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AIが示す「コロナ後日本」の未来は「分散型」社会

“コロナ前”のAI分析が示した「都市集中型」社会リスク

新型コロナをめぐる状況は刻々と変化しているが、現下の対応と並んで、いわゆる「ポストコロナ」を展望した日本社会の未来についての中長期的なビジョン作りが極めて重要になっている。

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こうした話題については、もちろんすでにさまざまな議論が行われてきているが、それらは概して直感的なイメージや、主観的な推測に基づくものが多く、客観的なデータや未来予測手法に基づく、確かな内容のものとは言いがたい。

こうした問題意識に立って、私たちの研究グループはこのたび、関連するさまざまなデータおよびAIを活用した分析手法を用いて、「2050年に向けた、ポストコロナの日本社会」に関するシミュレーションと、望ましい未来に向けて必要となる政策についての分析と提言をまとめた。

シミュレーション結果の主要な結論を端的に述べると、女性活躍という点を含めて、これまでの日本における従来型の“単線的”な働き方や生き方のモデルにとらわれない、いわば包括的な意味での「分散型」社会への移行が、出生率低下ないし人口減少をめぐる状況の改善にとっても、また東京と地方のバランスのとれた発展にとっても、最も重要な要因となるという分析結果が示された。

また、そこでの望ましいシナリオの社会像は、「都市・地方共存型」と呼べるような、現在よりも人口などの東京への一極集中が緩和され、地方への人口分散が進むと同時に、今後急速に高齢化が進んでいく東京圏における“元気な高齢者”像という点も含めて、東京の豊かさや活力も一定維持されるような社会であることが示された。

こうした内容について、以下私たちが行ったAIシミュレーションの概要とポイントを簡潔に述べてみたい。

もともと私たちの研究グループは、私を代表とする京都大学の4人の研究者および京都大学に2016年に創設された日立京大ラボとの共同研究として、2017年9月に、日本社会の未来に関するAIを活用したシミュレーションを公表していた(これについては拙著『人口減少社会のデザイン』を参照いただきたい)。

その概要は、この東洋経済オンラインにおいても何度かにわたり紹介してきているが(『「2050年日本の破局」を防ぐ持続可能シナリオ――AIが示す人口減少時代の「地域分散型」の未来』)、そこでのポイントは「都市集中型」か「地方分散型」かという点に関わっている。

すなわちこの研究では、日本社会の現在そして未来にとって重要と思われる約150の社会的要因からなる因果連関モデルを作成し、AIを使って2050年に向けての2万通りの未来シミュレーションを行った。

すると、日本社会の未来の持続可能性にとって、東京一極集中に示されるような「都市集中型」か「地方分散型」かという分岐が最も本質的であり、しかも人口、地域の持続可能性や格差、健康、幸福といった観点からは、「地方分散型」のほうが望ましいというシミュレーション結果が出たのである。

加えて、そうした後戻りできない分岐が2025年から2027年頃に生じる可能性が高いという内容だった(上記東洋経済オンライン記事および広井前掲書参照)。

読者の方はお気づきのとおり、これはまさに、新型コロナ・パンデミックの勃発で明らかになった問題――「集中型」社会の脆弱性や、過度な“密”がもたらす感染症拡大のリスクなど――を先取りしていたような内容であり、まるでAIが未来を“予言”していたかのような面もあったので、昨年にコロナが発生した際、私はとても驚いたのだった。

そして、今度は新型コロナのパンデミックが生じた状況を受けて、新たに「ポストコロナの日本社会の未来」に関する調査研究が必要と考え、AIを活用したシミュレーションと政策分析を新規に行うことにしたのである。

ポストコロナ社会のAIシミュレーション

具体的には、日立コンサルティングのメンバーおよび上記2017年のAI分析を一緒に行った日立製作所の福田幸二氏(日立製作所研究開発本部東京社会イノベーション協創センタ主任研究員)と昨年5月頃から検討を始め、今回その分析結果をまとめた。

シミュレーション手法の概略は以下のようなものである。

まず、2050年に向けたポストコロナの日本社会において重要になると考えられる347個の社会指標――これには大きく、①「高齢人口」や「有効求人倍率」といった社会を構成する一般的な社会指標と、②「サテライトオフィス導入企業数」のようなコロナ禍によって新たに社会に影響を与えると想定される指標の両者が含まれる――を抽出し、それらから構成される「ポストコロナ社会の因果連関モデル」を作成した。

(出所:筆者及び日立コンサルティングの共同研究より)

その後、2020年から2050年までの30年間を対象とするポストコロナ社会の未来について、AIを用いてシミュレーションを行い、約2万通りの未来シナリオを導出した(最終的に、それらは大きく6つのシナリオグループに分類できることが示された)。

この場合、シナリオの分岐を時系列的に見ると、

(1)ポストコロナの日本社会は、「一極集中が加速し人口減少が進むグループ(集中加速・人口減少シナリオ)」と「地方分散が進み人口減少が改善するグループ(集中緩和・人口改善シナリオ)」にまず分岐し、

(2)さらに後者のグループは「地方分散が徹底していくグループ(地方分散徹底シナリオ)」と「東京と地方がともに共存するグループ(都市・地方共存型シナリオ)」に分かれるが、

(3)おのおののグループにおける指標の動きをもとに、それらのパフォーマンスを総合的に評価すると、「都市・地方共存型シナリオ」が相対的に最も望ましいと考えられること

がまず示されたのである。

(出所:筆者及び日立コンサルティングの共同研究より)
(出所:筆者及び日立コンサルティングの共同研究より)

併せて、以上のようにシナリオグループが分岐するタイミングごとに、その分岐要因(所定の分岐方向に進むために大きな影響を及ぼす指標)を分析した。そして以上の結果を基に、ポストコロナ社会の望ましい未来シナリオグループへ到達するためには、いつ・どのような政策に取り組むことが重要になるのかを分析し、政策提言としてとりまとめた。

ポストコロナの日本社会への政策提言

その概要は、以下のようなものである。

①2024年までに、「集中緩和・人口改善シナリオ」へ向かうための政策を実行すべきである(第1の分岐)

 

2024年頃に、「集中加速・人口減少シナリオ」と「集中緩和・人口改善シナリオ」との分岐が発生し、以降は両者が再び交わることはない。持続可能性の観点から望ましいと考えられる後者への分岐を実現するための要因を分析すると、共働き世帯の増加やサテライトオフィスの充実、女性の給与改善等が重要であることが示され、したがってこれらを通じて女性の活躍や「多様な働き方」を推し進める政策が有効である。

②2028年までに、「都市・地方共存型シナリオ」へ向かうための政策を実行すべきである(第2の分岐)

2028年に、集中緩和・人口改善シナリオのうち、「地方分散徹底シナリオ」と「都市・地方共存シナリオ」との分岐が発生し、以降は両者が再び交わることはない。

東京と地方がともに繁栄し、「集中と分散のバランス」の観点からより望ましいと考えられる都市・地方共存シナリオへの分岐を実現するには、農業を含む地方における次世代の担い手の維持・育成支援に関する政策や、元気な高齢者を増やして東京圏の活気と自立性を維持する(高齢者が活躍する街づくり)政策が有効である。

③2040年頃までに、多様な働き方を後押しする継続的な政策と、仕事と家庭の両立を意識した雇用支援政策を実行すべきである(第3の分岐)

都市・地方共存シナリオは、地方分散徹底シナリオに比べると相対的に優れているが、②で述べた分岐の後に、望ましくない方向に進む可能性がある。こうした分岐は2040年頃までに発生するが、望ましいシナリオへの分岐を実現するための要因を分析すると、女性の給与改善や共働き世帯の増加、仕事と家庭の両立、男性の育児休業取得率の上昇などが重要であることが示され、したがってこれらを通じて女性の活躍や「多様な働き方」を推し進める政策を継続的に実行する必要がある。

包括的な意味の「分散型」社会へ

以上がAIを活用した、2050年に向けたポストコロナの日本社会に関するシミュレーション結果の概要だが、私たちは、ここからどのようなメッセージを見いだすことができるだろうか。私自身の解釈を含め、以下考えてみたい。

全体としてまず大きいのは、いわば包括的な意味での「分散型」社会への転換という点だ。

ここで、包括的な意味での「分散型」社会とは、次のような趣旨である。

すなわち、先ほど紹介したコロナ前のAIシミュレーションが示していたような、東京一極集中の是正などに関わる「都市集中型」か「地方分散型」という意味での(空間的な)「分散型」にとどまらず、女性活躍やテレワークないしリモートワークの推進、企業のサテライトオフィスの展開、仕事と家庭の両立や男性の育児参加といった点など、働き方や住まい方、生き方の全体を含む包括的な「分散型」社会への移行が、ポストコロナにおける持続可能な日本社会の実現にとって何より重要であるという点である。

それは一言で言えば、「人生の分散型」社会と呼べるような社会のありようとも言える。つまり“昭和”に象徴されるような、人口や経済が拡大を続け、それと並行して「すべてが東京に向かって流れる」とともに、“集団で1本の道を登る”ように人々が単一のゴールを目指し、“男性はカイシャ人間となり、女性は専業主婦として家事に専念する”というモデルが強固になっていった、あらゆる面での「単一ゴール・集中型社会」からの根本的な転換をそれは意味するだろう。

 

本来ならばそうした転換は、物質的な豊かさが成熟し、人々の価値観も多様化し始めていた“平成”の時代になされるべきものだった。

 

しかし日本の場合、あまりにも「“昭和”の成功体験」――「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とまで称された――が鮮烈であったため、とくに団塊世代前後を中心とする世代にはそれが染み付き、従来型のモデルを維持ないしそれに固執し惰性を続けたのが“平成”であり、それが結果として「失われた〇〇年」を帰結させたのだった。

したがって、ポストコロナの日本についてAIシミュレーションが示した“働き方・生き方を含む包括的な「分散型」社会”とは、ポストコロナという局面のみにとどまらない、人口減少社会あるいは成熟社会への移行という、日本社会のより中長期的な構造変化に関わる内容でもあるだろう。

この場合重要なことは、そうした変化は、次のようなポジティブな意味を持つものとして理解できるという点である。

すなわち山登りに例えるならば、“昭和”に代表される高度成長と人口増加の時代とは、先ほども触れたように“集団で1本の道を登る”時代であり、ゴールは1つだった。

しかし山頂に立ってみれば、視界は360度開け、したがって各人はそれぞれの道を選びつつ、従来よりも自由度の高いかたちで自らの人生をデザインし、創造性を発揮し、自分のやりたいことを行っていけばよいのである。

それがここで述べている“包括的な意味の「分散型」社会”であり、同時にそうした姿こそが、昭和の“集団で1本の道を登る”モデルを引きずった「失われた〇〇年」とは対照的に、経済社会の活力や持続可能性を高めることにもつながるのだ。

都市・地方共存型シナリオに向かうためのポイント

以上がポストコロナの日本社会に関するAIシミュレーションの全体的な意味だが、併せてこのAI分析が示す、いくつかの個別の点についても若干の説明をしておこう。

①「東京への一極集中が続くと日本全体の人口減少が加速する」……「第1の分岐」に関して

シミュレーション結果の説明のところで指摘したように、ポストコロナの日本社会は、「一極集中が加速し人口減少が進むグループ(集中加速・人口減少シナリオ)」と「地方分散が進み人口減少が改善するグループ(集中緩和・人口改善シナリオ)」にまず分岐するという結果が示された。

これは、現在の日本において出生率が最も低い都道府県は東京都であり(2019年において出生率が最も高いのは沖縄県で1.82、最も低いのは東京都で1.15。なお日本全体の平均は1.36。厚生労働省・人口動態統計)、この傾向は多少の改善があったとしても当面大きくは変わらないので、東京への一極集中が進むことは、日本全体の平均出生率を下げる方向に働き、結果として人口減少をさらに促進させることを意味している。

②「東京圏の元気高齢者が増えることが『都市・地方共存型シナリオ』の実現にとって重要な意味を持つ」……「第2の分岐」に関して

AIシミュレーションでは、元気な高齢者が増えて東京圏の活気と自立性が維持されるような政策(高齢者が活躍する街づくり)が、東京と地方の「都市・地方共存型シナリオ」を実現するためにやはり重要であることが示された。

これは何を意味しているのだろうか。実は、冒頭で少し触れたように、現在の東京ないし首都圏は急速に高齢化が進んでおり、大変な勢いで高齢者人口が増えている。例えば2010年から2040年の30年間で、東京都の65歳以上の高齢者は268万人から412万人へ144万人も増加するが、これは2020年の滋賀県全体の人口141万人あるいは岩手県全体の人口131万人を上回る規模である。

もちろんこの背景は、高度成長期に当時の若者が全国から東京などの大都市圏に流入し、彼らがいま高齢期を迎えているからである。

ということは、こうした大規模な高齢者層が75歳以上の後期高齢者あるいは80歳を超える年齢になっていくと、そこに巨大な「介護ニーズ」が発生することになる。東京圏ないし首都圏において“介護バブル”が生じるといっても過言ではない。

「都市・地方共存型」と高齢層の健康寿命改善の関係性

この場合、それに関する対応シナリオは差し当たり以下の2つだろう。

すなわち第1のシナリオは、そうした巨大な介護ニーズに対応して、全国の若い世代(多くは女性)が“吸い寄せられるように”東京圏に介護従事者として移り住み就職するというシナリオ。

第2のシナリオは、逆に東京圏の高齢層の一部が(故郷へのUターンないしIターンの形で)地方に移住するというシナリオである。もちろん、この2つのシナリオは単純な二者択一ではなく、実際には両者の組み合わせ、ないしグラデーションの問題だ。

この両シナリオについて、私は第1よりも第2のシナリオのほうが望ましいと考えている。なぜなら第1のシナリオだと、地方からますます若い世代を奪うことになり、地方の衰退を一層加速させることになるからだ。これは高度成長期に起こったことが、形を変えて再現されることにほかならない(拙著『人口減少社会のデザイン』参照)。

しかし一方、第2のシナリオの促進がどこまで実現可能かもまた未知数である。そうすると、いわば第3のシナリオとして考えられるのが、「東京圏で高齢者が急速に増えてはいくが、その多くは健康寿命などが延びて“元気”に歳をとっていき、したがって東京圏の介護ニーズに対応するために全国の若者が吸い寄せられるといった事態にはならない」という姿である。

先ほどのAIシミュレーションが示す「都市・地方共存型」という方向と、それに向かうにあたって東京圏の高齢者の健康寿命が改善していくことが重要な要因となるという結果が出ているのは、以上のような内容を示唆していると考えられるのである。

③「女性の活躍を中心に、働き方・生き方の分散型社会が進むと『都市・地方共存型』シナリオが実現しやすくなる」……「第1および第3の分岐」に関して

共働きや女性賃金の上昇、テレワーク、仕事と家庭の両立、男性の育児参加など「女性の活躍」が進むような環境整備を図っていくことが、東京と地方のいずれもが発展していく「都市・地方共存型」の実現にとって非常に重要な要因であることが示された。なぜそうなるのだろうか。

まず東京について見ると、日本のほかの地域に比べて東京では“働く女性の割合が高い”と思っている人が多いかもしれないが、それは誤解である。

実は意外なことに東京は相対的に「専業主婦率」の最も高い地域であり、しかも子育て環境が良好とは言えない(上記のように出生率も最低)という状況にある。他方、地方については、「女性の活躍の場が少ない」ことが東京圏などへの人口移動の理由の1つとなっているという状況がある。

したがってAI分析が示唆する上記のような方向は、こうした現状を是正し、東京と地方のWin-Winな関係を実現させるという意味を持っていると考えられる。

つまりそれは、「地方で活躍の場が少ないと感じる若年世代の女性が東京に出てきたものの、そこは仕事と子育てが両立できるような環境ではなく、結果的に日本全体の出生率も低下していく」といった事態を是正し、東京での子育て環境が改善していくと同時に、地方においても女性の活躍する場が増えていくということである。

「世代交代」とも重なるポストコロナ社会

以上、ポストコロナの日本社会について、私たちの研究グループが行ったAIを活用したシミュレーションとそこから示される展望について述べてきた。

すでに論じてきたように、そこで浮かび上がった基本的メッセージは、女性の活躍をはじめとして、“働き方・生き方を含む包括的な「分散型」社会”へ日本社会が転換していくことが、日本の未来にとっての中心的なカギとなるという点である。

興味深いことに、それは私たちの研究グループが“コロナ前”に行っていたAIシミュレーションが、「都市集中型社会から地方分散型社会へ」の転換の必要を示していた内容よりも、さらに進化した形での根本的な「分散型」社会を指し示すものだった。

そうした方向性自体は、すでに述べてきたように、「失われた〇〇年」を通じての積年の課題でもあったのであり、まさにコロナという“危機”を“チャンス”に転換していく対応が求められている。

希望を込めて言えば、本稿で「単一ゴール・集中型社会」と呼んだ、団塊世代などを含む“昭和”的価値観や行動様式からの移行は、すでに着実に起こりつつあると私自身は感じている。AI分析が示唆する包括的な「分散型」社会へのシフトは、日本社会の「世代交代」ともそのまま重なるのではないだろうか。