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営業で「御社の課題は?」と聞く人が残念なワケ

なぜ伝説の営業パーソンは「雑談」を大切にするのか?

「日本の山には、クーガーはいますか?」

そんな話をしてくれたのは、アメリカに本社がある広告会社の、日本支社に勤める営業パーソンでした。メル・ギブソン似のナイスガイだったので、名前をギブソンさんとしましょう。

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「クーガー?」

「マウンテンライオンです。山に住むライオン」

「いや、いないですね。熊はたまに出ますが」

「アメリカの山には、熊もいますが、クーガーが出るんですよ。YouTubeで検索すると、山でクーガーに遭遇して、命からがら逃げ切った人の動画が出てきますよ」

ギブソンさんとのこういう会話を思い出すと、懐かしい気持ちになります。飲みに行ったりゴルフに行ったり、ということは一度もしませんでしたが、一緒に膝を詰めて仕事をする中で、いろいろな話をした記憶が蘇ってくるのです。案件の話はもちろん、仕事仲間の話、仕事論、そして「クーガー」の話のような雑談まで。

私には営業の経験はあまりありませんが、広告主という立場から、営業をしていただく機会は人並み以上に恵まれてきたと思います。そんななか、過去にご一緒させていただいた営業パーソンの中には、「伝説の」と称したくなる方々が何人かいます。

結局いつもこの人から買ってしまう、職場が変わってもこちらからお願いしてしまう、といった強者たちです。ギブソンさんもその1人でした。

そうした伝説の営業パーソンは、タイプや性格こそバラバラですが、共通点があることに気づきます。みなさん雑談が上手なのです。

雑談を制するものは商談を制する、などとはたしかによく言われますが、実際の商談で雑談をする機会はそう多くはありません。営業パーソンからすると、やはり躊躇されるのではないでしょうか。忙しい相手を前に、限られた時間を使って、要件ではなく雑談を切り出すというのはなかなか勇気がいることでしょう。そして、本当にただ雑談をするだけでは、実際に迷惑だと感じる顧客が多いのも事実です。

それでは、普通にやるとただ迷惑なだけの雑談を、双方に価値のある「魔法の時間」にするカギは、いったい何なのでしょうか。

これまでグローバル企業で世界中の腕利き営業パーソンと仕事をしてきた中で、その商談テクニックをマーケターの視点から分析することで、私はそのカギを見つけ出しました。ヒントは「顧客の声を聞く」という言葉をどう理解するか、です。

顧客の声を聞いていてはイノベーションは生まれない?

「もし私が何が欲しいかと聞いていたとしたら、人々は『もっと速い馬』と答えただろう」。このセリフの主は、史上初の量産型自動車を世に送り出した稀代のイノベーター、ヘンリー・フォードです。

そしてこのセリフは、もう1人の稀代のイノベーター、スティーブ・ジョブズお気に入りの引用句としても有名です。ジョブズは、盟友のデザイナー、ジョナサン・アイヴとともに、フォードをも凌ぐ数々の大変革をこの世にもたらしました。

たしかに、フォードやジョブズが起こした日常生活の大変革は、私たち顧客の期待の先を行くものでした。このように「顧客の期待の先を行く」というのが、人類の歴史を変えるイノベーションの常であるようにも思われます。

しかし、顧客の期待の先を行く発明であれば、そのすべてが私たちに受け入れられるわけではありません。セグウェイの失敗は記憶に新しいでしょう。

2001年に鳴り物入りで登場し、スティーブ・ジョブズやジェフ・ベゾスにも賞賛された驚くべき発明でしたが、発売後は低空飛行が続き、その後もピークというピークを迎えることなく、ついに昨年、生産中止に追い込まれてしまいました。

奇しくもセグウェイ発明者のディーン・ケーメンは、自身の発明を称して、「セグウェイは自動車にとって、馬と馬車にとっての自動車のような存在になる」と語っていました。先ほどのフォードのセリフを意識したものです。

セグウェイが「顧客の期待の先を行く」発明であったことは間違いありません。それはジョブズやベゾスがお墨付きを与えたとおりです。

しかし、このケースからわかるのは、それが多くの人の生活を変えるイノベーションになるためのすべての条件ではない、ということです。iPhoneやT型フォードにあり、セグウェイになかったもの、それはいったい何だったのでしょうか。

答えはシンプルです。顧客が求めるものに答えていたか、です。iPhoneやT型フォードがもたらした価値は、単に「顧客の期待の先を行っていた」だけではありません。

それは結果としてそう見えた、というだけで、その実、顧客が自覚したり言語化できていなかったりした、心の奥に潜む欲求にしっかりと答えていたのです。つまり、顧客がそう自覚してはいなかったものの、そこには確かに「顧客が求めるもの」があったのです。

「顧客が求めるもの」は3種類ある

「顧客が求めるもの」は、大きく3つの種類に分類できます。①顧客が自覚しており、それを公言できるもの②顧客は自覚しているものの、それを公言したくはないもの。そして、③顧客自身が自覚していないものです。

例えば、「ボルヴィック」と「山の天然水」という無名の(架空の)ミネラルウォーターを比較して、最終的に5円高いボルビックを選ぶ消費者は、この商品に何を求めているのでしょうか。

「喉の渇きを癒やしてくれる」ことを求めているのは、顧客自身自覚しているでしょうし、それを公言しない理由もないでしょう。しかし、これだけなら、5円安い「山の天然水」を選ぶほうが合理的です。

それでは、そこで購入したミネラルウォーターを、同じビルにあるジムに持ち込んで運動中に飲む、というシチュエーションだったらどうでしょう。そのジムには気になる異性がいて、いつも視線を意識していたとします。

見たこともない「山の天然水」を目撃され、わざわざ安売り品を持ち込んでいるんだ、と思われるのは何となく心外です。その点、洗練されたイメージのボルヴィックは、逆に自分を飾り立てる「アクセサリー」のような働きをしてくれます。その価値を考えると、5円の差は安いものでしょう。

このとき、ボルヴィックを選んだ理由を聞かれて、「気になる異性の前でいい格好をしたいから」と答える人はまずいないでしょう。これはまさに、「自覚しているものの、それを公言したくはない」商品の価値です。

ボルヴィックはフランス産のミネラルウォーターで、パッケージにはfrom Franceの文字とトリコロールのフランス国旗があしらわれています。フランスの価値観が好きで、それに共感する気持ちが購入を後押ししている、という場合、顧客がそれを自覚したり言語化できていることは稀でしょう。

実はこうした「言葉にならない」顧客の欲求こそ、デキる営業パーソンが雑談の中で探ろうとしていることなのです。

たとえば、あるコピー機を導入することで、購買担当者が求めているのは、経費の削減だけではないかもしれません。社内での自分の評価や、製品・会社への共感が購買の後押しをしているという場合、それを正攻法の商談でダイレクトに聞き出すことは困難です。

だからこそ、それは雑談を通じて「引き出さなくては」なりません。そのためには、その人個人の価値観や人となりを聞き出す必要があるかもしれません。

また、引き出したらそれだけで終わり、ではありません。そこで引き出した顧客の求めるものを「仮説」として、「それではこういうのはどうですか?」と対話としての提案を続けながら、その仮説を検証していくのです。

そうした仮説の検証は、その場の雑談の中で行われる場合もあれば、後日別の場で正式な提案として行われる場合もあります。重要なのは、いずれにせよそれが「対話」のプロセスであると意識することです。

雑談を単なる無駄話で終わらせない重要なポイントはこの2点です。つまり、まずは「声にならない顧客の声」を理解すること。そして、それを探り出して仮説を立て、その仮説を「対話としての提案」で実証していくことです。

ここまでくると、この記事のタイトルの答えが見えてきたのではないでしょうか。「御社の課題は何ですか?」とダイレクトに質問するとき、営業パーソンが見落としている重大な事実。それは「声にならない顧客の声」であり、それを解消するための「対話としての提案」なのです。クーガーの話をしてくれたギブソンさんはじめ、私の中の伝説の営業パーソンは、みなその技術に習熟していました。

ギブソンさんが「クーガー」の話をしてくれたのは、私の趣味である登山の話をしているときでした。当時、私は自動車メーカーに勤めていたのですが、新車である高級セダンのプロモーション企画を議論する中で、私自身が乗っている車種を聞かれた流れからの話題です。

「都会に住んで、広告・マーケティングという慌ただしい仕事をしているからこそ、週末は自然の静謐さに浸りたくなるときがあるんです」。そのときばかりは、しばし仕事のミーティングであることを忘れ、私はそんな自分の内面を饒舌に語ってしまいました。

ギブソンさんの会社の提案は、その高級セダンで感じることのできる静謐さを、ビジネススーツを着た男性が自然の中に佇む映像で表現する、というものでした。

私との雑談が、その提案にどこまで関係していたのかは、実際にはわかりません。しかし、そうした個人的な共感を抜きにしても、そのアイデアは私たちがその車を通して伝えたかったメッセージを、とてもうまく表現してくれていました。私はその案を推しました。

「人」と「人」の信頼関係がなにより大切

この話には後日談があります。

本社の承認を得て無事採用されたCM案の撮影を行うべく、季節外れの人知れぬ海岸を訪れたときのことです。夕暮れ時の「マジックアワー」を待って、スタッフ用のテントで1人海を眺めていると、別のアメリカ人のスタッフが私を呼びにきました。夕日がすごく綺麗な場所を見つけた、というのです。

その場所に向かうと、ギブソンさんが笑顔で待っていました。私たちは3人並んで、西の空に沈み始めた太陽と、それを横切って飛びゆくカモメたちを眺めていました。私はギブソンさんに言いました。

「変な話ですけど、皆さんとは高校時代からの友達同士のような感じがします。この瞬間を、私はこの先もずっと覚えてる気がします」

すると、ギブソンさんはこう答えてくれました。

「私もそういう感じがします」

雑談を本当に力あるものにするのは、結局は人と人との信頼関係、心のつながりであることを、最後に強調させてください。