典型である。したがって、私たちは、それらを例外として片づけるのではなく、シンプルにこう自問すべきだ。

「厳選されたチームに囲まれ、実績のある組織を率い、広く称賛されている意思決定者が、私たちには雑に思えるトラップになぜ陥ったのか」

それに対するシンプルな答えは、「素晴らしいストーリーに心を奪われると、確証バイアスが抑えられなくなる」ということだ。

アップルストアは、最高の立地、ユニークな店舗設計、一流の顧客サービス、そして技術的革新(レジで行列させないなど)によって、小売業界の常識を覆した。ジョブズの影響はあったものの、コンセプトは明らかにジョンソンの発案によるものだった。

だが、別の解釈も可能だ。アップルストアの成功の要因を、その革新的な設計(と設計者)にしてしまうと、それ以外の重要な要因を忘れてしまうことになる。それは歴史上、最も成功した3つの製品だ。

ストアの売り上げの成長率をざっと見るだけで、自らの思い込みを正すことができる。2001年の第1号店のオープンは革新的なイノベーション、iPodの発売と同時だった。2008年にiPhoneが登場すると、アップルストアの売り上げは50%跳ね上がった。その後の1年間は横ばいだったが、2010年にiPadが発売されると、売上高は急増した。

ごく普通の家電量販店を設計しても売れた

ロン・ジョンソンがもっと凡庸な人物で、彼が設計したアップルストアが、ごく普通の家電量販店だったとしよう。それでもアップルストアは、小売り流通の歴史における最大の成功の1つになっていただろうか。

そこでしか買えないアップル製品への旺盛な需要を考えると、ほぼ確実に成功していただろう。

この見方は特に独創的なものではない。小売店が成功するかどうかは扱う商品によって決まるというのは、誰にでもわかることだ。

J.C.ペニーの物語を読んだとき、あなたはそれに気づいただろうか。ジョンソンがアップルストアでの成功をJ.C.ペニーで再現しようとしたのは愚かだ、とあなたは思っただろう。しかし、そもそもアップルストアの成功が彼のおかげかどうかはわからないと、あなたは考えただろうか。

私たちはつねに、自分でも気づかないほど自然に、成功(あるいは失敗)の原因を特定の個人、その人の選択、その人の個性に求め、それ以外の状況に目を向けようとしない。これこそ、私たちが最初に犯しやすいミス、すなわち「帰属の誤り」である。