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商売の素質がない人が知らない「儲かる」共通点

「1:n」構造を設計せよ

東進ハイスクールという予備校がある。駿台・河合塾・代ゼミの3大予備校に「ビデオ・オン・デマンド授業」という業態で殴り込みをかけ、一気にその地位を築いた予備校である。

さて、予備校あるいは塾という業態を考えたときに、3つの業態が考えられる。すなわち、「個別指導」「集団授業」「映像授業」である。商売を行う際に、売価が一定であると仮定すると、なるべく仕入れ値が安いほうがいい。予備校・塾という業態を考えると、個別指導は生徒1人当たりに対して先生1人、つまり顧客1人に対して先生を1人仕入れる必要がある。

ところが、集団授業だと生徒20人に対して先生1人、映像授業だと生徒がいくらいても先生は1人でいいわけである。

つまり、提供価値が同じであるという仮定を置くのであれば、顧客n人に対して仕入れ1回という構造を作り、そのnが大きければ大きいほど原価率を引き下げることが可能になるのである。

一方、1:n構造のnが大きければ盤石というわけではない。むしろ、nが大きければ大きいほど、利益率が高く、それゆえ参入企業が増え競争激化は免れない。例に挙げた東進ですら、リクルートが始めた「スタディサプリ」等が競合として躍進している。

逆に、個別指導のような1:1ビジネスは利益率は低いものの、必ずしも大資本が強いとは限らないため、参入という点だけを考えるとチャンスを見つけやすいと言える。

原始的な商売、例えば飲食業を想定すると、料理は一度作って食べられてしまえば、当然、二度と売ることはできない。ところが、例えば、本を考えてみると、一度書いた本は印刷することで何千、何万冊と同じものを売ることができる。つまり、一度作ったものを複数回売ることができるというわけである。

商売における1:n構造は、本やCDといった物質的媒体、あるいは物質的媒体を介さずにそのままインターネットで配信することで、爆発的にnの数を増やすことができる。インターネットが商売に対してもたらした最大の影響は、本質的には流通革命で、1:n構造を容易に作れるようになったことだと考えられる。

一度作ったものを一気に提供できる、即ちnの数が圧倒的に増えたことで、成功したサービスの爆発力がインターネット以前とは圧倒的に変わったことが、本質的なゲーム・チェンジなのである。

SaaSのビジネスモデルの本質的な意味

現在、ベンチャーシーンにおいて高い評価を受けているビジネスモデルとして、SaaS(Software as a Service)が挙げられる。

freee(クラウド型会計ソフト)やSmartHR(クラウド型人事・労務ソフト)など、旧来からある大きな市場において、既存の勢力図を塗り替えてしまうような企業も多い。その中でも特にfreeeは、上場時から時価総額が1000億円を突破するなど、株式市場でも高い評価を受けている。

SaaSとは、簡単に説明すると、これまで売り切り型、あるいは独自開発で提供されてきたソフトウェア(例えば会計システムなど)を、汎用化し、クラウドで提供することによって、安価に、広範に提供できるようにしたビジネス、と定義できるだろう。

例えば代表的なSaaSのfreeeであれば、旧来のライセンス型ソフトウェアである「勘定奉行」や「弥生会計」といったソフトが高価で導入ハードルも高いのに対し、簡単に、社員数が少ない企業でも導入できるようにした、というサービスである。

SaaSが高い株式評価を受けやすい理由としては、

①月額課金のため、将来の収益が読みやすく、LTV>CACが成立していることを説明しやすいため、投資家も投資しやすい。 
*LTV:Life Time Value、顧客生涯価値、ある顧客から生涯得られる利益を指す *CAC:Customer Acquisition Cost、顧客獲得費用
②1:n構造が成立しているため、損益分岐点を超えた部分の売上は大半がそのまま利益になる(ため、一定以上のスケールが取れると高利益率になる)。
③業務プロセスにロックインされるため、解約しづらい。

という点が大きい。ただ、この文章を読んで、「よし、SaaSをやれば俺も大成功だ!」と思う人は商売の素質があるとは言い難いだろう。

実際、SaaSはすでに過当競争になりつつあり、今後は成功への道筋が見えている限られたサービスへの集中投資が行われる局面になるだろう。重要なのは、この3つの成功要因が、ほかのビジネスに当てはめられないかを考えてみることなのである。

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例えば、SaaSほど業務プロセスにロックインされるわけではないが、オンラインサロンでも①と②の条件は満たされており、実際、億単位の売上が出ていると推定されるサロンも出てきているが、ベンチャーキャピタルの投資対象にはなっていない(もっとも、今後は芸能人や有名人をブランドとして立てて、そのまま上場させるような「ほぼ日」型の企業はもっとたくさん出てくると予想する)。

成功しているビジネスモデルの表層をなでるのではなく、まったく別領域と思われているようなビジネスモデルに対し、「実は同じことなんじゃないか?」と考え、実際に形にしていくことが重要なのである。

注)SaaS
「Software as a Service」の略。これまでパッケージ型で提供されていたソフトウェアをインターネット上で簡便に利用できるようにしたサービス。例えば、会計ソフトであれば、パッケージソフトとして「勘定奉行」や「弥生会計」等が存在したが、「freee」はインターネット上から無料でアカウントを作成できることで、会計ソフト導入のハードルを下げることに成功した。
注)ほぼ日
元々は「糸井重里事務所」としてスタートした企業だが、「ほぼ日手帳」などの商品のヒットにより、株式会社ほぼ日として2017年にJASDAQに上場した。