3月施行「改正会社法」押さえておくべき点とは

「取締役に関するルール」の改正が最重要ポイント

今回の会社法改正のうち、コーポレート・ガバナンスの観点から、取締役に関するルールが改められたことが、最も重要な改正点です。具体的には、以下の3つの内容がとくに重要です。

1 上場企業等の一定の会社で、社外取締役の設置が義務づけられたこと
2 取締役の報酬に関するルールが見直されたこと
3 「会社補償」や「会社役員賠償責任保険」(D&O保険)のルールが新設されたこと

まず1つ目に、上場企業等の一定の会社で、社外取締役の設置が義務づけられることになりました。具体的には、

①公開会社かつ大会社である監査役会設置会社で、かつ、

②有価証券報告書の提出義務のある会社(上場企業は、この②の要件を満たします)では、社外取締役を最低1名は置くこと

が義務づけられます。

もっとも、上場企業では、上場企業に2015年から適用されている行為規範であるコーポレートガバナンス・コードで、独立社外取締役(社外取締役のうち、独立性の高い一定の要件を満たす者)を最低2名以上選任すべき、とすでに定められていました。このため、上場企業では、今回の改正の前から、1名以上の社外取締役をすでに置いている企業がほとんどでしたので、今回の改正による影響はわずかだと思われます。

 

この改正は、規制の強化というよりも、上場企業には社外取締役が必ず置かれており、日本の資本市場がガバナンスの観点で信頼できる環境にあることを、内外の投資家にアピールすることが目的と理解すべきでしょう。

次に、2つ目として、上場企業などの一定の会社では、取締役の個人別の報酬内容の決定方針、つまり、取締役それぞれの報酬の内容をどう決めるかの方針を取締役会で決定し、その内容の概要を開示しなければならないことになりました。なぜ、こうしたルールが新しく設けられたのでしょうか。

会社法上、取締役の報酬は、定款または株主総会で決定しなければなりません。取締役の報酬を定款で定める会社はまずありませんので、ほとんどの会社は株主総会で決定しているのですが、この場合、株主総会では取締役の個人別の報酬額を定める必要はなく、取締役「全員」の「総額」の「上限額」を定めれば足り、個人別の報酬額の決定は取締役会に一任してもよい、と考えられています。

つまり、「今期の報酬は、取締役Aさんには〇円、取締役Bさんには〇円……」などと株主総会で決議する必要はなく、「取締役全員に支払う報酬の総額は、年額で〇円以内とする」とだけ決議すれば足りるのです。

こうした取り扱いは、取締役の個人別の報酬額が明らかになることを避けたい等の理由から行われているものですが、裁判所もこうした取り扱いは会社法に違反しないと判断しており、こうした決議の仕方は上場企業で広く行われています。

そして、こうした取締役全員の報酬総額の上限を変更しない限り、取締役のメンバーがどれだけ変わっても、株主総会で改めて決議する必要はありません。したがって、取締役の報酬の上限額に関する株主総会の決議は10年以上変更していない、という上場企業も珍しくはないのです。

さらに、取締役の個別の報酬額は、取締役会からさらに代表取締役などに一任してもよく、実際にそのようにしている上場企業も少なくないのが現状です。

しかし、それでは個々の取締役がいくら報酬をもらっているのか株主にはわからないため、透明性に欠けるのではないか、という指摘が、以前からされていました。

「どう決定するのか」の方針を決議せよ

そこで、今回の改正では、さすがに取締役の個人別の報酬額を開示することまでは求めず、取締役の個人別の報酬の決定は、従来どおり取締役会や代表取締役に一任することは認めるものの、取締役の個人別の報酬内容をどう決定するのかの方針(決定方針)を、取締役会で決議しなければならないことになりました。こうした報酬の決定方針の義務のある会社は、すでに述べた社外取締役の選任義務のある会社と、監査等委員会設置会社になります。

具体的には、金銭報酬に関しては、報酬額や計算方法をどのように決定するかについて、また、報酬の決定を代表取締役などに一任している場合には、具体的に誰にどこまでの権限を一任しているかなどについて、報酬の決定方針の内容として取締役会で決議する必要があります。

このように、取締役の報酬について、現在の取り扱いを大きく変えるものではないものの、現在よりは少し踏み込んだ形で、その決定方針の「透明性」を求めたのが、今回の改正といえます。

また、公開会社である株式会社は、こうした報酬の決定方針の内容の概要を、事業報告という、定時株主総会の際に株主に送付する書面で、株主に開示しなければならないことになりました。

また、上場企業では近年、金銭による固定報酬だけではなく、業績連動型報酬や、株式や新株予約権などの金銭以外の報酬を支給する例が増えつつあります。今回の改正では、報酬のタイプが多様化しており、また取締役の報酬が、取締役が適切に職務執行するための動機(インセンティブ)づけの機能を持っているという実情に合わせて、取締役の報酬に関して株主総会で決議すべき内容などが改められました。

「会社補償」に関する新たなルールも

最後に、3つ目として、「会社補償」や「会社役員賠償責任保険」(D&O保険ともいいます)のルールが新設されました。

会社が取締役や監査役などとの間で、それらの役員が、職務執行に関して、

①法令違反が疑われ、または責任を追及する請求を受けたことに対処するために支出する費用や、

②第三者に生じた損害の賠償責任を負う場合の賠償金や和解金を、会社がその役員に対して補償することを約束する契約のことを、「補償契約」といいます。

例えば、ある会社の取締役が、会社が行った取引に関して談合が疑われるとして公正取引委員会から調査を受けた際、その取締役が弁護士に対応や助言を依頼した場合、その弁護士費用については、この補償契約を締結していれば、その取締役は会社に対し、弁護士費用を補償してくれと請求することができます。

これまで、こうした補償契約に基づく会社補償というものが法律的に認められるかどうか、必ずしも明確ではなかったのですが、今回の改正で、会社補償が認められるための内容や手続きがルール化されました。

今まで日本では補償契約に基づく会社補償はあまり普及していなかったのですが、今回の改正でルールが明文化されたことから、今後は導入を検討する企業も増えるものと思われます。

会社の取締役などが、その職務執行に関して賠償責任等を負う場合に、その損害について保険金を支払う保険(会社役員賠償責任保険。D&O保険ともいいます)は、多くの上場企業ですでに導入されています。

しかし、このD&O保険についても、会社法にはルールがなく、どのような手続きが法律上必要なのか、必ずしも明確ではありませんでした。そこで、今回の改正では、D&O保険に関するルールが、会社法に初めて設けられました。

株主総会に関する2つの重要な改正

今回の会社法改正では、株主総会に関して重要な改正が2つ行われました。

1つは、「株主総会資料の電子提供制度」です。これは、定時株主総会に関して株主に送付する招集通知などの資料のうち、一定の資料について、紙で送る代わりに、会社のウェブサイトなどに掲載することで株主に提供したこととする、という制度です。

この制度が導入されると株主総会の実務に大きな影響を及ぼすため、上場企業にとっては非常に重要な改正内容なのですが、システムの整備などに時間がかかることから、この制度についてはほかの改正内容とは違って、今年3月1日からではなく、2023年(令和5年)3月末までに施行される予定です。

もう1つは、株主提案権のうち、株主が、1つの株主総会で、自らが提案する議案の内容を会社の招集通知に掲載せよと要求できる権利(議案要領請求権)について、提案できる議案の数が、今までは無制限だったのですが、今回の改正で、10個までに制限されました。

『手にとるようにわかる会社法入門』(かんき出版)書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

2012年に、野村ホールディングスに対して、ある株主が、100個もの株主提案を提出し、会社のほうで検討した結果、結局18個の議案を株主総会の議案として取り扱ったことがあり、話題になりました。そのほかにも、非常に多くの数の株主提案があった上場企業があったため、そうした事例を受けて、株主が株主総会の招集通知への掲載を提案できる議案の数が制限されることになったものです。

以上が3月1日に施行された、令和元年会社法改正の重要ポイントを解説しました。今回の改正は、コーポレート・ガバナンスに関する改革が進展する最近の日本の状況の中で、そうした状況に対応するために主に行われた改正である、と評価できます。今回の改正を受けて、日本企業のコーポレート・ガバナンスが今後どのように進展していくのか、引き続き注目されるところです。