経済合理性と消費者心理のスパイラル
では、なぜ世の中に空間除菌がはびこるのでしょうか。ここには大きく2つの理由があります。1つ目は「売れるから作る」というメーカーの経済合理性。そして、2つ目は「念には念を」という生活者の心理です。この2つが相互に作用することで、「空間除菌的なもの」が世の中に居残ってしまうといえます。 経済合理性とは、メーカーについていえば「主に自社の利益について考え、自社の利益が最大化するように常に合理的な行動を取る」という傾向。噛み砕けば「売れるものを作る」ということです。コロナ禍において「空間ごと除菌できる」ようなイメージを与えれば当然、商品の売れ行きは上がるでしょう。 警備大手のALSOKと提携して自社の空間除菌用品50万個を目標に販売(法人を対象)するとしていた大木製薬は、記者が取材中にそのプレスリリースの表現の問題点を指摘した際、松井秀正社長自ら「どうしても売れる、安易な方向に行ってしまうのは事実」と認めました。 リリースには雑貨の宣伝には使用できないはずの「新型コロナウイルス」「感染症予防」「感染対策」などの文言が盛り込まれていました。リリースは取材後に削除されました。 空間除菌用品の情報はメディアにプレスリリースや広告として掲載される場合があります。また、そうでない記事でも、例えば式典を取材した記事の写真に消毒剤の空間噴霧の様子が映り込んでいる、といった事例もあります。記者自身、情報発信をする当事者として、問題点があればそれを発信し続けなければなりません。 今度は買う側について考えます。ここで、生活者が空間除菌の効果を心から信じているか、というと、人によって程度の差はあれ、「おまじない」程度に考えている人もいるのではないでしょうか。 新型コロナウイルス対策全般についてですが、有効な対策があればそれは世界中で検証され、導入されていることでしょう。そうしてスタンダードになったのが、手洗いやうがいの励行、マスクの着用、三密を避けること、そしてワクチンなのです。そうでないものの効果のほどは、生活者も薄々わかっているはずです。 空間除菌用品は首から下げるタイプでも、置型でも、1つの商品の値段は1000 - 2000円程度のものが多いです。念には念をの「おまじない」として、ついで買いをするにはぴったりでしょう。
「おまじない」を野放しにした結果
まず問題なのは、空間除菌用品には人体に有害となる危険をもたらすものもあることです。消費者庁は2020年8月に首から下げるだけで空間除菌が行えると称する商品(二酸化塩素を利用した商品)を使用中、やけどのような状態になったという事故情報が同年6 - 7月で少なくとも4件、消費者庁に寄せられた、と注意喚起をしました。中には、1歳児が被害を受けた事例もあるとのことでした。 そして、さらに問題なのは、効果が証明されていない商品で“対策”をした気になり、本来するべき「マスクの着用」「三密の回避」などの対策がおろそかになることです。 メーカーは「売れるから作る」、生活者は「念には念を」と買う。こうして空間除菌関連の商品は10年にも渡り居残ってきました。これは医薬品や医薬部外品でないため「病気を治したり防いだりする効果がない」にもかかわらず、「効きそう」なイメージで国内で1.5兆円とも言われる一大市場を形成している「健康食品」と同じ構図です。 効果がありそうなものにお金を費やす「おまじない」を野放しにすると、効果がないものに1.5兆円ものお金が集まってしまうというのは、経済合理性の行き着く先として非常に示唆的です。実際に、空間除菌用品を販売するメーカーの好調な業績を経済ニュースで伝え聞くことも多々あります。 このような構図から抜け出すためには、この連鎖をどちらか、あるいは両方で断ち切ることが必要です。 違法な宣伝や粗悪な作りの商品には行政指導などの直接規制によりメーカーの経済合理性に歯止めをかけることが可能ですが、前述したように、次々に新しい商品や別のメーカーの商品が生み出され、いたちごっこになっているのも事実。 やはり本質的には「売れる」というところを断つ、つまりこのような商品を「買わない」ことが解決方法になります。 「念には念を」と「おまじない」をしたくなったときはグッとこらえ、それだったらむしろ、マスクをつけたり密を避けたりといった、基本的な感染予防策を徹底するようにしてください。 そしていつか、新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着く日が来たとき、身の回りにある「効果のありそうな顔をした」さまざまな商品を手に取るとき、「これって本当に効果があるのかな」と疑うクセがついていると、こうした商品に騙されることもきっとなくなるはずです。
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