· 

リニア工事費「1.5兆円増」、JR東海は耐えられるか

4月27日に発表されたJR東海の2020年度決算は、売上高が前期比55%減の8235億円、営業損益は1847億円の赤字、純損益も2015億円の赤字で過去最悪となった。

もっとも、コロナ禍による東海道新幹線の利用低迷はすでに誰もが知っている話であり、旅客収入が大幅に落ち込んだことに不思議はない。

むしろこの日、驚きを持って受け止められたのは、リニア中央新幹線品川―名古屋間の工事費が5.5兆円から7兆円に増えるという発表だった。実に1.5兆円もの増加だ。

国が総事業費5.5兆円のリニア工事実施計画を認可したのは2014年10月。それから7年の間に労働力不足が顕在化し、建設資材は値上がりした。そう考えると、リニアの工事費が増えても不思議はない。

1.5兆円の増加、内訳は?

実際、公共工事において費用が当初予算よりも膨らむのはよくあることだ。現在建設中の北陸新幹線金沢―敦賀間の事業費は、2012年に工事実施計画が認可された時点では1.2兆円だったが、2019年には1.4兆円、今年3月には1.6兆円に増加することが発表された。また、2022年秋ごろに開業予定の西九州新幹線(武雄温泉―長崎間)の工事費も、当初の5009億円から2019年に6197億円へと増えた。

とはいえ、1.5兆円という増額幅は北陸新幹線の延伸費用に匹敵する。なぜこれほどの金額に達したのか。

1.5兆円の内訳を見ると、主なものは難工事対応が5000億円、地震対策が6000億円、発生土の活用先確保が3000億円となっている。難工事対応とは、品川と名古屋の両ターミナル駅の建設に際し、地盤強化などの工事が予想以上に複雑となるため、その対応に費用がかかるというもの。地震対策は、地上を走る区間においてガイドウェイ側壁の強靭化やより強固な防音防災フードを導入したことで、下部構造や基礎構造の強化が必要となり、鉄筋やコンクリートの量が増加するというものだ。

また、トンネル掘削に伴い発生する土砂について、都市部では横浜港新本牧埠頭の護岸工事に用いられることになったが、発生土受け入れに当たって、護岸工事の費用を一部負担することになった。山岳トンネルからの発生土も、運搬費や受け入れ費用が当初想定より増加する見込みだという。なお、「人件費の増加や資材の値上がりも今回の増額分に含まれる」(宇野護副社長)としている。

まだ本格的な工事が始まっていない静岡工区が費用増に影響を与えているかどうかは気になるところだ。トンネル湧水を大井川に戻すための釜場や導水路トンネルの設置が工事費に影響を与えないのかという点については、「釜場や導水路トンネルはもともと設置することになっており、今回の増額分には含まれていない」(宇野副社長)。すでに工事費に含まれているということだ。なお、静岡工区では、林道の整備や発生土の処理費用が当初想定よりも膨らむとみられ、これらは織り込んだという。

この1.5兆円は、営業キャッシュフローや借り入れなどによって賄う予定だが、この工事増にJR東海のバランスシートが耐えられるかも気になる。この点については、過去にさかのぼって見ていく必要がある。

従来の想定は「負債5兆円以内」

JR東海は1991年に新幹線鉄道保有機構から東海道新幹線に関わる鉄道施設を約5兆円で買い取り、5.4兆円もの長期債務を背負うことになった。その後、東海道新幹線がもたらす旅客収入で毎年少しずつ負債を返済し、2015年度に長期債務残高は2兆円を切った。およそ年間1400億円のペースで返済した計算だ。

この実績から、長期債務残高が5兆円までなら耐えられるという自信がJR東海にはある。逆にいうと、品川―新大阪間の総事業費は9兆円だが、これを一気に背負うだけの経営体力がないと判断し、まず品川―名古屋間を先行して開業し、ある程度債務を減らした段階で、名古屋―新大阪間工事を始めるという2段階方式のスキームを採用した。

では、1.5兆円の工事費増はJR東海の財務にどのような影響を及ぼすのだろうか。

今回公表した資料によれば、2027年度以降は長期債務残高が6兆円に達し、その状況が数年続くという想定だ。ところが、JR東海が2010年に公表した、リニア工事を前提とした長期収支見通しによれば、長期債務残高は2027年度の4.9兆円をピークに少しずつ減少に向かう想定だった。同じく2010年に交通政策審議会中央新幹線小委員会が作成した資料では、「債務残高を最大6兆円とすることはリスクが大きい」というJR東海の主張を掲載している。

債務残高が6兆円に増えることに問題はないのか。この点について、金子慎社長は、「資料はあくまでイメージとして示したもので、長期債務残高が6兆円に達すると決めたわけではない」としたうえで、「5.4兆円の長期債務を背負った1991年度と比べても当社の経営体力は格段に強くなっているので、6兆円は十分に可能」と話す。

同社の経営体力の変化を示すデータがある。1991年度の営業利益(単体)は2876億円だった。コロナ前の2018年度は同6677億円。この間に営業利益は2倍以上に増えた。確かに稼ぐ力は高まっている。

問題は今後の収支見通しだ。新型コロナウイルスの感染拡大で出張や観光が控えられているため、JR東海の旅客の落ち込み度合いは他社以上に大きい。今期以降、どのように回復すると見込んでいるのか。JR東海は、2021年度については2018年度比で66%まで回復し、その後も段階的に回復、2024年度から2028年度までの間に100%に戻るとしている。「コロナ後の旅客需要はコロナ前に戻ることはない」とする多くの鉄道会社とは対照的だ。

コロナ後に需要は戻るのか

この点について、金子社長は、「他社は通勤利用が中心であり、コロナ後も人口減少やテレワークが進展し、当社よりも厳しいのではないか」とみる。東海道新幹線は、のぞみ12本ダイヤやEX予約の拡充などの施策を講じてきた。コロナ禍で十分な効果が出ていないが、コロナが収束すれば、こうした施策が奏功して、利便性が高まることで旅客需要が元に戻るという見立てだ。

もっとも、このシナリオどおりに進むかどうかは未知数だ。あまり話題にならないが、JR東海は2010年当時から「想定外の経費増、収入減を伴うリスクに対しては、工事のペースを調整し、債務縮減により経営体力回復のための時間調整を行う」と、予防線を張っていた。収入減の場合は工事完遂よりも財務体質の回復を優先するということだ。

もし、コロナ後の収支が順調に回復せず、長期債務を順調に減らせないようだと、名古屋開業のみならず、その後に始まる大阪延伸工事の行方にも大きな影響が生じることになる。