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日本人は「ジョブ型雇用」の本質をわかってない

なぜ、「ジョブ型雇用」が今注目されているのか

藤田亮士さん(40代、仮名)は、世界的に有名なメーカーに勤務するビジネスパーソンだ。

性格的にまじめで、上司や会社から与えられたミッションは着実に実行し、成果を上げ、同期よりも早く昇進し、2020年には管理職に抜擢された。そんなある日、藤田さんは上司との面談で、このように言われた。

「わが社が2020年からジョブ型雇用制度を採用したことは藤田くんも知っているね。そこで藤田くんの考えを教えてほしい」

上司から投げかけられた質問の内容は次の3つ。

① これからどんなキャリアを歩んでいきたいのか?
② 次にどんな仕事をしたいのか?
③ あなたの専門性は何か? どの専門性をさらに磨いていきたいのか?

藤田さんにとっては思いがけない問いだった。これまでの面談といえば、次のキャリアや配属場所、新たなミッションを一方的に言い渡される場で、社会人生活の中で、個人の意志を上司から問われたことなどなかったからだ。藤田さんは途方に暮れてしまった。

最近、「ジョブ型雇用」という言葉を耳にする機会が増えた。「ジョブ型」は、欧米で多く採用されている働き方で、会社にとって必要な職務を定義して、それに見合う能力・経験を有する社員を配置する仕組み。難易度や責任の大きさを見極め、それに応じた給与水準の目安を決め、最適な人材を配置する。

対して、多くの日本企業はこれまで、職務や勤務地、労働時間などが限定されない「メンバーシップ型」と呼ばれる働き方を中心としてきた。総合職とも呼ばれ、営業職の人が畑違いの管理部門に異動になるような職種転換も当たり前に行われている。

「ジョブ型雇用」といえば、国を越えて人材の採用・活用を一元化したいグローバル企業や、熾烈な人材争奪戦の渦中にあるテクノロジー企業の一部の中で運用されるにすぎなかったが、現在では、グローバル化やテクノロジーと距離のある企業でも注目されつつある。

リクルートキャリアの「ジョブ型雇用」に関する人事担当者対象調査2020によれば、「ジョブ型雇用」導入は全体の12.3%。従業員規模が大きいほど導入率が高く、従業員5000人以上で19.8%という状況。導入企業の約7割は1年半以内に「ジョブ型雇用」を導入している。

会社に出てこなくてもよくなったことで

上記の調査結果でも言及されているが、その最大の要因の1つが、新型コロナウイルスの流行に伴う「働き方」の変革である。これまでは、同じ場所で同じ時間を過ごす中で、職場の空気を読むことで先輩や上司が求める仕事を遂行することができた。もっと言えば、会社に出てきさえすれば、日々の成果や成長はどうであれ、「働いている」とみなされていた。

一方で、1人ひとりが個別で働く「テレワーク」下では、メンバーは上司の求めていることを把握することが困難になり、上司の立場からすれば、非効率で非生産的な側面もある。だからこそ、各企業が仕事内容を明確に定め、その成果を評価する「ジョブ型雇用」へのシフトを検討し始めたのである。

現在は過渡期でもあり、さまざまな角度から「ジョブ型雇用」のメリット・デメリットが指摘されているが、“従業員側”の立場から「ジョブ型雇用」を考えてみよう

「ジョブ型雇用」によって生じる従業員にとっての最大の変化は、「会社から与えられたキャリアを歩む」のではなく、「自ら専門性を磨き、自らキャリアを歩む」ということである。

「メンバーシップ型雇用」の下では、会社の指示に従い愚直に努力をしていれば雇用は保障され、昇進もできることから、一定のやりがいを感じることができた。次のキャリアや仕事はすべて会社が与えてくれるため、従業員は自分のことで悩む必要もなく、目の前のことに集中すればよかった。高度経済成長期のように、飛躍的な経済成長を目指す日本にとってはそれが最適な方法だったのである。

 

このようなメンバーシップ型雇用の環境にどっぷり浸かっている従業員が大半を占める日本企業が、「ジョブ型雇用」に切り替えると、冒頭の藤田さんのように戸惑ってしまうケースが見受けられる。

経済産業省が2018年に実施した新・社会人の基礎力に関する調査でも、「実現したい仕事」や「キャリアへの希望」があるのは、半数以下という結果が出ている。

「ジョブ型雇用」は「自らのキャリア選択に対する主権」が個に移行される動きであり、人生100年時代、1つの企業で勤め上げることが困難な時代においては、本来、歓迎されていいことである。そうであれば、この「変革の流れ」を積極的に社会変革や企業変革のトリガーにしていくことが大切といえるだろう。

ここからは、私見も交えるが「メンバーシップ型雇用」に適応してしまっている従業員が、「自ら専門性を磨き、自らキャリアを歩む」ためのポイントについてお伝えしたい。

「ジョブ型雇用」に適応するための3つのポイント

第1のポイントは「自らのキャリアを振り返ること」である。私がこの10年強、若手・中堅・管理職など多くの人材育成に関わる中で、日本企業で働く従業員に対して感じることは、「業務には向き合うものの、自分に対して向き合う機会が圧倒的に不足している」という現実である。

例えば、「やりがいを感じた瞬間」「成長を感じた瞬間」「心が躍り、わくわくした瞬間」などを、研修の中で言語化・アウトプットを求めても途方に暮れている社員を数多く見てきた。むしろ、目の前の仕事に愚直に向き合うために、そのような「自分の感情」を封印し、あえて考えないようにしているとすら感じる場面が多かった。

今後のキャリアを考えるためには、自分がどのようなキャリアを歩んできたのか、何にやりがいを感じるのか、まず整理することから始めるのが効果的である。

第2のポイントは、「点を線にすること」である。自らのキャリアを振り返る中で、やりがいや成長を感じた場面を特定することはできるものの、それぞれが独立した「点」のままで、これからの未来を考える指針になっていないケースを多く見てきた。

振り返りにおいて大事なポイントは、自らの核となる要素を明確にしたうえで、その「点」を「線」でつなぎストーリーにしていくことである。スティーブ・ジョブズ的にいえば、まさに「Connecting The Dots」であり、キャリアという言葉の原義が「轍」であることを考えると、キャリアを点ではなく線で捉えることが重要である。

第3のポイントは、「線となったストーリーを他者に語り、自覚すること」である。「メンバーシップ型雇用」下では、自らのキャリアストーリーを語る習慣は乏しく、あったとしても、飲み会などでの上司の美談的な自慢話が関の山である。

十分に時間をかけて説明する機会を

近年では、社内研修において従業員同士で語り合う機会を設けたり、上司との1on1の面談でキャリアについて相談できる状況をつくったりする企業も増えてきたが、時間の短さや気恥ずかしさから、「自らのキャリアの自覚化」までいかずに終わってしまっているケースが多い。効果を高めるためには、前提の異なる他者に対して、十分な時間をかけて説明するような機会を設けることが重要だろう。

少子高齢化が不可避な日本企業において、「グローバル対応」「テクノロジー対応」、そして「ニューノーマル対応」といったテーマは重要な経営課題であり、必然的に「ジョブ型雇用」の検討・導入は避けて通ることのできない「現実」といえる。

「ジョブ型雇用」を変革のトリガーとして、実社会で働く従業員の「活きた」ストーリーが増え、その多くが若者に届くことは、日本全体のワークモチベーションを底上げに大きく意味を持つのではないだろうか。