· 

「痛いセルフブランディング」しちゃう人の盲点

「セルフブランディング」というカオスな言葉

「セルフブランディング」と聞いて、何を思い浮かべるでしょう。

Googleで「セルフブランディング」と検索しようとすると、「痛い」という組み合わせキーワードが提案されます。それだけ多くの人が検索している、ということです。出てくる記事などを読むと、セルフブランディングとは、この文脈では「SNS上のキャラづくり」を意味していることが多いようです。

「セルフブランディングのプロデューサー」を名乗る人物から、書籍の自費出版を持ちかけられたという経営者の知人がいます。書籍出版のオファー=社会的な信頼と考える人が多いので、そんな信頼感を自費出版で擬似的につくりだしましょう、という提案のようです。

いずれの用法にも共通しているのが、実態のないものを無理やりあるように見せる、という「裏技」のような考え方です。

しかし、実態のない「キャラ」や「信頼感」で成り立っているブランドなど、実際の企業や商品においては存在しません。一時的にはありうるかもしれませんが、そのようなブランドは砂上の楼閣ですぐに崩れ去ります。

ありもしないものをでっち上げるのはブランドづくりとは言えず、その意味での「セルフブランディング」は乱暴な言葉づかいだと言わざるをえません。企業でも個人でも、本当の意味でブランドになることを目指すのであれば、「実態を伴う」必要があることは言うまでもありません。

それでは名だたる企業や商品のブランドを支えている「実態」とは、いったい何なのでしょうか?

あのブランドは強い、あのブランドにはブランド力がある、というとき、「ブランドの強さ」や「ブランド力」とは、具体的には何を示しているのでしょう。

ストーリーを持っていること、メッセージや表現に一貫性があること、などいろいろな主張がありますが、「強さ」「力」を評価するのであれば、定量的に、他のブランドと横並びで比較できる要素であることが望ましいでしょう。

そんな要素の1つに、ブランドの「セイリエンス」があります。セイリエンスとは、そのブランドが思い出される場面の多さと、それぞれの場面で思い出される度合いの強さをかけ合わせたものです。

例えば、「マクドナルド」を思い出すのはどんな場面でしょうか?

・ハンバーガーを食べたいとき
・朝食を食べたいとき
・家族で食事をしたいとき
・ドライブ中に手軽に食事をしたいとき
・外出の合間にちょっと一休みしたいとき
・ちょっと環境を変えて作業や勉強をしたいとき
・手軽に夕食を済ませたいとき

こうしたさまざまな場面で、マクドナルドがひとつの選択肢として思い浮かぶのではないでしょうか。一方、その他のハンバーガーチェーン店ではどうでしょう。「ハンバーガーを食べたいとき」には思い浮かぶかもしれませんが、その他の場面ではなかなか思い浮かびません。

また、「ハンバーガーを食べたいとき」という場面ひとつとっても、おそらく最初に思い出すのはマクドナルドで、その他のチェーンは2番目以降か、場合によっては思い出されないこともあるのではないでしょうか。

思い出される場面が多い、それぞれの場面で思い出される度合いが強い、というのは、まさにこのようなことです。

「思い出される場面」を拡張するマーケティング

1971年に日本第1号店がオープンした当初、マクドナルドは「家族で食事をする」場所でした。1970年代生まれの私が子どものころ、週末に家族でマクドナルドに行く予定は、その週の中ごろには決まっているものでした。

そこからあしかけ50年、同社のマーケティング活動は、「マクドナルドが思い出される場面」を怒涛の勢いで拡大し続けてきました

本格的な「ドライブスルー」は、70年代の後半に同社が日本で初めて導入したものでした。「朝マック」「マックカフェ」というコンセプトが開発されると、思い出される場面は「朝食を食べたいとき」「外出の合間にちょっと一休みしたいとき」にまで拡大されました。

ナイツの塙さんが主演する「夜マック」のCMでは、暮れかけた空に黄色い「m」のアーチが映し出され、「仕事帰りの食事」というシーンとマクドナルドを結びつける工夫が図られています。

直近の木村拓哉さん主演のCM、堺雅人さん主演のCMでは、「しっかりとしたスーツを身に纏った大人」がフィーチャーされています。「ビジネスパーソンが仕事中に食事をするとき」というシーンに、マクドナルドが思い出される場面をさらに拡張しようとしているように思われます。

こうした「思い出される場面の拡張」こそが、マクドナルドというブランドの「強さ」「ブランド力」の基盤となっているのです。

自分が「思い出される場面」を拡張する

私たちがビジネスパーソンとして社内や業界内、ひいては日本全体や世界で存在感を発揮するためにも、この考え方はヒントになります。つまり、自分が思い出される場面の多さと、それぞれの画面で思い出される度合いの強さを意識するのです。重要なのは、その「かけ合わせ」です。

デジタル系の案件ならあの人、新規事業ならあの人、プレゼンならあの人、企画書づくりならあの人、とさまざまな場面で「いちばんに思い出される人」には仕事が集まります。

それぞれのシーンで期待に応え、チームに貢献し続けることで、「必要とされる」ことが増えていくでしょう。それにともない、社内・業界内でのポジションは上がり、経済的に報われることも増えていきます

過当競争の時代に注目を集めるには、何か1つの領域で突き抜けるべき、という主張をSNSでよく目にします。「自分を思い出してもらう」ことに着目している点で、この主張は理にかなっているといえます。

一方、一芸に秀でることは、「出発点としては」確かに重要なのですが、それだけでは存在感を発揮し続け、それをさらに拡大していくための必要十分条件を満たすことはできません。

一芸だけに秀でている人より、二芸・三芸・四芸に秀でている人のほうがより必要とされるのは言うまでもありません。「ハンバーガーを食べたい」というシーンでだけ思い出されるチェーン店と、その他の場面でも思い出されるマクドナルドのブランド力の違いを思い出してください。

社内で存在感を示すために、1つの領域でスキルを磨き込み、そこで「思い出してもらう」ことに成功したとします。しかし、それを大事な個性ととらえ、それだけを金科玉条のように守り続けることは、時に存在感の衰退を招きます。新しいライバルは常に出現しますし、その領域自体がそれほどホットではなくなることもしばしば起こりえます。

「朝マック」「マックカフェ」「夜マック」と思い出してもらう領域を拡大したことで、マクドナルドの個性は薄まってしまったでしょうか。むしろ思い出してもらえる機会が増えたことで、そのブランド力は強化され、ほかのハンバーガーチェーンを凌駕する一方です。

人の場合も同様です。元々は抜きん出た「プログラマー」だった人が、後輩プログラマーの指導もできる「トレーナー」になり、チームを任せられる「マネージャー」になり、やがては技術視点で経営を見られる「CTO」になる、というステップアップは、自分を思い出してもらう領域を拡大していくストーリーでもあります。

同じく抜きん出たプログラマーからスタートし、「ベンチャーの旗手」「多国籍企業の経営者」「慈善活動家」「教育者」と、自分を思い出してもらう領域を拡大し続けるビル・ゲイツさんは、それゆえ自らの存在感を保ち続け、その結果として世界的な名声を保ち、そして拡大し続けてきました。

相手を決め、価値をつくり出し、それを伝える

企業が思い出してもらう場面を拡張しようとするとき、最初にするのは「誰を相手にして、どんな価値を提供するか」を決めることです。

例えば「夜マック」であれば、夕食を1人で食べる働き盛りのビジネスパーソンを相手に、落ち着いた食事と空間をカジュアルに提供すること、だと推測されます。

しかるのちに、その価値を実際に商品やサービスとして「つくり出す」必要があります。カウンターで食べる牛丼チェーンなどと違って、マクドナルドには比較的落ち着いた食事のスペースがあらかじめ用意されています。これを活用しつつ、メニュー面でも「ごはんバーガー」などを新たに開発し、カジュアルながら落ち着ける夕食のひとときを演出します。

それだけでは不十分です。つくり出した価値を、CMなどを通して提供する相手に「伝える」必要があります。ここで重要なのは、伝える価値=実態はすでに存在している、ということです。広告は、価値を「つくる」手段なのではなく、あくまで「伝える」手段なのです。

個人が思い出してもらう場面が拡張するときも同様です。自分が誰に対して、どんな価値を提供できるかを考え、それをスキルや技能として身につけることが最初のステップです。企画を考えることが得意なら、それを昇華させて企画提案のスキルを磨きます。

しかるのちに、そうして身につけたスキルを武器に、積極的に手をあげることで最初の機会をつかみ取ります。個人でコンサルなどをしているのであれば、SNSや見込み客が集まるイベントなどの場で、身につけたスキルや実績をアピールします。

SNSはそうした実態を「伝える」場にはなりえますが、「つくりあげる」場にはなりえません。SNSでただ表面的に自分の「イメージ」だけをつくりあげることは不可能ですし、仮にできたとしてもそれは砂上の楼閣で、すぐに崩れ去ってしまうでしょう。

「自らを思い出してもらう場面の拡張」は、実際に価値をつくり出し、それをしかるべき相手に伝えることでこそ実現できます。企業にせよ個人にせよ、それこそがブランドを支える「実態」なのです。