「オリンピック開催」に突き進ませる6つの数字

 

オリンピックではいつも数字が物を言う。それもそうだろう。秒、メートル、ポンドといった数字がなければ、「より速く、より高く、より強く」のモットーは成り立たないのだから。数字あってこその、速さ、高さ、強さ、だ。

ところが、東京オリンピックでは1年以上にわたって、これとは別種の数字が話題を独り占めしている。新型コロナ感染者数の増加、高まるリスク要因、ワクチン接種の遅れなどである。

こうした懸念にもかかわらず、東京五輪がこの夏に開催されるのはほぼ間違いない。定員を減らしたうえで国内の観客を入れるとした6月21日の発表によって、開催はさらに確定的なものとなった。開会式まで1カ月を切った今、東京五輪がそれでも開催に突き進んでいるのはなぜか。その理由とみられる数字を紹介していこう。

日本のブランドイメージがかかっている

154億ドル(約1兆7000億円)

開会式の夜に東京の新国立競技場に人っ子ひとりいない展開になったら、どうなるか。投資した154億ドル(約1兆7000億円)がほぼ水の泡と消える。五輪の予算はそもそも膨張していることで有名だが、東京大会の経費は過去最高記録を塗り替え、その支出はこの1年間でさらに30億ドルも膨れ上がった。しかし大会を中止すれば、こうしたカネが無駄になってしまうばかりか、日本のイメージにも計り知れない傷がつく。

日本在住歴30年以上の投資アドバイザー、イェスパー・コールは「これは宣伝事業だった」と指摘する。「結局のところ、建設費用が回収できるかどうかは問題ではない。日本という国のブランド(イメージ)を高められるかどうかが問題になっているわけだ」。

組織委員会などは3月の段階で、海外からの観客を受け入れない方針を発表している。そのため、東京のホテルや飲食店が五輪に期待していた商機の多くはすでに消滅した。日本に入国を許される大会関係者も、東京の魅力はさして味わえない。関連施設から出られない規則となっているためだ。

 

40億ドル(約4400億円)

東京五輪が開催されなかった場合、大会を組織・運営する国際五輪委員会(IOC)はこれだけのテレビ放映権料を返金しなければならなくなる可能性がある。IOCの収入の73%に相当する額だ。さらに数億ドルにのぼるスポンサー料についても、協賛企業から返還を求められる可能性がある。

12億5000万ドル(約1380億円)

アメリカにおける夏季五輪のテレビ放映権は、世界のスポーツイベントの中でも特に高額な権利だが、もたらされる利益も極めて大きい。莫大な広告収入が生まれるためだ。

アメリカで五輪の放映権を持つNBCユニバーサルは2020年3月、東京大会の広告枠として12億5000万ドルを売り上げたと発表している。その額は2016年のリオデジャネイロ大会をすでに上回る。リオ大会は総額で16億2000万ドルの売り上げと2億5000万ドルの利益を同社にもたらした。

東京大会は1年延期されたが、NBCの業績に打撃が生じているわけではなさそうだ。NBCユニバーサルの最高経営責任者(CEO)ジェフ・シェルは6月半ばの投資家向けイベントで、東京大会は視聴率次第では「当社の歴史で最大の利益をもたらしてくれる五輪となる可能性がある」と語った。

「連帯」という名の重い負担

5億4900万ドル(約600億円)

IOCの最新の年次報告書には「ソリダリティー(連帯)」という言葉が406回も出てくる。中でも目立つのは、ソリダリティー基金として各国の五輪委員会に分配される5億4900万ドルへの言及だ(各委員会に対する分配金の内訳は、IOCの報告書には出ていない)。

運営費から競技者育成プログラムの支出に至るまで、IOCからの分配金が資金的な生命線となっている五輪委員会は少なくない。例えば、IOCの元委員リチャード・ピーターキンによると、カリブ海の島国セントルシアの五輪委員会の年間収入60万ドルの4分の1はIOCが拠出している。

主要国の五輪委員会もIOCに資金を頼っている。イギリス五輪委員会は最新の年次報告書で、東京大会が中止になれば資金繰りが行き詰まるおそれがあるとの見通しを示した。「2021年5月以降に五輪が中止となった場合には、継続企業の前提に重大な疑義を生じさせうる重大な不確実性が生じる」と同委員会の理事たちは結論づけている。

1万5500人

東京大会の延期によって、200以上の国と地域を代表する1万1100人のオリンピック選手と4400人のパラリンピック選手の人生がすでに1年間保留となっている。

トレーニングに身も心もささげなければならない期間は本来の予定からさらに12カ月間延び、結婚や大学進学のタイミングは先送りされ、子どもを持つかどうかの計画にさえ影響が及んだ選手もいる。したがって、世界中の競技者が全体として開催を望むのは当然といえる。

「本来なら、人生の次の章はもう始まっていた」。クリーブランド出身のボクサー、デランテ・ジョンソン(22)は、2015年に死去した元コーチと交わした「オリンピック出場」の約束を果たすため、プロ転向予定を1年先延ばししたという。

オリンピック・パラリンピックのためだけに生きてきたアスリートにとっては、そこで競うことがすべて。特別な場で戦うことでスポンサーがつくチャンスが生まれるし、メダルを獲得できれば報奨金も出る。引退後のキャリアにも道が開ける。

世界の目の前で競技できること自体が貴重な経験となる選手も少なくない。「その興奮を持つことがようやく許されて、舞い上がっている」と、カリフォルニア州ニューポートビーチ出身の水球選手ケリー・ギルクリスト(29)は言う。「努力の結果をついに披露することができる」

日本の首相は怖くて中止の決断できない?

37%

これは日本の首相、菅義偉の支持率だが、自らの政治生命がオリンピック頼みとなってしまった菅には、怖くて中止が決断できないのかもしれない。「中止すれば、彼は政治的に身動きが取れなくなる」。そう話すのは、テンプル大学日本校(東京)でアジア研究学科のディレクターを務めるジェフ・キングストンだ。キングストンによれば、国政選挙が秋に迫る中、菅は五輪の成功が支持率回復の切り札になると考えているフシがある。

五輪を成功裏かつ安全に終わらせることができれば、菅政権にとっては政治的に大きな得点となる。むろん、失敗すれば公衆衛生の大惨事となって、多くの命が犠牲となり、日本経済が大打撃を被る危険が伴う。そうなれば、菅という政治家の個人的なメンツがつぶれるどころの損害では、とてもすまされない。

 

キングストンが言う。「(東京大会で感染が拡大して変異が加速すれば)ゴジラ変異株が生まれることにもなりかねない。東京は、そんな形で人々の記憶に残ることを望んでいるのだろうか」