「テスラ」が赤字から脱出できた超意外なカラクリ

世界のEV市場を今、牽引しているのは米国のEV専業メーカー、テスラである。2020年の全世界でのEV販売台数は前年比36%増の49万9647台だった。2位の独フォルクスワーゲン(VW)は23万1600台で、テスラは2倍以上の差をつけ、ダントツのトップだった。

上位10社にはテスラのほかドイツのVW、BMW、ダイムラー、アウディ、フランスのルノー、スウェーデンのボルボ、中国の比亜迪(BYD)、上汽通用五菱汽車(SGMW)、上海汽車集団(SAIC)が入った(「Statista」調べ)。環境規制の強化でEVシフトが進む欧州勢が順位を上げた。日産自動車が順位を下げ、日本勢は10位以内から姿を消した。

2020年末には株価8倍の82兆円

テスラ株はコロナ禍の2020年3月ごろから急騰し、2020年末に株価は8倍となった。全世界的なEV化の波が大きくなるとともに、ESG(環境・社会・企業統治)投資への関心が高まり、世界各国の金融緩和マネーがテスラに集まった。

その結果、テスラの2021年1月末の時価総額は82兆円に上り、世界の自動車大手社・グループ(トヨタ、VW、GM、ルノー・日産・三菱自動車、ダイムラー、ホンダなど)の時価総額の合計77兆円を上回ったという(「日経ヴェリタス」2021年1月31日号)。

年間販売台数が50万台足らずの中堅自動車メーカーにすぎないテスラが、時価総額では大手10社が束になってかかってもかなわないような存在になった。その歴史を振り返ってみる。

テスラ(創業時はテスラ・モーターズ)の誕生は2003年。マーティン・エバーハード氏とマーク・ターペニング氏の2人の技術者が創業した。

現在CEOのイーロン・マスク氏が経営に参画するのは2004年から。そのためマスク氏は共同創設者という位置づけだ。

テスラがEV販売に乗り出したのは2008年。まだリチウムイオン電池を搭載したEVは世に出ていなかった。最初のEV「ロードスター」(2人乗り)はノートパソコン用のリチウムイオン電池を6831個も搭載し、航続距離を伸ばそうとした。そのため電池の重さが450kgとなり、クルマの軽量化に苦労した。

ただ新規参入者だけにユニークな考え方がテスラにはあった。既存メーカーにはクルマに搭載する電池は車載用として特別に用意した電池が必要だと考えていた。自動車向けの部品には高い信頼性や安全性が求められるからだ。ところがテスラは違った。

多く普及しているPC用電池を転用するというアイデアを生み出した。テスラの型破りのアイデアに自動車業界は驚いた。

発売当初は1台9万8000ドル(約1060万円。1ドル=108円で換算)という高価格にもかかわらず生産体制を超える受注を獲得したが、システムの不具合や生産の遅れに見舞われた。

 

その後も新しいモデルを発表し、生産開始をするたびにラインを止めざるを得ないという状況に何度も陥る。テスラは自動車のものづくりの難しさに苦しみ続けた。

テスラの挑戦は「かなり危うい」ものだった

EVは従来の自動車よりも生産が簡単で、新規参入企業でもつくれる、という見方をする経済ジャーナリストがいるが、現実はそうではない。

自動車は部品の製造、組み立ての際に微妙な調整が必要な「すり合わせ型」の商品である。たとえ電動化が進んだとしても乗り心地を左右するサスペンションや車体剛性などの向上を目指すなら、既存メーカーに蓄積されたものづくりのノウハウ、経験知がなくてはならない。品質の高い日本メーカーのクルマでも欧州の高級車の乗り心地とは何かが違う。

その違いをなかなか埋められないのは、自動車を組み立てる経験知の差である。時速100キロ以上で地上を走る鉄の塊が自動車である。自動車に求められる信頼性、安全性はパソコンなどのIT機器よりも格段に高い。パソコンやスマホなどのように主要部品を組み立てればほぼ同等の性能が実現できる「モジュラー型」の商品とは異なるのだ。

そんなものづくりの現実を、自動車メーカーになるための洗礼としてテスラは受けたのだ。テスラは今では既存の自動車メーカーを苦しめ、時価総額では凌駕する存在になったが、設立後からの10年ほどは、実に挑戦的で危うい期間だった。

自動車関連技術に詳しいモータージャーナリストの清水和夫氏は「当時のテスラ人気は発売するクルマがEVだったからではない。クルマとしてセクシーで魅力的だったからです」と指摘する。

テスラ最初のEVであるロードスターは、英国のスポーツカーメーカー「ロータス・カーズ」にボディ、サスペンションなどをつくってもらい、電池だけをテスラが調達し、つくり上げたスポーツカーだった。「EVが受けたというよりも、かっこいいスポーツカーが人気を呼び、それがEVだった」というのが清水氏の見方である。

テスラの躍進には実はトヨタ自動車など日本メーカーが一役買っている。トヨタは米国での生産に初めて乗り出すときに、米ビッグスリーのGMと合弁会社「NUMMI」(カリフォルニア州フリーモント)を1984年に設立し、生産を開始した。トヨタ、シボレー、ポンティアックなどトヨタとGMのブランド車を生産した。

ところが2009年6月、GMが経営破綻し、合弁事業が解消された。工場は2010年4月に閉鎖に追い込まれた。

 

閉鎖直後の2010年5月、NUMMIの工場を取得したのがテスラだった。同時にトヨタとテスラは包括提携し、EVの共同開発をすることにもなった。テスラが大手自動車メーカーと提携したのは2008年のダイムラーとの提携に続き2社目だった。

テスラはトヨタ生産方式を活用し、効率の高い生産体制を実現していた工場を「居抜き」で買うことができたのだ。NUMMIで働いていた作業員の一部も残った。EVの効率的な生産に苦しんでいたテスラにとってNUMMIの取得は実に幸運なことだった。

一方トヨタも当時、豊田社長がテスラとの提携を歓迎し、「トヨタにはないベンチャー企業のスピード感を学ぶことができる」と語っていた。

このころテスラはパナソニックとも自動車用の電池開発や生産で提携することになり、日本のものづくりのノウハウを学ぶことができた。その後のテスラのスプリングボードになったのが日本メーカーだったのだ。

テスラが2012年に発売した「モデルS」はNUMMIで生産され、パナソニック製のリチウムイオン電池が搭載された。ようやくEVとしても競争力のあるクルマをつくれるようになって、いよいよ高級車市場に足を踏み入れた。

高級車市場で大きなシェアを獲得していたダイムラーやBMW、ポルシェなどドイツ勢のシェアをテスラは切り崩し始めた。テスラと提携していたダイムラーは株を売却して、提携関係を解消、一転して「打倒テスラ」と敵対関係になっていく。とはいえこのとき、メルセデスはテスラ株の多額の売却益をちゃっかり手にしている。

トヨタとの関係も「協調」から「競争」に…

モデルSのテレビCMで、「テスラはポルシェターボよりも加速力がある!」とアピールしたものだから、ポルシェも「打倒テスラ」の陣営に入っていく。2015年秋のドイツ・フランクフルトモーターショーで発表されたEV「ミッションE」は、テスラに対抗するためのクルマだった。高級車市場で強いドイツメーカーがEVで巻き返し、急成長するテスラを叩こうとしたのだ。

初期の段階ではテスラと協調関係にあったトヨタの立場も変わっていく。提携の初期段階では、トヨタはSUV「RAV4」をベースにしたEVを共同で開発したが、環境規制の強化でトヨタもEVの開発に本腰を入れざるを得ない状況になった。両社の関係はそれまでの協調から競争へと変わっていく。

提携時にテスラ株の3.15%を約45億円で取得したトヨタも、2014年からその一部を売り始め、2016年末までにすべてを売り、関係を解消した。

テスラの積極的なEVへの参入が日米欧の大手自動車メーカーに刺激を与え、EV化へと促した。また既存の大手自動車メーカーの方にも電動化を進めざるを得ない切実な事情が生じていた。

テスラの2020年度の決算をみると、売上高は前年比28%増の315憶3600万ドル(約3兆4000億円)、最終利益は7億2100万ドル(約780億円)と初めての黒字となった。その中で他の大手自動車メーカーではまずみられない利益がある。CO2の排出権取引による売却益15億8000万ドル(約1700億円)だ。この「排出権クレジット」と呼ばれる利益がなければテスラは2020年も赤字であったはずだ。

排出権取引とは基準以上のCO2を排出する企業が基準以下の排出企業から排出枠を買い取る制度だ。テスラ車はすべてEVなので、テスラが売ったクルマは走行中にCO2を排出しない。そのため基準内でCO2を排出する枠を丸々持っている。

一方、ガソリン車などを大量に売っている大手自動車メーカーの多くは基準を超えてCO2を排出してしまう。その排出枠をテスラから買っているのだ。

この制度は米カリフォルニア州で1990年から実施され、ニューヨーク、マサチューセッツ、ニュージャージーなどの州へと広がっている。EUでも2021年からはクルマ1台のCO2の排出量を走行1km当たり95gに規制する厳しい制度が始まる。それを上回れば排出枠を買わねばならない。

大手自動車メーカーは多い場合、数百億円の排出枠をテスラから買っており、経営の圧迫要因になっている。他方、テスラにとっては、この制度は自社に有利に働く「宝の山」である。

「打倒テスラ」を掲げている大手自動車メーカーにとって、テスラから排出枠を買うのは「敵に塩を送る」ようなものである。それを何とか避けるにはCO2排出量をゼロにするEVを増やさざるを得ないのだ。

テスラVS大手自動車メーカー

ドイツのフォルクスワーゲン(VW)は2020年11月、電動化や自動運転などの次世代技術に2021年からの5年間に730億ユーロ(約9兆4900億円。1ユーロ=130円で換算)を投じると発表した。この巨額投資についてVWは「この計画はテスラを倒すためのものだ」(ヘルベルト・ディース社長)といい、テスラを追い詰める構えだ。

米最大手のゼネラル・モーターズ(GM)も黙ってはいない。メアリー・バーラCEOは2021年1月、GMの企業ロゴを57年ぶりに変えて、電気プラグをイメージしたデザインにした。電動化を進める姿勢を強くアピールするものだ。世界最大のデジタル見本市「CES」では商用車を含む全車種を電動車に切り替えると宣言し、「北米のEV市場でテスラを抜く」といい放った。

EV市場を切り開いたテスラだが、EV化が加速する今、欧米の自動車メーカーは打倒テスラの姿勢を鮮明にする。「テスラVS大手自動車メーカー」というグローバル競争の構図が電動化の進展で浮き彫りになっている。