アンチエイジングに「苦痛と回復」が必要な理由

「1日15分」の運動で死亡率は3割減

「私を滅ぼすに至らないすべてのことが、私を強くする」

この言葉は、ドイツの哲学者ニーチェが、人間が持つ回復力のメカニズムを端的に表現したものです。

ニーチェの言葉は、実はアンチエイジングの仕組みにも当てはまります。あなたを滅ぼすに至らないすべての苦痛には、あなたの肉体を若返らせる効果があるからです。

わかりやすい例は「運動」でしょう。運動が体にいいことはいまさら言うまでもなく、例えば1日15分の激しいエクササイズをするだけでも、心疾患の病気で死亡する確率を45%、全死亡率を30%も減らすほどの効果を得られます。そのメリットは複数のデータで何度も確認されており、疑いようはないでしょう。

このように、運動があなたの肉体を改善し、ひいては見た目の若さにつながるのは間違いないにもかかわらず、「なぜ体を動かすと健康になれるのか?」の答えは、まだ明確にわかっていないことをご存じでしょうか?

特定のホルモンが分泌されるからではないか? カロリーバランスが改善されるのが原因ではないか? インスリンの働きが上がるからではないか?
仮説はいくつも提唱されているものの、体を動かすと動脈硬化が減る理由や、エクササイズによって癌の発症率が下がる根拠などを正確に解き明かすメカニズムは、いまも謎に包まれたままなのです。

その点で、現時点でもっとも有効な考え方が「ホルミシス」です。1888年にドイツの科学者ヒューゴ・シュルツが見つけた現象で、ある日、博士は少量の毒物がイースト菌の成長を加速させているのを発見。不思議に思った博士は調査を進め、こんな結論を導き出します。

「すべての物質は、少量であれば刺激し、適量であれば抑制し、多量であれば殺傷する」

生き物にとって本来は有害なものでも、ほんの少しならいい効果をもたらすこともある、というわけです。

以降も似たような発見は続き、1943年には、免疫学者のチェスター・オウサムが樹液の毒で菌類の成長スピードが上がる事実を確かめ、ギリシャ語で「刺激」を意味する「hórmƒìsis」にちなんで、この現象を「ホルミシス」と名づけました。つまり、ホルミシスの要点をひとことでまとめると、「多すぎれば有害だが、少なければ有益に働く作用」のようになります。

なぜ「サウナ」で劇的に死亡リスクが下がるのか

実は、私たちのまわりにはホルミシスがあふれています。例えばワクチンの仕組みなどは、ホルミシスの典型例です。ご存じのとおり、ワクチンは毒性の弱い病原体や抗原を体内に送り込み、人間が生まれ持つ防御システムを活性化させることで、また同じ病原体に襲われても病気にかからない体を作り上げます。

フランスの細菌学者ルイ・パスツールは、この仕組みを「強い病気を起こすものから弱い病気を起こすものを人工的に作り出し、それをワクチンにする」と表現しました。まさにホルミシスの原理そのものでしょう。

より身近なところでは、サウナもホルミシスの代表的な例です。70度以上の高温に身をさらすと、私たちの体は深部の温度が上がり、心拍数が平均で120bpmまで増えます。これは軽いジョギングなどで起きる変化に近く、おかげで心臓や血管の改善につながっていくわけです。

その健康効果には一定の評価があり、フィンランドで約2300人を対象に行われた研究では、週に2〜3回サウナを利用する男性は、サウナを使わないグループと比べて心臓や血管の病気で死ぬリスクが27%減少、週の利用度が4~7回だった場合は、死亡リスクがさらに50%まで下がっていました。

別のデータでも、サウナで認知症やアルツハイマー病のリスクが65%も減ることが示されており、なんとも驚くべき数値と言えるでしょう。それもこれも、サウナが運動の効果を疑似的に再現するホルミシス・マシンとして働くからです。

ホルミシスの理解を深めるために、「野菜」の事例も見ておきましょう。
野菜には、植物が作り出す独自の物質である「ポリフェノール」が含まれています。ベリー類に豊富なアントシアニンや、緑茶にふくまれるカテキンなどが有名ですが、ポリフェノールは活性酸素を取り除く働きがあり、細胞のダメージやDNAの損傷を防いでくれる、と一般的に言われています。

確かにこの話はある程度まで正しいのですが、科学の世界では、抗酸化作用だけではポリフェノールの効果をうまく説明できないことが昔から知られてきました。世間のイメージとは反して、ポリフェノールの抗酸化作用はとても低く、さらに体内に入った成分はすぐに肝臓で分解されてしまうからです。

そこで出てきたのが、ホルミシスによる説明でした。

干ばつで十分な水を得られなかったりカビが繁殖したりと、植物は日常的に多くのストレスに直面しますが、人間とは違って外敵から逃げることができません。そのため植物は、ほぼ10億年をかけて多様な化学物質を作り出すように進化してきました。

トウガラシの辛味成分であるカプサイシンは抗菌作用でカビの繁殖を防ぎますし、緑茶のカテキンは害虫の消化をブロックします。熟してない柿が鳥の襲撃を避けられるのも、タンニンというポリフェノールが渋味を持つおかげです。いずれも植物が進化の過程で備えた化学兵器であり、その本質は「毒物」だと言えます。

そして、これらの成分が私たちの体にいいのも、ポリフェノールが「毒物」だからにほかなりません。

「苦痛」を取り込むことで肉体を若返らせる

例えば、赤ワインにふくまれるレスベラトロールには、Nrf2という転写因子を刺激して体内の解毒スイッチをONにする働きがあります。本来のNrf2はフリーラジカルのような外部ストレスで活性化するタンパク質であり、これはすなわちレスベラトロールが体内で毒素として働いた証拠です。

同じように、ほぼすべてのポリフェノールは私たちに酸化ストレスを与え、体内の「炎症抑制システム」を起動させることがわかっています。炎症とは人体がなんらかのダメージを負った際に起きる反応のことで、例えば間違って指を切ったらその周囲は赤くはれ上がり、転んでヒザを擦りむいたらジクジクと液体が染み出し、頭を打ったら衝撃を受けた部分が赤くなってしばらく痛み続けるでしょう。これが炎症です。

いずれの反応も、人体のダメージを癒やすべく免疫システムが働き出した証拠で、ケガや感染を治すためには欠かせないプロセスの1つ。炎症がなければ、私たちの肉体はうまく回復しません。

一方で長引く炎症は、私たちに悪さもします。切り傷のように数週間で治る症状ならいいのですが、感染症や糖尿病などで体のダメージが慢性化すると、血管や細胞が傷つけられ、人体を内側から老化させていきます。体を若々しく保つには、長期の炎症はできるだけ抑えるにこしたことはありません。

そこで役に立つのが、私たちの体に生まれつき備わった炎症抑制システムです。このシステムの生物学的な全容はまだ明らかではありませんが、体内の脂肪酸やミネラルを使って働きはじめ、さまざまな手立てを講じて炎症の慢性化をブロック。体内の炎症を鎮めてくれるだけでなく、将来のダメージに備えて肉体を強化してくれます。結果、私たちの体は若返るのです。

要するに、ポリフェノールが若返りに効くのは、次のようなメカニズムによります。

1. ポリフェノールが体内で少量の毒として働き、体内に軽度の炎症を起こす
2. 炎症に反応して人体の抑制システムが起動し、肉体のダメージを修復
3. ダメージ修復のプロセスで、さらに肉体が若返る

ポリフェノールが体に小さなダメージを与えたおかげで、あなたが生まれながらに持つ心身の若返りシステムが働き出すわけです。

このようなポリフェノールの作用は、「ゼノホルミシス」と呼ばれます。「ゼノ」はギリシャ語で「外から来たもの」を意味し、いわば私たちは植物の「苦痛」を取り込むことで、間接的に自分の肉体を若返らせているのです。

「苦痛」と同じくらい重要な「回復」のフェーズ

「ハードに訓練せよ。しかし、それ以上にハードに休憩せよ」という格言が、アスリートの世界にはあります。体を鍛えるには厳しいトレーニングが欠かせないが、それ以上に「回復」のフェーズが重要だという経験則を言い表した言葉です。

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いかにアンチエイジングには「苦痛」が不可欠だといっても、つねにストレスを抱えていたら心身が病むばかりでしょう。「苦痛」を若返りの源に変えるには、回復のフェーズが欠かせません。

筋肉の成長がいい例です。ご存じのとおり、筋肉量を増やすためには、トレーニングで筋繊維を傷つけたあとの適切な休憩と栄養補給が必須。休憩をはさまずに運動を続ければ筋繊維を修復する時間が得られず、ほどなく限界に達した肉体は、さまざまなレベルの不調を訴え始めます。

アンチエイジングにおいて苦痛と回復の重要度はまったく同じであり、どちらが欠けても心身の若返りはうまくいきません。

わかりやすく言えば、苦痛と回復はそれぞれ次の役割を受け持っています。

1. 「苦痛」は若返りシステムを起動させる
2. 「回復」は若返りシステムを実行させる

苦痛の刺激で若返りシステムが立ち上がっても、それだけであなたの心身が強化されることはありません。続けて正しい回復をはさまねば、若返りシステムは働いてくれないのです。

 

いわば「苦痛」と「回復」はアンチエイジングの両輪です。一方だけを重んじないように、心がけましょう。