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「デジタル人民元」実用化を急ぐ中国の本気度

デジタル人民元構想とは何か

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中国人民銀行は2014年からデジタル通貨に関する研究をスタートし、2017年にデジタル通貨研究所を設立した。

2019年までに、デジタル通貨研究所と中国人民銀行系列の印刷科学技術研究所、中鈔クレジットカード産業発展会社の3者が97項目の特許出願を申請するなど、デジタル通貨の発行方法やシステム、ブロックチェーン技術、デジタル通貨ICカード、デジタルウォレットなど、広範囲でデジタル通貨に関する研究は進んでいる。

現在で明らかになっているデジタル人民元構想からは、大きく3つの特徴を見て取ることができる。

特徴①通貨供給スキームが現在と同じ二重構造

1つ目は、現在の通貨供給スキームと同じで、中国人民銀行が発行し商業銀行が流通させる2層構造であることだ。中国では、中国銀行、中国工商銀行、中国農業銀行、中国建設銀行の国有銀行4行を総称して商業銀行と呼ぶ。

2層構造とはすなわち、中国人民銀行が商業銀行の準備金と引き換えにデジタル人民元を発行し、商業銀行がそれぞれの顧客の希望に応じて顧客の人民元建ての預金をデジタル人民元と交換することで、デジタル人民元を流通させる仕組みだ。

法定デジタル通貨の発行方法には、民間銀行を仲立ちとする2層構造方式のほかに、直接型方式もあるが、見送られたようだ。直接型方式とは利用者が中国人民銀行に口座を開設し、中国人民銀行が預金者に直接デジタル人民元を発行する(預金の残高をデジタル人民元に交換する)方式だ。

マネーロンダリング対策や、中国人民銀行が預金者の資金の流れを把握できるメリットがある一方で、ユーザーはデジタル人民元を利用するたびに中国人民銀行のシステムにアクセスする必要があるため、アクセスが殺到するリスクへの危惧から、採用は見送られたのだと思われる。

特徴②供給量をコントロールできる中心型

 

2つ目の特徴は中心型であることだ。ビットコインのような仮想通貨は分散型台帳技術(ブロックチェーン)を用い供給量の上限を定めるが、デジタル人民元は中国人民銀行が法定デジタル通貨として、現金通貨と同じように供給量をコントロールできる中心型台帳で発行するとみられている。ブロックチェーン技術の一部を採用し、匿名性と改ざんの危険性の排除は担保されている。

特徴③オフラインでの決済も可能

3つ目はオフラインでも決済可能であることだ。前述のデジタル通貨研究所が開発し特許を取得しているデジタル通貨ICカードによるオフライン決済の技術により、オフラインの状況でもデジタル人民元が使用できるという。

つまり、ネットワーク環境がなければ使うことができない「アリペイ」などより、決済ツールとして一歩前進しているのだ。

中国政府の4つの意図とは

中国政府の狙いについては、考えられることはいくつかある。

狙い①「真のキャッシュレス社会」の実現

まず、「真のキャッシュレス社会」の実現だ。中国ではスマートフォン決済の取引規模が拡大し、市民の日常生活レベルではキャッシュレス社会が実現している。反対に言うと、キャッシュレス化は日常生活の少額取引にとどまっている側面は否めない。真のキャッシュレス社会の実現の切り札となるのが、現金に代替する中央銀行が発行するデジタル通貨だ。

中国人民銀行デジタル通貨研究所前所長の姚前氏は「現金通貨と代替するデジタル人民元の発行に注力している」と明言している。デジタル人民元が現金通貨(M0)にとってかわる存在になれば、決済の利便性はさらに向上し、中国社会のキャッシュレス化はさらなる進展を遂げると考えられる。もちろん、現金の発行や流通、保管コストも大幅に減少する。

狙い②デジタル時代の法定通貨のあり方の模索

次に考えられるのは、デジタル時代の法定通貨のあり方の模索だ。現在進行系で急速に進むデジタル時代には、仮想通貨が出現し、決済サービスは多様化し、フィンテックが進展している。

その結果、現金通貨の発行、流通を基盤とする各国の法定通貨制度は大きな変革を迫られているのだ。各国がデジタル法定通貨の発行を前向きに検討しているのはそのためで、デジタル人民元構想もその1つだと言える。

狙い③金融包摂の実現

3つ目は、日本では金融包摂といわれている「普恵金融」の実現だ。金融包摂とは、誰にでもどこにでもあまねく金融サービスを行き届かせることで、換言すると、地方の過疎地に居住する人や貧困層の人であっても、簡単に金融サービスにアクセスできる環境を整えることを言う。

 

周小川・中国人民銀行前総裁は、農村地域などの遠隔地で「普恵金融」を実現させるためには、デジタル人民元とモバイル端末の活用が最も有効な手段だと主張している。デジタル人民元の発行を契機に、より広い層の人々が伝統的金融機関の金融サービスを適切に利用できるようになると期待してのことだ。

狙い④人民元の国際化

4つ目は人民元の国際化で、最も攻めたいところだ。アメリカハーバード大学ケネディスクール初代院長を務めたグレアム・アリソン教授はかつて、「中国などからみれば、アメリカドルが唯一の基軸通貨であることは不公平だ。中国がデジタル通貨(デジタル人民元)を発行し、他国との金融決済や原油取引に使われることになれば競争力のある通貨システムになりうる。アメリカドルよりも信頼できる通貨になる可能性もある」と指摘した。

2019年10月、黄奇帆・元重慶市長は、上海で開催された「バンド金融サミット2019」で講演し、「1970年代から運用されている国際金融ネットワークは、アメリカが覇権を維持するツールとなっており時代遅れだ」と批判したうえで、「デジタル人民元は、既存の通貨のデジタル化ではなく、ブロックチェーン技術に基づいた新しいマネーであり、発行されれば国際的に流通する」との予想を述べた。

とりわけ中国が進めている経済圏構想「一帯一路」の沿線国・地域においてデジタル人民元の発行によって人民元建ての国際決済が拡大すると期待されているが、その道のりは決して平坦ではない。

デジタル人民元は本当に普及するのか

そもそも、中国国内では「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」などの決済サービスが広く普及している。

「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」を利用するためには銀行口座とひも付ける必要があり、両者は通貨ではないが、ユーザーは通貨と同じ感覚で利用し不都合もない。

そのため、消費生活の場面では、「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」がデジタル人民元と競合する可能性が高く、デジタル人民元がすでに膨大なユーザーを抱える「アリペイ」と「ウィーチャットペイ」に勝ち抜くのは容易ではない。

一方で、「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」がデジタル人民元の流通に関与し、デジタル人民元の普及の一助となる可能性は高いと思われる。

例えば、ユーザーが銀行口座の中に作っている「アリペイ」支払い用に特化した口座(アリペイ口座)の残額を人民元建てからデジタル人民元建てに変更すれば、「アリペイ」での決済はデジタル人民元で行われるようになるからだ。

 

中国がデジタル人民元の発行に本腰を入れているが、国内でも国外でもデジタル人民元の普及は容易ではない。なお今後も、先進国の中でも先行して進むデジタル人民元の実用化に向けた取り組みに注視が必要である。