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NYで「高級イチゴ量産工場」営む日本人の野望

「テスラが自動車業界に革命を起こしているように、自分たちも農業界に革命を起こしたい」。Oishii Farm(オイシイファーム)の古賀大貴CEOはそう語る。

Oishii Farmは2016年12月に設立されたアメリカ・ニューヨーク発の植物工場スタートアップだ。代表は日本人の古賀氏が務める。2017年にニューヨーク近郊で日本品種のイチゴを生産する植物工場を稼働させ、世界で初めて植物工場で高級イチゴの安定量産化に成功した。今後事業を拡大し、2021年内にも世界最大のイチゴ工場を稼働させる。

古賀大貴(こが・ひろき)/Oishii Farm 代表。1986年東京生まれ。少年時代を欧米で過ごし、2009年に慶應義塾大学を卒業。コンサルティングファームを経て、UCバークレーでMBAを取得。在学中に「Oishii Farm」を設立し、日本人として初めて同大学最大のアクセラレーターであるLAUNCHで優勝。2017年からアメリカ・ニューヨーク近郊に植物工場を構え、日本品種の高級イチゴを展開する(写真:Oishii Farm)

同社は3月12日、スパークスを運営者とする未来創生2号ファンド(トヨタ自動車及び三井住友銀行が出資、2018年下半期に運用開始)から総額約55億円、シリーズAラウンドの資金調達を実施したと発表した。この4月末をめどに総額65億円の調達を完了予定だ。

Oishii Farmの投資家にはソニーやPKSHAといった企業、アメリカのSocial Startsなどの投資ファンドが名を連ね、個人でも川田尚吾氏や福武英明氏をはじめとした日米のエンジェル投資家が出資している。創業間もない段階の企業としては調達金額の規模が大きく、注目度の高さがうかがえる。

世界で初めて高品質なイチゴを安定量産化

今回調達した資金は、ニューヨークでの世界最大のイチゴ植物工場建設、自動化を進めCO2排出ゼロを目指す次世代型工場の開発などに充当する。独自の工業化・自動化技術を組み合わせた植物工場は、ニューヨーク以外の都市や国へも順次展開する予定だ。

現在手がけている主力作物はイチゴ。これまで受粉が必要な作物は植物工場での栽培が難しいとされてきた。そこでOishii Farmは日本の農業技術をベースに開発された独自の栽培方法と受粉技術を磨き、世界で初めて高品質なイチゴの安定量産化に成功した。

「Omakase Berry」は1パック8個で50ドル(約5300円)という高価でありながら、その味のよさからマンハッタン中のミシュランレストランから注文が殺到していた(写真:Oishii Farm)

Oishii Farmの圧倒的な強みはその“味”だ。品質の高い同社のイチゴは、すでにニューヨーク・マンハッタンで広く知られる存在になっている。

収穫したイチゴの中でも最高品質のものを詰め合わせた「Omakase Berry」は1パック8個で50ドル(約5300円)と高価でありながら、マンハッタン中のミシュラン掲載レストランから注文が殺到しているという。

現在はD2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー=消費者や顧客への直接販売)でビジネスを行っているが、今後はマンハッタン地区の高級スーパーへ展開することも予定している。

アメリカではイチゴのほとんどが西海岸のカリフォルニアで生産されている。そのため、「ニューヨークや東海岸では収穫から1週間経ったような鮮度の落ちたイチゴが売られていて、美味しくない。消費者は高くても美味しいイチゴを求めていた」(古賀CEO)。

古賀CEOは2009年に慶應義塾大学を卒業後、コンサルティングファームを経て、UCバークレーでMBAを取得。その在学中にOishii Farmを設立している。

「コンサル時代、日本のメーカーが開発した植物工場が儲からずに撤退していった事例をいくつも見た。なぜうまくいかなかったのか、この植物工場という業界で中長期的に勝つためにはどうすればよいか、徹底的に考えた」(古賀CEO)

注目度増す植物工場スタートアップ

レタスなどのように、植物工場での生産技術がすでに進んでいる作物はいくつかある。そんな中であえて難易度の高いイチゴに着目したのは、高級品として価格プレミアムを乗せることや、ブランドを育てることができるからだという。

大型の資金調達を実現したニューヨーク発の植物工場スタートアップ、Oishii Farmの古賀大貴CEO(撮影:今井康一)(撮影協力:東京エディション虎ノ門)

「植物工場で作ったものかどうかに関係なく、『Oishii Farmが作っているイチゴだから美味しい』というブランド力を身に付け、植物工場業界でナンバーワンを目指す」(古賀CEO)

栽培しているイチゴは日本をルーツとする品種だ。日本国内で育成者権が切れた品種をアメリカ・農務省経由で現地に持ち込み、日本の農家出身者などとともに研究を進めてきた。もともと日本品種はアメリカ品種に比べ圧倒的に糖度が高いのに加え、研究を経て、日本で贈答用として売られている高級品と同程度の品質のものができるようになった。

アメリカではソフトバンク・ビジョン・ファンドなどから総額5億ドル(約520億円)を調達しているPlenty(プレンティ)など、植物工場を開発するスタートアップが複数台頭し、近年注目を集めている。

だが、植物工場の事業を成功に導くのは決して楽ではない。先の古賀CEOのコメントの通り、撤退を余儀なくされた日本企業も複数ある。継続性のあるビジネスに育成するには、市場で売られているほかの商品との競争に勝たなければならない。味や品質に明確な差を生み出し、高くても売れるブランド力を身に付けると同時に、栽培効率を高めランニングコストを抑えることも重要になる。

現在のOishii Farmのイチゴは高級品としての差別化ができているものの、生産量が限られており高価であるがゆえ、一般消費者への浸透は進んでいない。そこで、現在ニューヨーク近郊で建設中の世界最大のイチゴ工場を通じ、今後はスーパーから一般の消費者にも届きやすい供給体制を作っていく。高価格帯だけではない商品ラインナップをそろえ、同社の認知度を高めていく狙いだ。

これを可能にするOishii Farmのもう1つの強みが、自社開発した自動気象管理システムだ。温度、湿度、二酸化炭素量、日長、光の波長、潅水量など、作物の生育に必要な環境をすべてコントロールできる。詳細は明かせないが、外部研究機関や専門家の知見を生かし独自システムを作り上げているという。

インタビューに答える古賀CEO(撮影:今井康一)

これにより、一般的な農業試験場で数百年かかるような実験を1年程度で完遂することも可能になった。

最適な栽培方法をハイスピードで試行錯誤し、ゆくゆくはOishii Farmが独自の品種を育種することも想定する。

「高級で美味しいイチゴの次は、世界中の人に食べてもらえるイチゴ。すべての環境面をコントロールできる強みを生かし、農業を変えたい」(古賀CEO)

外部環境に左右されない強み

世界人口は増加の一途をたどるものの、自然災害の深刻化で農業用地は年々減少している。今後は新鮮で美味しい野菜やフルーツを手に入れること自体が難しくなるかもしれない。

現在のところ、Oishii Farmが手がける作物はイチゴ1種類、生産拠点もニューヨーク近郊にとどまっている。量産化や再現性の担保という難題はクリアしたものの、世界展開や、野菜・果物などイチゴ以外の複数作物の生産を実現するには越えなければいけないハードルはある。

ただ、Oishii Farmの手がける植物工場にはあらゆる地域の環境や消費者の嗜好に順応できる素養がありそうだ。水と電力があれば外部の環境に左右されることなく通年で栽培を行える。水も循環利用することができ、農薬も使わない。これを世界中で建設できれば、今までと異なる農業の可能性を拓けるだろう。

世界中の多くの人々にOishii Farmのイチゴを届け、農業界のテスラを目指す。壮大なミッションの実現に向けニューヨークで奮闘する日本人の挑戦は始まったばかりだ。