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飲食店「デリバリー参入」が簡単にはいかない根拠

コロナ禍による時間短縮営業や休業要請などが長期化する中、飲食店はどのような課題を抱え、どんな局面を迎えようとしているのか。

サービスを提供する飲食店の厳しい状況は、食材を提供する生産者や、労働力を提供してきたアルバイトの学生など、私たちの生活にも影響を与えている。

飲食店の経営やプロデュースを手がける周栄行さんの視点から、コロナ禍の一年間の飲食業の動きを振り返り、業界の今後を展望する。

<周栄行(しゅうえい・あきら)さん>襷(たすき)株式会社代表取締役。1990年大阪市出身。上海、ニューヨークへの留学を経て早稲田大学政治経済学部を卒業し、UBS証券に就職。独立後は、食にまつわるプロデュースを中心に活動。2016年に襷株式会社を創業。飲食店の経営からホテル、地方創生まで、食を軸にした幅広いプロジェクトに関わっている。

そもそも日本は、世界の国々の中でも飲食店の数が非常に多い。「人口1,000人あたりの飲食店数が、ニューヨークでは2店舗程度ですが、東京では7店舗を超えています。諸外国では路面店がほとんどで、駅前の全館飲食店のテナントビルなどは日本にしかありません」と周栄さんは話す。

飲食店は参入障壁が低い

 

なぜこれほど飲食店が多いのか。その理由のひとつに、参入障壁の低さが挙げられる。

「食品衛生法などの規制も緩いですし、欧米やアジアの多くの国々ではエリアごとの店舗数に制限がかかっていますが、日本ではそのような制限がなく、過当競争が起きます」

その結果、安くて美味しい食が提供されるが、日本の飲食店は総じて利益率が低い。

「外食系上場企業の営業利益は平均して3%程度という超薄利です。優秀な店舗でもFLコスト(食材費と人件費)が60%を占め、そこに家賃が15%前後かかり、水道光熱費などを引くと手元に5%ぐらいしか残りません」と周栄さんは話す。

中でも固定費である家賃が高い。周栄さんは昨年来、家賃を売上歩合いにして変動費にシフトさせ、ビルのオーナーと痛みを共有する仕組みを提言してきたが、この一年そういった議論はあまり活発にならなかったという。

「フレキシブルに対応した人もいるようですが、オーナー側も固定資産税が払えないとか、REIT(不動産投資信託)などでは物件自体の収益性が求められ、家賃を簡単には下げられなかったわけです」。

 

「その結果、飲食店が倒れ、テナントが空いても誰もそこに出店したくなくて、結局、オーナーも固定資産税が払えないと悲鳴を上げている状況です」

 

とくに、“大箱”(席数50~100以上)で客単価3,000~5,000円クラスの食を提供していた店舗の経営は厳しく、連日のように大手外食チェーンが「100店舗閉めます」といったニュースが流れた。

 

中でも、銀座、浅草などインバウンド比率が高かったエリアはゴーストタウンと化している。「地獄絵図です。銀座では目抜き通りでも閉店が目立ちますし、一本裏に入ると上の方の階まで全部閉まっているビルもあります」

また、リモートワークが増え、新橋、日本橋、大手町などのビジネスエリアでは昼間人口が激減している。1社で2万人もの社員が通勤していた企業でも、今は週一出社やフルリモート化で一日に数百人も出てこないという。

「ワークスタイルの変化によって、ビジネスエリアの飲食店は大きくダメージを受け、それはもう戻りません。デリバリーしようにも周辺に人が住んでいませんし」

ダメージが少ない業態も

一方で、世田谷区など夜間人口が多いエリアの駅前や、「コメダ珈琲」などの郊外型ロードサイド店は比較的ダメージが少なく、「エリアの差で明暗が分かれた」と周栄さんは説明する。

「あとは業態ですね。ランチタイムやカフェタイムで売上の大半を稼いでいた店はそこまで影響がありませんが、夜20時以降にお客さんが来て、お酒を売って稼いでいたような店は如何ともしがたいです」

影響は飲食店だけでなく、食材を提供する農家や漁業者など生産者にも及んでいる。

たとえば、大きい魚の一尾物などの外食ならではの食材は、飲食店が休業すると売り先がなくなる。また、高級店向けの糖度を高めた野菜なども、生産コストがかかるため、JAの流通に回すには規格も価格も合わず、“こだわり農家”ほど、ダメージが大きい。

「コロナ禍がもう一年続くと、生産者も持ちこたえられません。後継者もいないまま撤退すると、日本の食文化にとって取り返しのつかない損失になります」と周栄さんは憂える。

営業時間短縮や休業要請などに対応して、昨年来、デリバリーに取り組む飲食店が増えた。「しかし、デリバリーは、設備、エリア、それに人的な資質という条件が揃わないとなかなかできません」と周栄さんは指摘する。確かに、目の前のつくりたての美味しい料理と、常温保存で半日経っても美味しい弁当は、根本的に別物だ。必要な技術も異なる。

 

「そもそも、デリバリーはお客さんと接することがなく、本質的には製造業です。飲食業をやりたい人はサービス業志向が強いので、黙々と弁当をつくるのはメンタル的に向いていない人が多いですね」

製造業であれば、規模の経済(※)になる。中には「ゴーゴーカレー」のように、自社の商品開発力と生産能力を生かし、大規模製造によってコストを下げながら商材として卸したり、フードデリバリーの新業態を立ち上げたり、製造業の分野にも踏み込む展開で生き延びている例もある。※規模の経済:生産量の増加に伴って、平均費用が低下し、収益性が向上すること

「デリバリーは、撤退戦と業態転換の組み合わせです。撤退せざるを得ないエリアからの撤退の意思決定をいかに早くできたか、そして、サービス業から製造業への思い切った業態転換にしっかりと踏み込めたかどうか、個々の経営者の意思決定の質の差が結果に現れています」

仮に小規模の飲食店が弁当の製造に取り組んでも、設備面で限界があり、配送費も大きな負担だ。たとえば、UberEatsの飲食店側にかかる手数料は35%。手数料を払った残額から食材原価を払うと、結局ほとんど手元に残らない。

学生たちもデリバリーに流れた

日本の飲食店従業者数は約400万人。そのかなりの割合がアルバイトスタッフだ。学生のアルバイト先としても大きな受け皿となっていた飲食店だが、コロナ禍でアルバイトを解雇せざるを得ず、苦境に陥った学生たちなどがデリバリーにもかなり流れた。

「飲食業界は元々、約25兆円のマーケットです。その中でデリバリー市場は6000億円ぐらい、アプリなどのオンライン系のデリバリーは約4000億円と言われています。まだこれから伸びるとは思うので、デリバリーは今後、業界全体の10%前後、つまり、2兆円ぐらいにはなるでしょう」と周栄さんは見ている。

しかし、それでも元々飲食業界で働いていた人数を吸収できるほどのマーケットではない。

実際、「2020年の5月あたりは飲食店の求人を出すと一つのポジションに50人も来るほど人材流通市場が動いていましたが、この一年間、求人がなさ過ぎて飲食から離れてしまった人が多く、今は募集をかけても人が来なくなってしまいました」というのが周栄さんの実感だ。

2021年5月現在、まだ収束の兆しが見えないコロナ禍。感染リスクが高まる大人数の会食は控えられ、飲食店は営業時間の短縮要請に苦しんでいる。これに対して、飲食チェーン「グローバルダイニング社」が、東京都の営業時間短縮命令とその根拠となるコロナ特措法が違憲・違法であるとして訴訟を起こすという動きもあった。

「行政に対して抱えているストレスやフラストレーションを代弁するのは意義のある行動だと個人的には思います」と周栄さんは話す。

一方で、一律「一日6万円」の時短協力金が、従業員なしの小さなスナックやバーなど業態によっては“協力金バブル”をもたらす矛盾も発生している。

「飲食業界自体がこれまであまりロビー活動を行ってこなかったため、政治に影響力をおよぼすことができないという脆弱性が明らかになりました。こうした補助金もいつまでも出るわけではなく、店の真価が問われる苦しい時期が来ると思っています」

では、飲食業界は今後どのように生き延びていくのか。

「コロナによって突発的に飲食店が倒れるのは辛いことではありますが、元々過当競争が起きていた日本の飲食業界で店舗数が大きく減ったこと自体は、これからの業界全体の健全化には避けられないことだと思っています」

今後生き残っていく3つの業態

その上で、今後生き残っていくのは次に挙げる3つの業態だろうと周栄さんは考えている。

一つはアートの領域に近く、食通のコミュニティになるような超高級業態。二つ目は、寿司、鰻、天ぷらのように、家庭でなかなか再現できない職人技による専門特化業態。そして、吉野家やサイゼリヤのように、家庭でつくるよりも安く食事ができる超低価格のライフインフラ業態だ。

「中途半端なクオリティの食を出していた店には差別化要因もありませんし、飲食店としての根源的な価値に向き合えていない店はどうしても退場せざるを得ません」

実際、地元の人たちに愛されている「根源的なファンを獲得できているような店や、食のクオリティ・レベルが高い専門店」は、このコロナ禍も乗り切れるだろうと周栄さんは見ている。

一方で、日本の豊かな食を守っていくために、顧客としてできることはないのだろうか。

周栄さんは「外出しにくい状況ではありますが、以前はよく食事に出かけていた町をひさびさに訪ねて、飲食業界がコロナでどれだけダメージを受けたか、実体験として見てほしいです」と言う。そして「自分が本当に好きなお店が今まだ大丈夫かどうか、気にかけてほしい」と続ける。

本当に好きな店のデリバリーを定期購入

よほどの食通でない限り、一人の人間が思い浮かべられる“自分が好きな店”は20店にも満たないという。確かに、一度行っただけで思い出せない店も多い。

「もしも“好きなお店”が3店しか思い浮かばないとしたら、その3店だけが救えるお店です。なんなら1店だけでもいいです。全部は救えないという前提に立って、自分が本当に好きなお店のデリバリーを定期的に購入するとか、行ける範囲でランチを食べに行くとか、ささやかですが、それがお客として唯一できることなのかなと思います」