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行列できない時代の「ヒット商品」の生み出し方

新型コロナウイルスの感染拡大は、消費者の購入動機にも大きな変化をもたらした。新商品の発売のための宣伝は、有名人によるCMなどはもちろんのこと雑誌での記事広告なども含めたメディア展開が一般的であり、これは現在も変わらない。

これらの宣伝は対象となった商品をまだ知らない人たちに対し、「どのような商品か」「便利な新機能があるか」「楽しめるか」などを伝えることが主体であると言っていい。目玉商品の発売日、首都圏の大型店舗にできる行列は風物詩でもあり、人々にとっての明るいニュースである。

一方で、広告とは別に、新商品が持つ人気やその有用性などがニュースで扱われることもあり、こちらも重要なルートである。そのため、多くの商品ではこのようなPRにも積極的に取り組むこととなる。

ドラクエⅢの発売時は大行列に

その中でも特筆すべきは大行列である。1988年2月のテレビゲーム「ドラゴンクエストIII そして伝説へ… 」の新商品発売の際の大行列などは大きくニュースとなった。当時は発売時の行列でその商品を知る親世代の消費者も多く、子どものために購入するかどうかを決める際の動機の1つともなっていた。

これはスマートフォンやゲーム機に限らず、アパレルや飲食店舗の新規開店でも同様であり、開店日の行列の映像は強い宣伝効果を持つものであった。2010年4月のファストファッションブランド「FOREVER 21」 が松坂屋銀座店にオープンした時の大行列も大きく報道された。近年でもiPhoneやプレイステーションの新型発売の際の有名店舗での行列は、風物詩の1つであるとも言えた。

これらの大行列がニュースとなることを通じて、人々はその商品が欲しがる人の多い人気商品であることを認識し、より幅広い層に購入の動機を持つきっかけとなる。もちろん、真っ先に商品を手に入れるために自ら大行列に並ぶ人たちは言うまでもない。混雑は視覚でわかる数量的ベンチマークでありその光景が人々に広まることは、さらなる人気上昇のきっかけともなりうる。

2006年11月11日にプレイステーション3が発売された際の東京・有楽町のビックカメラの大行列は「物売るっていうレベルじゃねぇぞ!」という言葉とともにネットで流行し、今でも新商品の販売での大行列の際に思い返される話題となっている。

特に同店舗には約1000台の入荷があり、朝5時から並ぶことできたが、1時間経たずに整理券の配布が終わる勢いであった。このようなニュースは、発売前にはあまり関心がなかった人にさえ、人気商品であることをイメージ付けるものとなったと言える。

当時この「物売るっていうレベルじゃねぇぞ!」という言葉が報道され話題となった鈴木さんに、どうして早朝から行列に並んだのかをインタビューした。

鈴木さんと東京・有楽町のビックカメラ前(写真:筆者撮影)

鈴木さんによると、「初代のプレイステーション発売の頃は半導体部品の企業で働いており事前に周囲の関心も高かった。当時購入に成功した同僚はそれを会社に持ってきて自慢しており、ヒーロー扱いだった」「プレイステーション3はBlu-Ray Discの再生が可能でHDMI端子で出力できた」ことが購入の動機とのことだった。

このように、当時も周囲で人気の商品であることが購入意欲を高める一因であったことが伺える。

現在はSNSも普及しており、当時と比べて写真をネットに上げることも容易になっていることから、参加している人たちが自ら行列の写真を撮り、購入の喜びを伝えることなども大きな宣伝となってきた。

混雑・行列の負の側面

一方で、混雑や行列は必ずしも人気というプラス面を伝えるだけではない。その商品を欲しいがゆえに、購入できないないことによる不快感が容易に拡散してしまう一因ともなりうる。

ファストファッションと人気のブランドとのコラボ商品の販売での店舗の大混雑や、人気のコンサートのチケットの発売日に販売サイトがつながりにくくなる現象は代表的な例であり、SNS上に負の感情を含んだメッセージが投稿されるなどしてその状況が拡散される。特に混雑の状況が拡散されることは新型コロナ感染拡大下の現在の状況ではマイナスのイメージを引き起こしてしまう。

また、購入が難しいことは、ネット上での高額転売が発生し、そのためにさらに購入が難しくなるという悪循環を引き起こすなど、別の問題を引き起こしてしまう要因ともなりうる。

店舗での販売の際にそれを買い求める人たちが一斉にレジに押し寄せるなど、現在求められている「密にならない環境」とは逆の事態が発生してしまうことも十分にありうる。「みんなが持っている・欲しいと思ってるものを自分も欲しい」「持っていることを人に自慢したい」など動機はさまざまだが、これらは時に暴走する可能性を秘めている。

このように、行列や混雑が持つプラス・マイナスの側面のバランスは、新型コロナウイルスの感染拡大によって大きく変わり、マイナス面への注目が大きくなったと言える。

2020年10月に発売になったiPhone12や同年11月に発売となったプレイステーション5は、新型コロナ感染拡大下の大型商品と言えるが、これらの発売開始の際に大行列がニュースとならなかったことは記憶に新しいだろう。

人が集まることが感染拡大につながることから、店舗側が大行列を形成するような販売手法を控えた可能性は高い。一方で、従来であれば発売日の朝のニュースからワイドショーなど、さまざまなメディアでニュースとなった大行列の光景が今回は存在しないことから、宣伝という視点では、行列の代わりに発売日の報道を盛り上げる何かが必要となる。

今回、そうした状況下からソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE社)は、写真撮影で「映える」ライティング演出を施した屋外展示によるプレイステーション5のローンチイベントを行った。

神田明神のライトアップ

SIE社は東京・秋葉原にほど近い神社・神田明神の境内をブルーのライティングで彩り、これを見るために多くの人が訪れた。神田明神はコンピュータ産業やキャラクター・コンテンツなどとの親和性が高く、東京を代表するランドマークでもある。さらに神社という特性から広い境内を持ち、屋外での展示も可能で、来訪者の密度も低く安全性が確保できて、撮影にも適していることから選ばれたと考えられる。今やテレビから、SNSを通じた情報の拡散が重要になったとも言える。

このような宣伝は各地で行われており、ロンドンでは地下鉄オックスフォードサーカス駅周辺でプレイステーションで使われている○×□△の形の地下鉄の看板を設置するなどのコラボレーションが行われた。こうした宣伝は、メディアでの報道はもちろんのこと、これらを見に行った消費者がSNSに写真を投稿することで広まることへの期待があることは明らかである。

ここまで述べたように、新型コロナ感染拡大下では、店舗に大行列を形成し、それが報道されることによる宣伝手法を用いることが難しい。そのため、人々が混雑しないポイントで撮影し、SNS等で拡散させるような手法が増加してきた。

当初これらの多くが人の少ない夜間に最も良い写真が撮影できるようなシチュエーションだったが、現在は夜間の外出の自粛などさらに厳しい状況であり、この方法も難しくなっている。

外出自粛でSNS拡散も難しくなる

人々が外出しなくなることは、同時に外で写真を撮影する機会も減り、SNSでの拡散はさらに難しくなるというスパイラルに陥ってしまう。

Clubhouseなど音声のみのSNSが急速に広まっていることから、このような形にフィットした宣伝手法の開発も必要である。また、これまでの延長線上の宣伝という視点では、自宅で撮影して拡散できるような何かを提供するなど、将来的な状況の改善を踏まえつつも、不要不急の外出を控えた中でどうやって宣伝するのか検討していく必要があるだろう。