日本が「AI人材確保」だけでは世界に勝てない訳

コロナショックによって、日本のデジタル化の遅れが露呈しました。例えば、行政のデジタル化の遅れとして、国民1人10万円の給付金支給のプロセスで、自治体の職員たちが懸命に、プリントアウトされた住民基本台帳と個人の支給請求を目視で突き合わせている姿を報道でみて、衝撃を受けた人も多いでしょう。

テレワークなど、企業のデジタル化も遅れていて、日本企業は何からやっていいかわからないくらい悩んでいるというのが現状です。デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉が流行になっていますが、私はその本質は、「デジタル化をさっさと進めること」だと考えています。

AI人材を増やしても、プラットフォームでは勝てない

ただ、デジタル化を考える際に、マスコミで見かける論調が、企業の戦略についても、人材育成についても、GAFAMのようなデジタルプラットフォームを意識しすぎていることが気になります。データサイエンティストを育成して、AI人材を増やす、ということ自体はいいのですが、その分野で海外のプラットフォーマーと戦ったとしても、簡単には勝てないでしょう。

ですから、デジタル化を進めるうえでは、プラットフォームの分野で正面から戦わず、日本の強みを生かした別の分野で戦うべきです。それは、日本の現場の強みを生かしながら、現場のデジタル化を地道に進め、そこで新しい戦いの武器を磨くことです。

プラットフォームについては、インフラ利用料をとられることもあるでしょうが、そのコストが過大にならないように予防線を作る戦略を考えるにしても、インフラ利用料そのものはあきらめましょう。

しかも、電力供給という社会インフラの場合と同じように、プラットフォームインフラもその料金や独占性が規制されていくという歴史的運命にあるように思われます。すでに欧米で、個人情報保護や独占禁止を出発点にプラットフォーム企業の規制の議論が始まっています。いずれ儲からなくなるのです。

では、現場の強みを生かしたデジタル化とはどのようなものでしょうか。それは、人間くさいデジタルシステムや機器を目指す、深掘りする、という方向性です。「人間くさい」という形容詞をつけたのは、人間のアナログ感覚や現場のきめ細かい熟練が生きるようなデジタルシステムや機器をイメージしたからです。

感染対策でも発揮された「一配慮・一手間」の現場力

デジタルシステムというと、コンピューター、無機質、データ、人間不在のイメージを持ちやすいのですが、日本企業の得意技を活かせる分野を探そうとすると、デジタルの基本技術でなく、応用技術と応用ノウハウをメインの武器とする、という方向性が浮かび上がります。

しかも、アナログ感覚にすぐれ、きめ細かな動きを得意とする日本の現場を活かそうとすると、人間のにおいがするデジタルシステム・機器になります。

今回の新型コロナウイルス感染対策でも、日本国内のヒトの行動をみていて、「一配慮・一手間」の特徴があると考えました。「一配慮」を余分に他人に対してすることと、「一手間」の余分で細かな行動をとることをそれほど惜しまないということです。

公衆衛生を例にとれば、マスクをみんながするという「一配慮」、みんながしょっちゅうアルコール消毒をして、手を洗うという「一手間」です。

これは、日本の産業の現場が強みとしてきたベースと共通しています。例えば、工場の現場で用いられてきたスローガンである「5S」(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)や、サービス業の「おもてなし」といったものは想像しやすいでしょう。

コロナの感染拡大を「一配慮・一手間」で乗り切って、ポストコロナのデジタル化でも「一配慮・一手間」の強みを生かすということです。日本企業らしい展開です。

その方向性の中で、より具体的には、日本企業では2つのデジタル関連産業進化戦略を描けます。

第1の進化戦略は、アナログ感覚ベースのデジタル技術(アナログ感覚をデジタル化した技術)を中核部分に含む、システムや機器の分野を深掘りする、という進化戦略です。

アナログ感覚ベースのデジタルシステムとは、人間的な感覚をデジタルに置き換える工夫をした技術のことです。

人間のアナログ的判断をAI化する

例えば、人間のアナログ的判断をAI化する、というのがその典型例です。職人のアナログ的熟練を、自動化レーザー光機械のAIに学ばせることができれば、職人の代わりに切削できるようになります。

アナログ的熟練をベースに、デジタル切削加工技術を作り出すのです。これを中核にして、全自動で24時間稼働可能な「デジタルシステム」ができあがります。

第2の戦略は、最後の作業は現場のヒトが行うことを前提に、その主導権がヒトに渡る直前までの「ラストワンフィート」までデジタル化するシステムや機器に注力することです。「ラストワンフィート」とは、インターネットが普及し始めたころの「ラストワンマイル」(通信接続の最終工程)をもじった私の造語です。

典型例と私が考えるものは、協働ロボットと人間の働きがミックスされた生産システムです。最終工程の直前まではロボットがデジタル技術で効率的に作業を進め、その「ラストワンフィート」から先の仕上げはヒトが行います。

製造業ではモノづくりのさまざまな工程で、サービス産業ではほとんどつねに、最後の作業はヒトによって行われます。サービス産業の接客がいい例だし、モノづくりでも完全自動化でない半自動化生産システムはあちこちにあります。

最終工程の直前まではデジタルシステムがサポートし、最後の作業は「一配慮・一手間」にたけた人間が担当する。そうしたヒトとデジタルを融合した全体のシステムで、顧客への価値提供と作業効率の向上をめざす。その最後の一手間とITシステムの間の距離が、ラストワンフィートなのです。

先ほど挙げた協働ロボットを例に、もう少し掘り下げてみましょう。ヒトと一緒に作業するロボット、という意味で「協働型」と呼ばれています。全自動でない、というところがミソで、あえて最後はヒトに作業を任せる部分を作ります。

そのよさは、センサーやカメラで人の接近や接触を感知する機能をロボットにもたせることで、ヒトとロボットが同じ作業スペースで仕事ができるということです。協働を考えないロボットの場合、ロボットの作業スペースは安全のため柵で仕切るのが一般的ですが、協働ロボットは人のすぐ近くで作業できます。

だから、梱包や組み立てなど人がしている仕事をロボットと分担したり、柵の設置が難しい狭い場所に取り付けたりすることが可能となり、生産ラインを柔軟に構築できます。

ヒトとロボットの接点工夫は大きな武器に

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ファナックや安川電機、三菱電機など日本のロボットメーカーが協働ロボットに力を入れています。ファナックの山口賢治社長によれば、「我々の工場のある事例では、従来型ロボット15台の作業を、人間1人と協働ロボット5台に置き換えるのが適切だと分かった。設備投資は約5割減り、場所も約7割減らせる」(『日経ビジネス』2020年8月17日号)とのことです。

ヒトとロボットの接点を工夫することは、生産性向上のための大きな武器になります。まさに、ラストワンフィートを考えるうえでの好例です。IoTでデータを採って、データをクラウドに集約し、貯まったビッグデータの処理で生産性向上のアイデア形成を狙うというこれまでのルートとは違う戦略で、ヒトをあえて介在させることがメリットの源泉になっています。

最後にはヒトの一手間を残すことによって全体効率の向上をめざすという発想は、日本のモノづくり産業に根強く残っています。それをあえて日本の強みにする、というのがラストワンフィート戦略なのです。

日本企業がデジタルプラットフォームをとりにいく、ということは、30年前なら可能だったかもしれませんが、プラットフォームは「Winner takes all」の世界であり、今の日本企業が目指すべき方向性だとは思えません。「アナログベース」と「ラストワンフィート」に視点を変えることによって、新たな戦場が見えてきます。1つひとつは小さなデジタル化だったとしても、地道に効率の向上を積み重ねていくと、大きなインパクトをもたらします。