トヨタMIRAIの未来が乗り物にとどまらない訳

世の中には心地よい言葉に押され、そもそも論がないがしろにされてしまうことがある。乗り物の“電動化”もその1つだ。温室効果ガスの削減が最終的な目標であるにもかかわらず、その手段の1つである電動化が目的であるかのように語られる。

 

最近、この電動化には“脱ガソリン”というキーワードが付随する。こうなると「なるほど、電動化とはガソリン廃止論なのか」と、こちらも極端な意見を助長してしまう。

今回、トヨタ自動車の燃料電池車(FCV)「新型MIRAI」に試乗した。すでに試乗レポートが各所に掲載されているので本稿では視点を変えて、電動化を通じて温室効果ガスの削減を目指す交通社会のうち、「燃料電池システムの転用」という側面を考えてみたい。

試乗した新型MIRAI(筆者撮影)

「脱ガソリン」はインパクトのあるワードだが

それにしても脱ガソリンという字面には勢いがある。対象が何であり、何を行うのか、誰に対しても一発で伝わりやすい。ただ、最終目標である温室効果ガスの削減にとって、この言葉は一方的であまりにも刺激が強く、脱ガソリンでなければ悪のようなイメージをも生み出す。これは明らかにマイナスだ。

しかし、電動化の本流は明るい。当初「電動化車両=電気自動車」という限定的な解釈から始まったが、より広義なものとして正確に認知されてきたからだ。

電動化車両には、電気自動車(BEV/Battery Electric Vehicle)以外にもハイブリッドカー(HV)、FCVも含まれ、HVには12~48V系電源を用いた安価なマイルドハイブリッドシステム(MHV)や、大容量の二次電池を用いたプラグインハイブリッド(PHV)があることも一般化した。

併せて、BEVには比較的小さな排気量の内燃機関(ICE/Internal Combustion Engine)を組み合わせて充電1回当たりの航続可能距離を伸ばすレンジ・エクステンダーがあることも浸透し始めている。乗り物における真の電動化社会は、こうした各種パワートレーンが適材適所で普及して実現する。

また、普及の過程にはICEも不可欠だ。熱効率を既存の40%台から50%にまで高めた日産自動車の「次世代e-POWER発電専用エンジン」や、マツダの次世代型内燃機関「スカイアクティブXエンジン」などがその役割を担う。

直近の目標である温室効果ガス削減に向けては、「電動化or内燃機関」といった二者択一論では無理がある。「電動化and内燃機関」が現時点では優先度の高い議論だ。ガソリンや軽油以外の石油精製品を源にする業界は多いが、そこでの需給バランスや代替案の拡充もこの先の議論になろう。ともかく、温室効果ガスの削減には両サイドから近づく策が現実的であり、こうした流れは日本が旗振り役として世界に問いかけている。

もっとも、今のところ日本勢は弱い。欧州勢はBEVを核とした電動化ビジネスで強権発動し、世界を巻き込む。この状況をイソップ童話「北風と太陽」になぞらえれば、欧州が強い北風で、日本の歩み寄り案はさながら太陽だ。

初代MIRAIは約6年で約1.1万台を販売

そのうえで注目したいのがFCVの普及である。2014年12月に販売が始まった世界初の量産型FCV「初代MIRAI」は、日本・欧州・北米市場を中心に約6年間で約1万1000台が販売された。日本では2020年12月9日に2代目となる新型MIRAIの発売がスタートしている。

FCVには優れた製造技術と緻密な管理が必要ながら、初代が記録した累計販売台数は国内市場でトヨタ「ヤリス」が2021年1月に販売した台数の60%程度と圧倒的に少ない。補助金(MIRAIにおける2020年度実績は最大で141万9000円)があるにせよ、車両価格は710万円から、と高額だ。

MIRAI以外のFCV販売状況はどうか? 現在、日本においてはホンダ「クラリティ FUEL CELL」がリース形式で販売中。輸入車ではメルセデス・ベンツのSUV「GLC F-CELL」が過去にリース形式を採用し、ヒュンダイ(韓国)のSUV「NEXO(ネッソ)」も販売が近いと報じられているが、積極的な販売活動は見られない。

カーシェアリングでもFCVが選べる。オリックス自動車では「オリックスカーシェア」としてトヨタ「MIRAI」を用い最小15分単位でのカーシェアリングを提案。認知度向上を目指すが、本格的な普及はこれからだ。

試乗した新型MIRAIの後(筆者撮影)

FCVのパワーユニットは燃料電池。水を電気分解すると水素と酸素に分かれるが、燃料電池はその逆の水素と酸素との化学反応で電気をつくる。原理はとてもシンプルだ。

メリットは、燃料として使用する水素や酸素が枯渇しないこと。それに、化学エネルギーをそのまま電気エネルギーに変換することから発電効率が高い。また、CO2を排出しないばかりか、内燃機関の燃焼時に生成される人体に有害な物質(NOxやPM)も排出しない。つまり、SDGs(Sustainable Development Goals)が掲げる温室効果ガスの削減に寄与し、人類にとっても害がない。

「発電時、排出するのは水だけ」とする燃料電池のメカニズムを改める。まず、燃料である水素を構成する水素分子(H2)は、マイナス極で①水素イオン(H+)と②電子に分離。①H+はイオンを通す電解質を通りプラス極へ移動し、②電子は導線を通じてプラス極へ移動する。

次に、そのプラス極では酸素分子(O2)を構成する酸素原子(O)が①H+や②電子と結びついて水分子ができる(排出する水はここで発生)。つまり、導線を通じて電子が移動する=電流が流れる。これが燃料電池のおおまかな仕組みだ。

ただし、普及はわかりやすく多難

この紹介で終われば燃料電池システムはメリットばかりで人畜無害な「夢のパワートレーン」に思える。しかし、普及となれば前述した高価な車両価格に加え、燃料である水素の製造と管理、国の政策などと複雑に絡む。わかりやすく多難だ。

また、水素を車両のタンクに充填する水素ステーションの設置費用は、同規模の既存ガソリンスタンドの設置より約5~42倍も高額になる。他の場所で製造された水素を充填する「オフサイト型」で4~5億円、その場で水素を製造して充填する「オンサイト型」では30億円以上と言われる。「移動式」にしてもCO2を排出する大型トレーラー(ディーゼルエンジン車)で充填場所まで運ぶとなれば、温室効果ガスの削減効果は減少し、回送運転も含め手間も重なる。

さらに水素の充填には82MPa(約820気圧)という高圧状態と、マイナス35℃からマイナス38℃程度にまで下げる冷却環境が必要で、別途エネルギーの確保が不可欠だ。

こうした状況を踏まえMIRAIを送り出したトヨタは、FCVの核となるパワーユニット「燃料電池システム」の普及を促進することで、かかるコストを全方位から徐々に下げていく策をとった。

具体的には、乗用車であるMIRAIで使用する燃料電池システムを、大型路線バスや、小型・大型トラック、大型トレーラー、そして電車や船舶などに転用して乗り物の分母を増やし、使われる先を増やすことで普及を促進する。また、小型トラックでは走行用としてだけでなく、搭載する冷蔵・冷凍システムの動力源としても燃料電池システムを活用する。

こうしたあらゆる乗り物への転用は、稼働密集地域における水素ステーションの拡充や各種インフラ設備の充実など波及効果が望めるため、社会的受容性も同時に高められる。

逆説的に考えれば、これまでの主役であったICEは、車種ごとの転用はあっても、求める性能が違うため一部を除いて商用車や他の乗り物にはそのまま使えなかった。

“小さな発電所”は自在に転用可能

燃料電池システムは、いわば“小さな発電所”なので組み合わせる電動モーターや補機類、水素タンク容量を変更することで自在に転用が可能。さらにトヨタでは、かねてより燃料電池システムをパッケージ化して事業者向けに販売している。こうして使う先が増えれば自ずとトヨタ流の「カイゼン」が進み、コストダウンへの道筋も立てやすい。数々の副次的効果が巡り巡って燃料電池システムそのものを支え、進化させるのだ。

筆者は、このMIRAIの燃料電池システムと電動モーターを2セット搭載した大型路線バスに公道で試乗した。同車両は、2018年から東京都交通局の都営バスとして運用されているFCバス「SORA」のプロトタイプ車両で、燃料である水素を充填するタンクは10本搭載し総容量600L、発進停止を繰り返す営業運転で200km走行が可能だ。

公道試乗したプロトタイプ(筆者撮影)

商用車ではコストが重要視される。車両価格もさることながら、ランニングコストも重要課題。試乗したFCバスの場合、水素1kgで8.4km走る計算になる。現時点、水素価格は高値で1kg当たり1210円なので1km走るのに144円が必要という理屈だ。

FCバスと同サイズのディーゼルエンジンを搭載した大型路線バスだと、軽油1L当たり2km程度走る(都市部での渋滞区間)。執筆時点での軽油価格換算では1km当たり62円。単純計算でいけば、燃料電池バスのランニングコストは、ディーゼルエンジン車の約2.3倍も高い。ここだけみればディーゼルエンジンが優勢だ。

しかし、整備費用となるとグッとFCバスが安くなる。電動化車両の多くがそうであるように車体を構成する部品点数が少なく、発進停止を繰り返す路線バスの運行スタイルであっても電動モーターによる回生ブレーキが働くので、消耗部品の点数が少ない。このほか、ディーゼルエンジンは内燃機関なので油脂類やそれに伴う部品の定期交換が不可欠で、狭い車体後部に収められたエンジンの点検整備には時間もかかる。その点、FCバスは点検箇所こそ同じだが電動モーター駆動だから手間が少ない。

活躍する燃料電池バス(筆者撮影)

水素価格は2050年に5分の1へ?

さらに肝心の水素価格はこの先、安価になるという。経済産業省では2030年までに水素の単価を現在の3分の1に、2050年までには5分の1にまで引き下げる計画がある。残念ながら2050年をわが目で確認できるかどうかわからないが、実現すれば温室効果ガスの削減と低コストでの移動が同時にかなう。皮算用が多く現時点では手放しで喜べないものの、運輸・運送業で大切なトータルコストオーナーシップの観点からすれば、FCバスやFCトラックの将来は明るい。

最後に、新型MIRAIの燃費性能はどうか? 筆者の試乗では水素1kg当たり130km走ったので1km当たり9.3円。つまりMIRAIのランニングコストはハイオクガソリン(156円/L)を使用して1L当たり16.8km走るICE車両と同一の計算になる。ただし、MIRAIは走行時にCO2を一切排出しない(ICE車両の場合は138.1 g-CO2/km排出する)。

新型MIRAIの燃費数値(筆者撮影)

電動化車両を普及させる目的は温室効果ガスの削減にある。そのためには各種の電動化車両とともに、ICEとの連動が必要だ。さらに電動化の1つであるFCVは、搭載する燃料電池システムを乗用車以外に転用可能で、システムそのものを他業種で活用させることや、家庭でのコージェネシステムとしても機能させることができるマルチプレーヤーだ。

しかしながら、水素社会には多様性があるものの導入&ランニングコストは依然として高く、国と地域を選ぶ。ここは大きな課題だ。でも、だからこそ次世代エネルギー源の1つとして取り組むトヨタの活動には夢があると思う。試乗を通じ、新型MIRAIの目指す未来は乗り物の枠を超えた電動化社会の実現であることがわかった。