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東芝、英ファンド「2兆円買収提案」は渡りに船か

日本を代表する電機大手の東芝に対し、イギリスの投資ファンド、CVCキャピタル・パートナーズが買収を提案した。

株式公開買い付け(TOB)による東京証券取引所への上場廃止を想定しており、買収総額は2兆円を超える見通しだ。東芝は副社長をトップとした専門チームを設置する予定で、CVCから詳細な提案を受けた後に、上場廃止の影響などを含めて買収提案の賛否について本格的に検討を開始する。

巨額買収案に飛び交う「臆測」

東芝は現在、既存株主のアクティビスト(モノ言う株主)との対立が深まっており、3月の臨時株主総会では株主提案が可決される異例の事態に発展。6月の定時株主総会では車谷暢昭社長兼CEOの再任が危ぶまれていた。

CVCはTOBとそれに伴う上場廃止によって、こうした対立が解消されることを東芝に伝え、賛同を得ていくとみられる。いわば「ホワイトナイト」(友好的な買収者)との位置づけで、東芝関係者からは前向きに評価する声も出ている。ただ、東芝が上場維持にこだわってきた経緯があるため、その整合性も問われそうだ。

CVCは欧州を中心に約12兆円を運用しており、日本では資生堂から「TSUBAKI」などの日用品事業を買収することを発表するなど10件程度の案件を手掛けてきた。今回は買収額がケタ違いに大きく、ほかの投資ファンドなどにも参加を呼びかけるとみられる。

CVCが車谷社長の古巣ゆえに、買収提案に関連したさまざまな臆測も飛び交っている。車谷氏は三井住友銀行副頭取からCVC日本法人会長に転じ、2018年に東芝会長に就くまでの約1年間在籍した。東芝の社外取締役である藤森義明氏は現在、CVC日本法人の最高顧問でもある。「利害関係を考慮して2人は買収交渉を担わない」(東芝関係者)とみられるが、東芝首脳陣と親しいファンドに見えかねない。

東芝は2015年に不正会計が発覚。翌2016年にはアメリカの原子力発電事業で巨額損失が明らかになった。会社存続も危ぶまれる中、2017年末に約60もの海外投資家を対象にした6000億円の大型増資を実施した。

これによって、会社の資金繰りが安定し、上場廃止も避けられた一方、増資から3年以上経った今でも、モノ言う株主は議決権ベースで約25%を占めている。

3月の臨時株主総会では旧村上ファンド出身者が設立したシンガポールの投資ファンドで筆頭株主のエフィッシモ・キャピタル・マネジメントと、アメリカのヘッジファンドであるファラロン・キャピタルがそれぞれ株主提案を出して東芝側と対立。ファラロンの提案は否決されたが、エフィッシモ提案の議案は約58%の賛成を得て可決された。

東芝の成長に欠かせない長期投資家

エフィッシモは2020年の株主総会で、東芝による既存株主への圧力と議決権行使の集計作業に不正がなかったかをめぐり、株主が選任する第三者が改めて調査するよう求めていた。

6月の定時株主総会までに新たな調査結果が出るとみられるが、その結果次第では車谷社長の再任が厳しくなる可能性もある。エフィッシモとは2020年の定時株主総会でも対立し、車谷社長の再任賛成率は約57%にとどまっていた。

もっとも、東芝の再建自体は順調に進んでいる。約50年ぶりに外部から東芝トップに就任した車谷氏は大胆なリストラを次々実行し、業績が回復。1月には約3年半ぶりに東証2部から1部にも復帰した。

車谷社長は東洋経済による3月31日のインタビューで、「東芝での僕のミッションは(社長に就任してからの)3年ですべてやった。フェーズは再建から成長に変わる」と指摘したうえで、今後の成長に欠かせないのが「東芝を長く支えてくれる機関投資家」と断言していた。

モノ言う株主は一般的に配当や事業再編など短期的成果を迫り、投資先企業の株価を上げた後、株式を売却して利益を得るのが常套手段だ。しかし、次の成長事業を中長期的な時間軸で育成したい東芝にとって、モノ言う株主と考え方が大きく違ってきていた。

モノ言う株主がいまだに東芝株を保有するのは、東芝の株価がまだ割安だとみているからにほかならない。4月2日にはシンガポールの3Dインベストメント・パートナーズが東芝株4.7%分を3月29日付で追加取得し、保有比率を7.2%まで高めたことが大量保有報告書で明らかになった。同社は2020年の株主総会で東芝側と対立しており、第2位株主に浮上したようだ。

今回CVCが示した株式の買い取り価格は、買収報道前の株価に対してプレミアム(上乗せ幅)を3割程度乗せた、1株当たり約5000円とみられる。東芝の株価は東証1部に復帰後も4000円を超えずに推移していたが、買収報道があった4月7日には前日比18%高の4530円へ急騰した。5000円にはまだ遠く、モノ言う株主がすぐに売却する環境ではなさそうだ。

東証1部への復帰を機に、アメリカの資産運用会社ブラックロックが東芝株の5%超を保有。みずほフィナンシャルグループも5%超まで増やすなど機関投資家が大株主に浮上してきている。

東芝の株価は5000円でも割安という声もあり、市場関係者の間では「将来は6000円が視野に入っている」という見方もある。「東芝はインフラサービスなど長期安定したビジネスにシフトしており、採算も良くなってきている。業績がしっかり積み上がれば、今後も国内外の機関投資家が戻ってくる可能性が高く、株価は上がる余地がある」(市場関係者)という。

キオクシアの企業価値も焦点に

今後は東芝が約4割を保有する半導体大手キオクシアホールディングスの企業価値も焦点になる。

同業大手であるアメリカのマイクロン・テクノロジーやウエスタンデジタルがキオクシアを3兆円規模で買収検討しているという報道もあり、非上場のキオクシアの企業価値をどう見るかでも東芝の企業価値が変わってくる。CVCの買収額が割安とみられれば、今後はより高い価格で買収提案する新たなファンドや企業が現れ、東芝争奪戦に発展する可能性もある。

東芝が上場廃止を受け入れるかも課題だ。債務超過を避けて上場維持するため、百戦錬磨のモノ言う株主をわざわざ引き連れてきたのはほかならぬ東芝自身。さらに東証2部から1部への復帰を「再建の象徴」にも掲げてきた。

東芝関係者の中には「これまで東証1部復帰に尽力してきた。復帰したばかりで再び上場廃止を選択するのか」という疑問の声がある。こうした声は個人株主にもあるほか、約6割を占める外国人投資家の判断も焦点になる。実際に上場廃止を選択する場合は政府や株主、取引先、従業員など幅広いステークフォルダー(利害関係者)への説明が求められ、ハードルは相当高い。

最終的には当局の審査も必要になる。日本政府は2020年、安全保障に関わる日本企業に対して、外資が出資する場合の規制を強化する改正外為法を施行。特に東芝は原子力発電や防衛などの事業を手掛けており、手続きが厳格な重点審査の対象にもなっている。

東芝の取締役会議長である永山治氏(中外製薬名誉会長)は4月9日、「CVCの提案は当社の要請によるものではなく、当社の事業などに関する詳細な検討を経た上で行われているものでもありません。各国競争法や外国為替及び外国貿易法上のクリアランスが得られることや、資金調達が可能となることなど、多くの事項を条件としています。(中略)その検討には相応の時間を要し、複雑性を伴うものと考えられます」とコメントを出した。

さまざまな関係者の思惑がうずまく東芝。まだ病み上がりだが、大きな岐路に立たされている。