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「無駄」や「非効率」がビジネスに不可欠な訳

ロジックを捨てれば解決策が見つかる

私の主張におけるシンプルな前提を述べよう。現代の世の中は不合理なものに尻込みする傾向があるが、合理的でないものがこのうえなく強力な場合もあるということだ。

科学やロジックが生んだ議論の余地なく貴重なものと並んで、発見されるのを待っている、人間のさまざまな問題に対する、一見したところ不合理な解決策も何百と存在する。答えを探す中で、平凡でいかにも無邪気なロジックを捨てさえすれば、そんな解決策は見つかる。

残念ながら、物理科学では還元主義的なロジックが非常に信用できると証明されているため、今やそれがあらゆるところに適用できるはずだと思い込まれている。

人間に関する、もっとめちゃくちゃなものに取り組む場合でも。今日の人々の意思決定に最も幅を利かせているモデルは短絡的なロジックを重視し、魔法なんか軽視している――スプレッドシートには奇跡など入り込む余地はない。

だが、もしもこんな方法が間違っているとしたらどうだろう? 物理学の法則の正しさを再現しようとするあまり、ロジックの出る幕がない分野に、同じ一貫性や確実性を押しつけることに熱心になりすぎているとしたら?

例えば、仕事と休暇について考えてみよう。現在のアメリカ人の68%は、大半の人が楽しむわずか2週間ほどの休暇よりももう2週間多く休みが取れるなら、金を払ってもいいと思っているだろう――休暇の日数が2倍になるなら、報酬が4%カットされることを受け入れるはずだ。

しかし、休暇を増やしても、誰もが少しも損をしないとしたらどうだろう? 余暇の時間が増えることにより、レジャー用品に使われる金の点でも、生産性が向上する点でも、アメリカ経済に効果があるとしたら? 前よりも休暇が増えた人々は可能になったとたんに引退してフロリダのゴルフコースへ行くよりも、現役で働く期間をもっと延ばそうとするのではないか?

あるいは、まずまず満足できるほど休みが取れて、旅やレジャーで刺激を受けられれば、それまで以上の仕事をするのでは? さらに最近のテクノロジーの進歩により、多くの職種において、職場への貢献度は働き手がどこにいてもあまり変わらなくなってきただろう。アイダホ州のボイシにある狭いオフィスにいようと、カリブ海のバルバドス島のビーチにいようと、違いはそれほどないのだ。

こういった魔法のような結果を裏づける証拠はふんだんにある。フランス人はまれに休暇中でない場合、驚くほど生産性が高い。毎年6週間の休暇が当たり前なのにもかかわらず、ドイツの経済は成功している。

とにかく、試すどころか、この魔法の解決策かもしれない方法をアメリカ人に考えさせるモデルすらまったく存在しない。世界をロジカルなモデルで考える左脳で思考しているから、生産性は労働時間に比例するものだし、休暇を2倍にするなら給与を4%減らすべきだとされているのだ。

複雑なシステムの経済は機械ではない

技術官僚(テクノクラート)的な考えによれば、経済は機械と同じように形作られる。作動させない時間が多くなると、機械の価値は落ちるに違いないと。だが、経済は機械ではない――はるかに複雑なシステムなのである。機械は魔法を考慮しないが、複雑なシステムでは魔法を考えてみる余地があるのだ。

エンジニアリングは魔法を考慮しないが、心理学は魔法を考慮する。

人は無邪気なロジックにしがみついたまま、整然とした経済モデルやビジネス事例、狭義の技術的なアイデアといった、魔法と無縁の世界を作り上げてきた。そして複雑な世界をコントロールしているというすばらしい安心感を与えられている。

このようなモデルが有益な場合は多いが、時には不正確だったり誤解を招く恐れがあったりする。ひどく危険なことになる場合もある。

ロジックや確実性を求めれば、プラス面と同時にマイナス面もあることを忘れてはならない。科学的に見える方法を優先するあまり、もっと非合理的でもっと魔法的な解決策が考慮されていないかもしれないのだ。そういった解決策は安上がりで即効性があり、効果的かもしれないのに。

神話めいた「バタフライ効果」〔訳注:非常に小さなことがさまざまな要因を引き起こして、次第に大きな現象へ変化すること〕は実際に起こりうるのに、われわれは蝶(バタフライ)を捕まえるために十分な時間を費やしていない。そこで私の経験から、最近のバタフライ効果の発見をいくつかあげておこう。

1.あるウェブサイトは支払い手続きの選択肢を1つ追加した――そして1年あたりで3億ドルも売り上げを増やした。

2.ある航空会社は空の旅が提供するものを変えた――そして、プレミアムシートによって売り上げを年間800万ポンドも増やした。

3.あるソフトウェア会社はコールセンターの手順を、一見すると不合理なものに変えた――そして数百万ポンドの価値がある事業を維持している。

4.ある出版社はコールセンターで使う台本に4つのささいな言葉をつけ加えた――そして売り上げへの転換率を2倍にした。

5.あるファストフード店は商品の売り上げを伸ばした。なんと商品の価格を……上げたことによって。

ここにあげた途方もない成功例は、経済学者にとってはなんとも非論理的なものばかりだったが、このすべてがうまくいった。そして、1番目の例以外は私が所属する広告会社であるオグルヴィのある部署によって生み出された方法だ。問題に対する直感と相容れない解決策を探すために、私が設立した部署である。

問題というものには、一見不合理な解決策がほぼつねにひそんでいるのに、誰もそれを探そうとしないことにわれわれは気づいた。誰もがほかの解決策を探そうとしてロジックに心を奪われすぎているのだ。

また腹立たしいことに、この方法で成功しても、リピート客を確保できないことにも気づいた。そんな魔法のような解決策を追求する予算の要求は企業にとって容易でないし、政府にはなおさら困難なのだ。ビジネスの事例はロジカルに見えなければならないからである。

確かに、議論に勝つためにロジックを用いるのが普通は最善の方法だが、人生で成功したければ、ロジックが必ずしも有益とは限らない。

起業家に「変わり者」が多い理由

起業家が非常に貴重なのは、会議の出席者にとって意味が通ることばかりやるわけではないからだ。興味深いことに、スティーブ・ジョブズやジェームズ・ダイソン、イーロン・マスク、ピーター・ティールのような人たちは正真正銘の変わり者に見える場合が多い。

ヘンリー・フォードが会計士を軽蔑していた話は有名だ――彼が支配権を握っていた間、フォード・モーター・カンパニーは一度も監査を受けなかった。

ロジックを求めるとき、目に見えない対価を払うことになる。魔法が壊れてしまうのだ。そして経済学者や技術官僚(テクノクラート)やマネジャーやアナリストやスプレッドシートオタクやアルゴリズムデザイナーが過剰に供給されている現代の世界では、魔法の使用が次第に難しくなっている――というより、魔法を試すことすら困難だろう。

 

私はこれからみなさんに、人生には魔法の余地があるべきだということを思い出させたい――心の中にいる錬金術師を発見するにはまだ手遅れではないのだ。