苦境のホテル業界。起死回生の一手となるか

緊急事態宣言の延長とともにGoToトラベル事業の再開も遠のき、ホテル業界の受難が続いている。

帝国データバンクの調査では、2020年の宿泊業の倒産は127件と、過去3番目の水準だ。

同社東京支社の丸山昌吾情報取材課長は、「取引先が代金支払いの延期に応じて延命しているところも多い。国の助成金の先行きをみて事業を続けるか、様子を見ている経営者がかなりいる」と話し、旅館・ホテル業界はこれから倒産ラッシュを迎えそうだ。

打開策として打ち出したアパート事業

東京・九段下のホテルグランドパレスが6月末で営業を終了したり、藤田観光が大阪市内の老舗宴会場「太閤園」を売却したりするなど、名門企業にもリストラの嵐が吹き始めている。

ホテル御三家の一角、帝国ホテルの2020年4~12月期の売上高は、前年同期比61.6%減の166億円にとどまり、86億円の最終赤字(前年同期30億の黒字)に陥った。宿泊客の50%を占めるインバウンド客が蒸発し、残りの国内も法人客が振るわない。「足元の稼働率は10%ほど。従業員も雇用調整助成金を受けながら適宜休業させている」(帝国ホテルの照井修吾広報課長)という惨状だ。

帝国ホテルの眺望のいい部屋が1泊あたり1万2000円で利用できる(記者撮影)

その帝国ホテルが苦境の打開策として打ち出したのが、「サービスアパートメント」サービスだ。3月15日から始まる同サービスは「30泊36万円」。1泊あたり1万2000円で帝国ホテルに宿泊できる計算で、帝国ホテルはサービス開始に合わせて3つのフロアで一部の部屋を改修し、洗濯機や電子レンジを自由に利用できる共用スペースを設ける。

駐車場は無料で、宿泊期間中、定額でルームサービス(30泊プランで6万円)やシャツなどのランドリーサービス(同3万円)が受けられる。2月1日から予約を開始したところ、わずか数時間で全99室が完売した。

同サービスのきっかけは2020年5月に定保英弥社長が社員に一斉送信した「緊急メール」だった。

「難局を乗り越えるため、皆さんのアイデアを募りたい」

社長の呼びかけに、社員から約5600件の提案が寄せられ、その中に長期滞在プランやサテライトオフィスのアイデアがあった。

ただし、帝国ホテル側はホテル事業以上に注目されることに困惑気味で、「料金はホテルとすれば安いかもしれないが、これはあくまでもアパートメント事業。(シャンプーや歯ブラシなどの)アメニティの交換はないし、シーツの交換も3日に1回。われわれが普段提供しているホテルのサービスと比べられても困る」と照井課長は強調する。

新しいライフスタイル「ホテリビング」

実際、価格設定の参考にしたのは、同業の長期滞在プランではなく、不動産業者の家具付きレジデンス=サービスアパートメントだった。帝国ホテルの新サービスは旅館業法上の「宿泊」ではあっても、ホテルで暮らす「ホテリビング(ホテル・リビング)」という新しい業態。新しいライフスタイルを世の中に投じる意味があるのだという。

ザ・キャピトルホテル東急はビジネスパースン向けにスイートルームの長期滞在プランを打ち出した(記者撮影)

「当然、料金設定を含め、アパートメント事業を始めることで、ブランドイメージ悪化の議論はあったが、38年前にホテルに隣接する複合ビルでオフィスビル賃貸事業を始めたときもたくさんの批判を受けた。いまはその不動産賃貸が経営を底支えしている。バイキング形式も帝国ホテルから全国に広がったが、サービスアパートメントも事業の柱として定着させたい」と照井氏は話す。

他の老舗ホテルも帝国ホテルに追随している。ホテルニューオータニは朝昼夕3食付きの「新・スーパーTOKYOCATION」を30泊75万円でリニューアル販売。京王プラザも30泊21万円で朝食付きの「”暮らす”@the HOTEL」を始めた。

ただ、都内のあるホテル関係者は「ホテルが不動産業の発想に近づいている。背に腹は代えられないが、GoToトラベルの影響に加えてアパートメント事業のような価格に引きずられ、コロナ後も単価が容易に戻ってこない可能性もある」と危機感を吐露する。

一方、「われわれは徹底的にホテルにこだわる」というのは、首相官邸そばに立つ名門ホテル「ザ・キャピトルホテル東急」だ。北大路魯山人ゆかりの星岡茶寮跡地に建つ同ホテルは政治家とのゆかりも深く、レストラン「ORIGAMI」は首相動静に毎日のように登場することで知られている。

国会議事堂を見下ろすキャピトル東急のスイートルーム(記者撮影)

同ホテルは3年前に東急ホテルズから同ホテル総支配人に就任した末吉孝弘氏のもと、海外のラグジュアリー層を取り込むべく、フォーブズ・トラベルガイドの星獲得を目指した。

末吉氏は「ホテル業の真価は床面積を効率よく売ることだけではない。外資系に負けない価格帯できちんとしたサービスをすれば満足してもらえる。自信を持って行こうということで、権威あるホテルガイドの星を取るというわかりやすい目標を掲げた」と語る。

悲願のホテル部門「5つ星」を取得

これまで接客向上やスイートルームの改装、客室家具の入れ替えなどを行ってきた。冷蔵庫に置く水の品質やペットボトルのデザインにもこだわり、宿泊客が清掃を依頼する際ドアノブにかける札には間伐材を導入した。レストランのストローも1本50円の木製のものに変えた。こうした積み重ねで2017年には3万円程度だった平均客室単価は5万円程度に上昇した。

キャピトル東急はドアノブにかける札のつくりにもこだわった(記者撮影)

同ガイドの5つ星ホテルは、マンダリンオリエンタル東京やパレスホテル東京など国内に10あるが、900項目にのぼる覆面調査を経た2020年9月、悲願のフォーブズ・トラベルガイド「ホテル部門」の5つ星(ファイブスター)を取得した。

ただ、いまはコロナ禍の真っただ中。キャピトル東急の宿泊客の75%を占める外国人客が一気に蒸発し、GoTo中断もあって足元の稼働率は10%台。閑古鳥の鳴く惨状は都内の他のホテルとまったく変わらない。それでもロックバンド、クイーンの名曲「The show must go on」(ショーを止めるわけにはいかない)の言葉をバックヤードに掲げ、従業員を鼓舞しながら売店とバー以外は開業させているという。

「コロナ禍でもホテルを愛用してくれるお客さんがいる。そうしたお客さんにコロナを理由にサービスを断ったり、レストランを閉めたりすることはできない。休業して助成金や協力金をもらうほうが効率的だが、けっして閉めてはいけないホテルがある」(末吉氏)

キャピトル東急は2月末、ビジネスパースン向けに、スイートルーム(104.7平方メートル)の長期滞在プランを打ち出した。ジムやプールも無料で使えるが、料金は30泊210万円など。愛犬を連れて宿泊ができる部屋も用意し、多様な国内富裕層の需要に応える取り組みも始めたところだ。

かつてない不況に見舞われたホテル業界。「正解」の見えない暗中模索が続くが、その歩みを止めないホテルが結局、生き残ることになる。