自己強化の構造が見える「ループ」
この世界では、人々の作り出す無数のものごとが関係性を結んで、新たな因果を生み出し続けている。
シュンペーターの「新結合」は、まさに関係性について述べたものといえるし、人の喜びも悲しみも、そのほとんどが他人との関係性から生じるものだろう。
ものごとを本質的に理解し、その構造をより全体的・俯瞰的・動的な発想で眺めるためには、「つながり」を視覚化して考える手法が武器になる。ここで役立つのが「ループ」の図だ。
「価格」と「数量」の関係性を、「ループ」の図で表現してみよう。
価格を上げると数量が下がり、逆に数量を増やそうとすれば価格は下がる。そして、価格を下げると今度は数量が上がる――価格と数量という2つの要素の間には、このような循環の因果が続くことがよくわかる。
一見、単純に見える「ループ」の図だが、使いこなすと、とてつもない成功を導き出すことができる。例えば、アマゾン創業間もない頃のジェフ・ベゾスは、紙ナプキンの上に次のような図を描いたといわれている。
「成長(GROWTH)」が続き、好循環をもたらす自己強化型のループを事業のなかに埋め込んだこのビジネスモデルは、アマゾンを時価総額約1兆ドルの事業へと成長させた。まさに「関係性」に対する理解の勝利と言えるのだ。
ループ図の描き方
では「企業業績の向上」をテーマとし、具体的に「ループ」の図を活用する方法を解説していこう。
まずここでは、簡略化のために、企業の業績が「顧客満足」と「従業員満足」という2つの要素で達成できると仮定する。それぞれの要素について個別に解を求めれば、顧客のためには「値下げを実施する、アフターサービスを充実させる」、従業員のためには「給料アップ、福利厚生の充実」などの打ち手は思いつくかもしれない。
だがより重要なことは、2つの要素の関係性に意識を向けることだ。「ループ」の図に落とし込むと、ヒントが見えてくる。
こうすると、企業業績向上にむけて行うべきなのは、個別の要望をそれぞれに叶えることばかりではなく、顧客と企業が交わる「場」の設計にあるかもしれない、というより俯瞰的な着想も得られる。
事業を通して、顧客と従業員がお互いに共有するべき大きな目標があるのではないか、という視野も生まれ、どうすれば両者で好循環を生み出す仕組みが作れるだろうかといったアイデアへもつながってゆくだろう。実際、多くの優良企業は、新しい価値創造のために、顧客企業と自社のR&D部門が交流する場を設けていることが多いのだ。
スターバックスの要素
次に、スターバックス・コーヒー・ジャパンの実例をもとに、より具体的に事業全体を眺め、そこに存在する関係性を把握するプロセスを体験してみよう。
まずは、スターバックスという事業のなかに含まれている大事な要素を、とにかく紙に書き出してゆく。
このとき、箇条書きに並べて書くのではなく、紙のスペースを活用して、全体に散らばせるように配置しよう。あとで、それぞれの要素のつながりや補足事項を検討するために、十分な余白が必要なのだ。
スターバックスは、オープン以来、パートナーと呼ばれる従業員をいちばん大切にする「People Business」を実践してきた企業だ。人の自主性を重んじているために、エスプレッソを入れるマニュアルはあっても、接客に関するマニュアルはなく、一人ひとりの判断に任せられているという。
それを表す言葉として、お客様につねにYesと言う「Just Say Yes」のポリシーがあり、それが優れた接客を生み、「人の魅力」を生み出してきた。
また、当然ながら「コーヒー」はとても大切な要素だ。米国本社にはコーヒー豆のバイヤーが何人もいて、世界各地で試飲した「最高のコーヒー」ができる豆だけを調達している。ラテやカプチーノ、季節ごとのユニークな商品を通じて「新しい飲み方の提案」を継続的に行ってもいる。
店舗は基本的に「直営店」だ。家庭(第1の場所)でもなく、職場・学校(第2の場所)でもない、自分をとりもどせる「くつろげる空間」、つまり「第3の場所」を提供するという役割を目指す。その場所で、顧客はちょっとした「手の届く贅沢」を味わうことができるというわけだ。
矢印と線で全体の構造を明らかにする
次に、書き出したこれらの要素の因果を考え、線や矢印で結んでいく。例えば、「Just Say Yes」のポリシーがあるから「人の魅力」を感じられる接客になる、このポリシーは、パートナーを大事にする「People Business」によって支えられている……といった具合にだ。
丹念に全体を眺めていくと、矢印は決して単純な一方通行ではないことも見えてくる。「第3の場所」という価値は、「最高のコーヒー」と「人の魅力」、そして、スターバックスにふさわしい場所に出店できる「直営店」の仕組みからも生み出されている。
さらに、最初は書き出していなかった要素だが、日本のスターバックスの立場から見れば、グローバルに展開する米国スターバックスの存在が大きな助けになっているということも見えて、視野が広がる。
グローバルな事業規模が大きくなり、経営資源に余裕が生まれれば、直営店を作る際の資材のボリュームディスカウントも期待できるし、コーヒーのバイヤーを拡充することができて、それが「最高のコーヒー」の品質をますます高めることにもつながるのだ。事業規模の拡大は、店舗設計力や商品開発力のアップにもつながっており、これらグローバル・インフラは、スターバックスの「第3の場所」を深部から支えている。
そして、「第3の場所」が素晴らしいものになれば、それに共感する人が「スターバックスで働きたい」という思いを抱き、パートナーとして事業に参画してくれるという流れも生まれる。結果的に「People Business」へとつながる好循環が生まれているのだ。
このように関係性を丹念に考え、書き足したりグルーピングを行ったりすることで、事業全体を隅々まで理解することができるのである。
未来を創造する3ステップ
十分に関係性を理解したら、全体を改めて俯瞰しよう。アマゾンのジェフ・ベゾスが見出だしたような好循環する自己強化型のループを、目の前の図の中に発見するのである。
例えば、描いた図を整理しなおすことで、新たな「ループ」の図を描くことができる。
この中には複数の「自己強化型のループ」が存在している。「第3の場所」「People Business」という価値へのこだわりがいかに重要かということ、スターバックスの成功の秘訣は、まさにそこにあるということもはっきりと理解できるはずだ。
スターバックスの実質的創業者ハワード・シュルツは、このようなイメージを頭の中に描きながら、ビジネスの構造全体を緻密に把握し、事業を拡大していったと思われる。
(1)要素を書き出して、(2)関係性を考え、(3)自己強化型ループをハッキリさせる。この3つのステップを踏むことで、新しい価値を生み出すための視野とヒントを得ることができるのだ。そこに存在している勝利の好循環を、明らかにしくれる「ループ」の図。思考の武器として取り入れてみてほしい。
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