バッテリーEV以外の選択肢

「世界はすでにEV(バッテリーEV)にかじを切った」と自信を持って言い切る人々が多い昨今。ずいぶん乱暴な話だなと毎度思っている。

 すでに何度も書いている通り、これから先EVは増えていくし、EVが全く普及しない未来はないだろう。そこまではいい。しかしEVだけで世界のすべてのモビリティがまかなえる未来なんてわれわれが生きているうちはもちろん、その100年先にも来ない。

 世界を見渡せば電気のない暮らしをしている人はまだ14億人もいる。その事実をもってすれば、水と安全はタダ、電気はどこにでもあると考えるのは独善的だということが分かるだろう。

この14億人に電気が行き届くためには何が必要かといえば、産業とインフラの発展で、それを阻害している原因は、戦争や紛争を中心とする治安と秩序の不安定である。よって世界に例外なくEVが普及するためには、まず人類は戦争を止めなくてはならない。人類はいつ戦争を止められるだろうか?

 ということで、豊かな先進国においてEVの普及を目指すことに異論はないが、そのために他の選択肢を否定する考え方には途上国の切り捨てという意味で大いに異論がある。アフリカの一部地域でEVが売れ始めているからといって、それは限られた地域での話である。世界にはさまざまな環境があり、それぞれの環境の中で多くの人々が暮らしていることを考えれば、多様性を持つことは極めて重要なのだ。

 貧しい途上国の物流を担うのは、先進国で使い古された頑丈な中古車だし、そういう旧式のガソリンやディーゼル系モビリティ抜きでは地域の生活がままならない。それが途上国だけの問題かといえば、例えば日本だって、私鉄駅から徒歩10分、築30年のファミリー向け3LDKのマンションの駐車場や、もっといえば月極の駐車場に充電設備が整うのは一体いつのことになるのやらという話である。EVの普及を目指すという穏やかで漸進的な話なら良いが、過激なEV唯一主義が内包しているのは、貧富の分断構造なのだ。

再エネと電力の「しわ取り」

 バッテリーEV(BEV)やプラグインハイブリッド(PHV)などの「リチャージ系」は、自宅に充電設備がないともの凄く使いにくい。だから内燃機関はしぶとく残るし、ハイブリッド(HV)も然りだ。ただし、大きなトレンドとして、カーボンニュートラルにも目を配る必要はもちろんある。だから、それらを補う別のエネルギーを開発しようという機運はずっと前から盛り上がっている。

 ひとつは水素である。水素を否定するEV唯一主義者の反論は主に2つあって、主に「褐炭から作る水素はカーボンフリーではない」「700気圧に加圧するエネルギーがあまりにも無駄」という2点である。

それらは一応の理があるが、その伝でいけば、「石炭火力発電のインフラで充電したEVはカーボンフリーじゃない」ことになる。「石炭火力は過渡的な状態であって、やがて再生可能エネルギーに変わっていけば問題は解決する」と彼らは答えるのだが、それは水素も全く同じで、やがて再生可能エネルギーによる余剰電力で水を電気分解して水素を製造することになればそれらの問題は解決する。

 「電気は電気のまま使えばいいじゃないか?」という疑問もあるだろうが、残念ながら、寝貯め、食い貯めはできないのと同じで、電気は原則的には貯められない。そこを貯められるようにするのが充電池と水素なのだ。

 資源エネルギー庁が昨年9月に発表した資料によれば、日本の再生可能エネルギーの構成比率実態は、水力発電はすでに横ばいから微減。2011年と18年の比較で、太陽光は15倍、風力は1.8倍、バイオマスは1.5倍、地熱は1.0倍となっている。つまり、ここしばらく伸びて来たのは主に太陽光、少し離れて風力とバイオマスであり、地熱発電はずっと低空飛行で、伸びていない。技術にはブレークスルーの可能性があるから未来において画期的な技術が開発される可能性は否定できないが、少なくとも今の実績をベースにみればそれが現実である。

日本の発電電力量構成の変化(資源エネルギー庁)

ということで現在最も有力視されている太陽光と風力は自然任せで、どうしたってお天気に左右される。無風の夜はどうにもならないし、台風みたいな強風だとプロペラが壊れてしまうので回せない。降雪時はパネルが雪で覆われてダメとなかなか条件がシビアなのだ。

 問題が発生するのは上に挙げたような発電できない時だけかというとこれも違う。発電が過剰でも送電網に障害が起きる。真夏の昼間に太陽がさんさんと降り注ぎ、ついでに頃合いの風がビューッと吹いていると、需要を上回る発電量になって、電力を捨てるしかない。捨てないとブラックアウトが発生するからだ。特に太陽光はピーク時には発電量の半分が電力会社に引き取ってもらえないということも起きていると聞く。

こういう過剰発電をプールして、不足時の埋め合わせに使うことを電力の世界では「しわ取り」と呼ぶ。余剰が小さい時ならば蓄電池で対応できるのだが、規模が大きくなっていくとそうはいかない。インフラ電源レベルの大容量に対応しようと思うと、水を電気分解して水素として貯め込んだ方がコスト効率が良い。

 蓄電池と水素の関係はちょうどコンピュータにおけるメモリとハードディスク(最近はSSDだが)の関係に近い。量的に小口で、出し入れ機会が多ければ蓄電池が良いが、大量になるとコストが合わない。そこは水素の出番なのだ。

 ということで、要するに再生可能エネルギーの本格的普及は水素と表裏一体の関係で、つまりはEVの未来には水素社会が必須ということになる。もちろん時間軸的にはすぐではない。ただそれを言えば再エネが充実するまではEVのカーボンフリーも同じこと。再エネが充実すればEVはお題目通りカーボンフリーになるし、その時には水素が必要なのだ。

FH2Rの敷地に設置されたメガソーラーシステムの最大出力は20MW

合成燃料の未来

 水素以外の補完系エネルギーといえば合成燃料である。合成燃料には大きくわけて2つある。バイオ系と化学系だ。バイオ系は一時期トウモロコシから作ることで話題になった。これらの人間の食物と競合するバイオ燃料を第一世代という。途上国で食糧危機が起きて子どもたちが餓死していく中で、先進国が金にものをいわせて、食料を燃料化するのは怪しからんと問題になった。

 そこで第2世代では、人間の食物と被らない原材料を使うことになった。日本の場合、主力は藻類である。藻類を遺伝子技術を用いて改良し、燃料として質の良い炭素連鎖構造を持つ油を製造することに成功したのは日本のユーグレナ社だ。ユーグレナでは、バイオジェット・ディーゼル燃料の生産の実証実験プラントを稼働させていたが、ついに2020年1月30日にバイオジェット燃料の製造技術の国際規格である「ASTM D7566規格」を取得した。

 重量当たりエネルギーが極めて重要な航空機において、少なくとも現状ではバッテリーは相性的に難しい。もちろんバイオ燃料も現時点では高コストという問題をはらんでいるが、そこが改善されれば、一方で、既存のエンジンをそのまま使える。つまり機体も含めた機材が、そのまま、あるいは小改修程度で使うことができる。

ということで、藻を使ったバイオ燃料は航空業界のカーボンニュートラルへの大きな一歩となる可能性がある。当然それは航空機のみならず、内燃機関全般に使える。世界の先進国にとっては、産業構造を大転換しなくても既存のエンジン技術を生かしてカーボンニュートラル化への道が開けるという都合の良い技術なのである。

 さて、さてもうひとつ挙げた化学系には、アンモニア系と水素系の2つがある。どちらも常温で保存、輸送が可能な液体燃料で、高圧水素よりハンドリングが容易だ。ただし、アンモニアには毒性があるので一般市販用の燃料としては向かないが、例えば火力発電所の置き換え燃料としては、有用な手段である。経産省のカーボンニュートラル計画では、石炭・石油系火力発電所のアンモニア燃料への置き換え計画は重要な柱の一つとなっている。

 水素系は、最近よく耳にする「e-fuel」のことを指している。大気中に存在する二酸化炭素を水素に化合させて液体化したもので、もちろんこの二酸化炭素は燃焼時に放出されるのだが、そもそも製造時に大気から取り入れたもので、差し引きはゼロである。

 現在世界中の伝統的自動車メーカーのほとんどが、バイオ系または化学系の合成燃料の開発に取り組んでおり、これらは後々、モビリティの中で一定の割合を占める可能性が高いと思われる。なぜならば、コストの問題さえ解決すれば、旧来の石油系の供給インフラと整合性が高く、給油毎の航続距離も石油系燃料に近いからだ。ユーザーにとっては日常の利便性においてデメリットがほぼ発生しない。

福島にオープンした世界最大級の水素製造拠点

 さてその水素の製造はどの程度進んでいるのだろうか? 日本で水素といえば岩谷産業とトヨタだろう。あるいはこれに東芝を加えるべきかもしれない。それ以外にも多数の会社が、水素の製造、輸送、利用の各段階で実証実験を行っている(記事参照)。

 すでに過去に何度か書いている通り、横浜・川崎地区では、風力発電の電力によって水を電気分解して水素を作るハマウイングが稼働中で、ここで作られた水素は京浜地区のいくつかの工場でFC(燃料電池)フォークリフトの燃料として使われている。

さらに福島県浪江町には、20年3月、世界最大級の水素製造拠点がオープンした。事業主体は経産省傘下の国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)となる。「福島水素エネルギー研究フィールド(通称:FH2R)」と名付けられたこの大規模な太陽光発電システムの能力は最大で20MW、これに10MWの水素製造装置を組み合わせたものだ。つまりピーク発電量の半分を、水素に変換して貯蔵できる。先に述べた「しわ取り」を蓄電池なしで実現したシステムである。

ロゴの入った建屋は、水素製造の心臓部にあたるプラント。製造された水素は右奥の細長いタンクに蓄えられる

 まずは再エネによる水素製造を実現する段階はクリアしたといえる。次に目指すのは、水素の利用方法のバリエーションだ。もちろん水素で発電し、インフラ電力の不足時に支えることはもちろんだが、それ以外に多様な水素の利用法を模索するステージが始まっている。

トヨタ自動車の豊田章男社長は、3月5日にこの施設を訪れ、水素の利用に対して連携していく方針を述べた。

東北の被災地を例年訪問する豊田章男社長(中央)は、3月5日にFH2Rを訪問し、内堀雅雄福島県知事、吉田数博浪江町長とともにNEDOの職員から施設の説明を受けた

 トヨタとしては、今後人口30万都市における最適な水素利用の方法を模索していく考えで、第2世代になった燃料電池車のMIRAIと、その燃料電池スタックを利用したさまざまな汎用発電機を外販し、30万人都市のインフラをモジュールにしたパッケージ化していく考えだ。

この30万都市というのは日本全国の自治体で最も多い、あるいは典型的な形であり、30万都市での利用方法が確立すれば、このFH2Rを軸に再エネ・水素変換システムと地方都市のパッケージ構造がユニット化されることになり、水素社会の青写真がさらに一歩進むことになる。

さて、EV以外の代替エネルギーの可能性、みなさんはどう考えるだろうか?