変異種出現で変わった「コロナ収束のシナリオ」

イギリスで感染の広がる新型コロナウイルスの変異種について12月23日、イギリスの研究者チームから気掛かりな研究結果が公表された。変異種の感染力は極めて強いため、大学を含めた学校の全面休校など新たな規制措置が必要になるかもしれない、と同研究は警告している。さらに、こうした規制強化では足りない恐れもあり、「ワクチン接種を大幅に加速する必要が出てくる可能性がある」としている。

論文の筆頭筆者を務めたロンドン大学衛生熱帯医学大学院(LSHTM)の疫学者ニコラス・デービス教授によれば、この数理モデルはすでに変異種が広がった可能性のある他国に対しても警鐘を鳴らすものとなる。

「暫定的な研究結果ではあるが、これと同じか類似した変異種に対処しなければならなくなった国においては、一段と速やかなワクチン接種が極めて重要になってくることはかなりはっきりしている」とデービス氏は取材に語った。

変異種の感染力はやはり高かった

LSHTMの感染症数理モデリングセンターから発表されたこの研究は、まだ学術誌による査読審査が終わっていない。研究は感染者数や入院患者数などを予測する一連の数理モデルを比較検討したもので、この変異種が生物学的に他と明らかに異なるものであるかどうかを見極める実験も他の研究者によって進められている。

今回の研究では、致死率が従来種に比べて高いことを示す証拠は見つからなかったものの、感染力は56%高まったとの推計結果が出た。これに先立ちイギリス政府は、当初の分析結果として変異種は最大で70%感染力が高まった可能性がある、との数字を公表していた。

同変異種のこれまでの拡散と今後の見通しについて説得力ある分析がなされている――。今回の研究に関与していない、ハーバード大学公衆衛生大学院の疫学者ビル・ハナージ准教授は論文をこう評価した。

「全体の論旨は説得力があり、私たちがこれまでに他のルートで得ている情報とも整合性がとれている」とハナージ氏。「これは実際に大きな問題だ。感染力が高まったことを示す証拠もある。今後数カ月で大きな影響が出てくるのも間違いない。いずれの点においても、かなり説得力のある分析が行われていると思う」。

この変異種は12月上旬にイギリスの研究者が注視するようになったもので、ロンドンとイングランド東部で急速に感染を広げている。従来種に対し23カ所に変異が見られ、うちいくつかの変異によって感染力が高まった可能性がある。

この変異種が実際に速いペースで感染を広げていることを示すさらなる証拠が、デービス氏の研究チームによって発見された形となる。

現状の対策なら状況はより深刻化

研究チームは変異種の拡散を説明するために複数の数理モデルを構築し、それぞれの精度を検証した。実際に確認された新規感染者数、入院患者数、死者数に対し、どのモデルが最も正確な予測をはじき出していたかを分析したのである。

研究チームの結論はこうだ。この変異種は平均的にいって他の変異種よりも感染力が高い――。デービス氏は、直近の感染拡大についてはデータ収集が完了していないため、感染力が56%高くなったというのは粗い推計である点に留意が必要だとしている。

しかし、それでも、この新たな変異種を深刻に受け止めなければならないという結論は変わらないという。「全体的なエビデンス(科学的証拠)からして、この点は確かだ」(デービス氏)。

デービス氏の研究チームはさらに、同変異種が今後の6カ月間に及ぼす影響を予測するために、さまざまな規制措置を反映させた数理モデルも構築した。研究チームは、ワクチン接種を大幅に加速しない限り「2021年の新規感染者数、入院患者数、集中治療室の入院患者数、死者数は2020年を上回る可能性がある」と警告している。

研究によると、2月まで学校を休校にすればイギリスは多少時間を稼ぐことができるかもしれない。が、こうした追加規制を緩めるやいなや、感染者数は再び急増に転じるという。

デービス氏らのモデルは、ワクチンの効果も考慮に入れている。ワクチンの専門家は、現在のコロナワクチンは変異種にも有効との見方に自信を示している。それを確認するための実験が現在行われているところだ。

研究チームは、現在のペースでワクチン接種が進んだ場合の効果を予測するために、毎週20万人がワクチン接種を受けた場合の数理モデルも作成した。すると、これでは遅すぎて、感染の拡大をほとんど食い止められないことがわかった。「この程度の接種スピードでは、行動規制を緩和できるほどの効果は得られない」とデービス氏。

一方、ワクチン接種を毎週200万人にまで増やせば、集中治療室にかかる最大負荷は下げられる。しかし、イギリスが果たしてワクチン接種を10倍に増やせるのかどうかは不明だ。

アメリカ疾病対策センター(CDC)によると、12月22日時点で、この変異種はまだアメリカで検出されていない。が、「アメリカでは検体のごく一部でしかゲノム解析が行われていないことを考えると、変異種は検出されることなく、すでにアメリカに到達した可能性がある」とCDCは警告している。

アメリカのワクチン接種は期待されたペースに達していない。イギリスで確認された変異種がアメリカでも広まっているとすれば、こうした接種の遅れが問題となる恐れがある。「あらゆる感染防止策を、一刻も早く動員できるようにしておかなくてはならない」とハナージ氏は指摘する。

全面的な規制強化が避けられない

もちろん、数理モデルは一定の前提に基づくものであり、現実が前提どおりに推移するとは限らない。この点については、デービス氏の研究チームも注意を促している。

例えば、入院患者に対する治療法が改善するにつれて、新型コロナ感染症の致死率は今後も下がっていく可能性がある。新たな変異種は子どもへの感染力も高くなっている可能性があるが、これについては不明点も多く、どれくらい感染力が高まったのかも明確になっていない。その意味で、今回の研究には限界もある。

しかし、それでもデービス氏の研究チームは論文でこう結論づけている。「現在進んでいる新型コロナの感染を十分に低減するため、新たにどのような手法が必要になるかを至急検討しなくてはならない」。

「残念ながら、またしても筋書きが変わったということだ」。今回の研究に関与していない、ノースイースタン大学ネットワークサイエンス研究所のアレッサンドロ・ベスピニャーニ所長は、新たな試算についてこう話す。

「ワクチンができて喜んでいたら、今度は新たな研究で疫学的な状況が変わる可能性のあることがわかった。これからの数カ月は、想定していたのよりもはるかに複雑で危険な状況に対処しなければならなくなる恐れがある。新たな変異種の感染力が高いことを示す証拠は積み上がってきている。感染拡大をコントロールするには、以前にも増して多大な努力が求められることになるだろう」(ベスピニャーニ氏)

(執筆:Carl Zimmer記者、Benedict Carey記者)
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