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アップルの有力取引先が食用コオロギを売る訳

 

昨年5月、無印良品で発売するやいなや、わずか3時間で完売した「意外な食べ物」がある。

その名は「コオロギせんべい」。SNSを中心に購入者の感想などが拡散され、食材としてのコオロギに注目が集まるきっかけとなった。味は、ひとことで言って、エビなどの甲殻類に近い。

iPhoneの電子部材を作り、グループでコオロギも飼育

実は、東証1部上場の太陽ホールディングス(HD)傘下の企業である、太陽グリーンエナジー(本社:埼玉県嵐山町)は、食用や飼料用のコオロギ製品に使われるコオロギを以前から生産している。

今から約8年前の2013年、昆虫食は国連食糧農業機関(FAO)が推奨し、世界的な人口増加による食糧危機がテーマの際に語られるようになった。なかでもコオロギは2030年を境に供給不足が予測される牛、豚、鶏といった家畜を代替するタンパク源として認知されつつある。

昆虫の中でもコオロギが食用として選ばれる理由はさまざまだ。個体としては小さいものの、100グラムあたりのタンパク質の含有量は、これら家畜のおよそ3倍もあり、ビタミン、ミネラル、食物繊維も豊富。しかも、雑食で35〜40日で成虫になるなど成長が早く、休眠期がないため1年中飼育が可能だ。さらに家畜に比べて、水の使用量や温室効果ガス排出量も少なく環境負荷が小さい点など、多くの可能性を秘めているという。

だが、太陽HDの中核事業は、といえば、電子機器のプリント配線板の回路パターンを保護する絶縁膜となるインキ、ソルダーレジストの製造販売だ。なかでもソルダーレジストは太陽HDグループで世界一を誇り、アップルのiPhoneやiPadなどにも使われている。現在、太陽HDはこの中核事業のほかに「医療・医薬品」、「エネルギー」、「食糧」の3分野を強化中だ。そのうちのエネルギーと食糧を、この太陽グリーンエナジーが担う。

それはいいとして、なぜアップルのサプライヤーである太陽HDがグループでコオロギビジネスに着手したのか。アップルと太陽グリーンエナジーのコオロギ、そこには環境面で必然ともいえる結びつきがあったという。

早速、太陽グリーンエナジーの荒神(こうじん)文彦社長に経緯を聞こう。同社がコオロギの生産を開始したのは2018年だ。

「実は、その前にグループでエネルギー分野に参入するという大きな決断がありました。そのきっかけは2011年3月に起きた東日本大震災でした。当時、当社の本社がある埼玉県嵐山町のこの一帯は計画停電の区域に入っていたため、一時ソルダーレジストの生産停止を余儀なくされたのです」

荒神社長はコオロギの飼育・販売を「日本の農業問題解決」という大きな枠組みでとらえる(埼玉県嵐山町の同社施設内で、筆者撮影)

ソルダーレジストは約8割が海外向けだ。サプライチェーンが途切れてしまうと、パソコンやタブレット、スマートフォンの生産に大きな影響が出る。そこで、同社は長期的な対応策を検討した。

「いつ大きな災害が起こっても対応できるように、これからは電力や水道を自前で賄えるようにしようと始めたのが太陽光発電でした」

すでに現在は、ソルダーレジストの生産に係る消費電力相当を太陽光で発電するまでになった。そのため同社は「クリーンエネルギープログラム」というアップル製品に使われる電子部品等をクリーンエネルギーだけで生産する取引企業全44社のうちの1社に名を連ねている。

食料自給率向上や就農人口減少を事業で解決

太陽グリーンエナジーでは、池の上にパネルを浮かべた水上太陽光発電を運用しているほか、閉鎖型の自社植物工場でサラダ用のベビーリーフも栽培。さらに天然光を利用しITを活用したイチゴのハウス栽培、メロンの水耕栽培も行っている。

同社が農業に力を入れている根底には、やはり年々減少していく日本の食料自給率や就農人口の問題があった。現在、農業に携わる方々の平均年齢は65〜70歳と高齢化していて、慢性的な後継者不足だ。担い手としてその多くを外国人に依存している状態だ。

荒神社長は危機感をあらわにする。「農業の現場はすでに外国人だけでなく、機械化に頼らざるをえない状況にあります。機械化が進んでいるといっても、個々の農家が一気に導入するのは難しい。また、栽培に関する技能も農家の方々の頭の中にはあっても必ずしもデータ化されておらず、跡継ぎがいないと素晴らしい技も継承されません。こうした問題を解決できないかということで事業を始めています」。

同社は上述の水耕栽培のほかに、将来、同じ施設内で魚の養殖も始める構想がある。実は、そこで大きな役割を果たすのがコオロギだという。

農業と漁業の両方にコオロギが役立つ。どういうことだろうか。もともと「エネルギー分野参入→植物や果物の栽培→廃棄物をコオロギに食べさせる」というつながりは想像できる。実際、参入のきっかけはそうだった。「今でこそ将来の人間のタンパク源の1つとしてコオロギ食が話題になっていますが、もともとは小動物や爬虫類のエサ需要が旺盛にあり、ペット向けにコオロギを供給できないかというのがそもそものきっかけでした」。

だが、農業・漁業の両方とコオロギはすぐには結びつかない。

閉鎖型の自社植物工場で生産するサラダ用のベビーリーフ。コオロギを含め農作物の水耕栽培と水産養殖を一体で行う手法『アクアポニックス』の確立に向けて試行錯誤が続く(筆者撮影)

「実は現在『アクアポニックス』という、農作物の水耕栽培と水産養殖を一体で行う手法に取り組むべく、模索を進めています。水耕栽培と水産養殖の過程では、野菜や果物の『残さ』などの廃棄物や排水などの処理が課題になりますが、こうした廃棄物を最小限に抑えるために大きな役割を果たすのがコオロギです。アクアポニックスにコオロギの飼育を加えることで、循環型工場ができる設計になっています」

この循環型工場の仕組みは以下のとおりだ。まず、コオロギは水耕栽培された野菜や果物の根や茎などの残さを餌として食べる。そのコオロギを養殖魚が食べる。これは近年供給不足になっている養殖魚のエサの代わりになる。さらに、養殖魚が生息する水槽の排水を農作物に与える。排水は魚の養分を含んでいることから農作物に有用だ。最後に、農作物を通して浄化された水を、再び水槽に返す形でうまく循環させる。この一連のシステムでは農作物への農薬や肥料は不要になるはずだ。

つまり、コオロギの養殖は、同社が実施しようとしているこのアクアポニックスに先駆けて、農業とともに実施しているという位置づけに進化しつつあるのだ。コオロギは養殖魚のエサの代替品にもなりうる。魚のアラなど養殖魚向けのエサは慢性的に不足しており、日本はその多くを輸入に頼っている。コオロギはこのエサと成分が近いため、その代わりになる可能性があるのだ。

将来は「月産1トン」を目指す

実際、コオロギは食用がにわかに脚光を浴びだしたが、現在のところはペット向け、養殖魚向けのほうが食用よりも販売単価が高い。しかも、食用は人が口にするため、ペットや養殖魚向け以上に十分な衛生管理が必要とされ、その分コストもかさむ。

一方、食用とそれ以外では生産の衛生基準や、輸出入時の基準などは法律で定められていないのが現状だ。そうしたなか、人が食べてもトラブルがないように一定以上の管理基準とモラルが必要とされる。太陽グリーンエナジーの管理はどうなっているのか。

「食用出荷分では菌検査のほか、従事者の体調検査を必ず行っています。コオロギの飼育そのものは家庭でもできるので、一見大規模参入もしやすい事業です。しかし明確な管理基準が定まっていない中で、人体に悪影響がないように生産者が意識しているかどうかはとても大事になってきます」

現在、同社でのコオロギの生産重量は年間1トンほどだ。主にペット、養殖魚のエサ、そして、人間の食用の3つの用途向けに、生、乾燥、冷凍、パウダーの状態で出荷されている。将来は「月産1トン」を目標としている。

だが、増産にはいくつかのハードルがあるという。1つは「歩留まり」だ。同社が飼育しているコオロギは、フタホシコオロギとヨーロッパイエコオロギの2種類ある。この2種類は一年中養殖が可能で、しかも日本で生息しているコオロギのように高くジャンプしないため、比較的育てやすい。

だが、問題は共食いが起こることだ。コオロギは光を嫌う性質があるため、光を当てることである程度共食いを防げるが、それでも3000匹飼育した場合、最終的に1000匹しか生き残らない。

生産量を増やすには、給餌、給水、清掃、回収といった過程でさらに人手が必要になる。そのため今のところ年間1.5トンの生産が限界だという。だが、同社では人手を必要とする作業の半自動化、機械化に取り組んでおり、「将来は需要の大きいペット向け、養殖魚向けのほかに、食用の供給をさらに拡大していきたい」。

コオロギは新たな市場としてまだ始まったばかりで、現状、採算は取れていないが、荒神社長はビジネスとしての将来性を感じているという。

「慢性的に不足している養殖魚エサ向けの魚粉は、市場規模が数千億円ほどといわれている。この養殖魚飼料市場で原料としてのコオロギを普及させていきたいと思っています」

10年後「年商5億円」、食用の夢も膨らむ

さらに、食糧危機に向けての食用コオロギ市場の拡大も見据える。

現在、同社は昆虫食を専門とする「TAKEO」の「二本松こおろぎ」シリーズや、やはり同分野で名をはせる「ANTCICADA」(アントシカダ)に素材を提供するなど、コオロギ関連は続々と商品化されている。

ソース味のコオロギ。人の口に入るものだけに品質管理には細心の注意を払う(写真:TAKEO提供)

それ以外でも、エビなどの甲殻類に近い味や、姿形がわからないようにパウダー状にするなど加工もしやすい特性を生かし、製粉、製麺、調味料など、さまざまなジャンルの企業が採用したり、興味を持っている段階だという。

そもそも昆虫というだけで好き嫌いが分かれるし、アレルギーなどで食べないという人もいる。それでも荒神社長は「高タンパクといった栄養や低環境負荷という面はもちろん、災害が頻発する中、保存食としてのコオロギにも可能性を感じていただいています」と手応えを口にする。現在コオロギでの食糧事業は年商5000万円ほどだが、10年後には5億円程度まで増やしていきたいという。

当然、生産体制の拡大のほかに、味の改良には一段と気を配る。筆者も前出の二本松こおろぎの「福島・ソース味」という煮干しを試食してみた。確かに食感はエビなど甲殻類の素揚げに近い。一方、後味に多少の「えぐみ」を感じるため、素材を生かした形だと、やはり好き嫌いは別れそうだ。

高タンパク、低環境負荷と大きな可能性を秘めているコオロギ 。近い将来、食糧危機が本格化した場合、コオロギ関連の食品が当たり前のように食卓に並ぶ日がやって来る日もそう遠くないかもしれない。