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日本にある深刻な「デジタルデバイド」の実態

素晴らしい第一歩だ。菅義偉首相が推し進めるデジタル政策は、時間を節約しつつ、パフォーマンスを向上させるだろう。さて、計画の詳細を詰めていく中で、菅首相はもっと大きなことを考える必要がある。計画は次の3つの方法で拡大されるべきである。

まず、政府内のコミュニケーションや税金、医療関係など、国民と政府との接点だけでなく、ビジネスの世界にも適用されるべきである。なぜなら、ICTをより効果的に活用することは、その国の経済成長を後押しするために最も強力なことの1つだからである。

中小企業の74%が「リモートワークの予定なし」

ところが、IMD世界競争力センターによると、2020年のデジタル総合競争力では、先進国34カ国の中で日本は25位にとどまっている。

新型コロナウイルス感染症が蔓延する中、テレワークが必須となりつつある時代に、東京都内の中小企業の74%がリモートワークの予定はないと回答している。このうち、3分の1は適切な設備がないと回答。2017年中に新しいICT機器やソフトウェアに投資したと答えた中小企業も4社に1社にとどまる。

第2に、菅首相がデジタル化によりハンコやファックスをなくすという話をするとき、首相はすでに行われている作業の自動化、つまりコスト削減の話をしているのだ。このステップは絶対に必要ではあるが、ICTを革命的なものとするのは、それにより企業が今までどうしてもできなかったことをできるようにすることである。

これには、電子商取引だけでなく、膨大な量のデータ、いわゆる「ビッグデータ」を活用して、新製品の開発や旧来の製品の改良、既存製品の売り上げ拡大をすることなども含まれる。しかし、現在、日本の企業は在庫管理のような既存の業務のコスト削減に主眼を置いている。

IMD(国際経営開発研究所)のICT利用に関するランキングでは、日本は「ビジネスの敏捷性」で、世界56位である。これは、企業がICTにどれだけ投資しているかではなく、ICTをどれだけうまく利用しているかを測るものだ。その結果、OECDの報告では、日本は、ICTと研究開発が主要な部分を占める「知識ベース資本」と呼ばれるものに投資した1ドルあたりの成長率で、富裕国の中で最下位だった。

ICTは、うまく利用されれば、流通、サービス、非ICT製造業など、経済のICT利用部門の生産性(資本と労働の1%の追加的投入につきどれだけの追加的生産が得られるか)を向上させることを可能にするはずである。残念ながら、深尾京司教授の研究によると、アメリカとは異なり、日本経済全体におけるICT利用部門では、ICTへの投資による生産性向上が期待できないことがわかった。

中小企業への支援がまったく足りない

最後に、政府は、とくに中小企業、すなわち日本の労働力の大部分を雇用する従業員300人未満の企業に向けた取り組みを確実に行う必要がある。日本は、中小企業と大企業の労働生産性の格差が他国よりも大きい。

その理由の1つは、ICTが十分ではないうえ、その利用も不十分であることだ。中小企業の生産性が向上しないかぎり、日本の生活水準は向上しない。

残念なことに、政府が日本の技術力を高めようとするとき、その努力の大半は大企業に注がれるのが一般的である。例えば、政府が研究開発のための事業費を増やすために提供する援助の90%は、すでに豊富な現金を持つ大企業に向けられている。

日本のデジタル化キャンペーンは、中小企業が直面している2つの問題、すなわち、ICT投資が十分でないこと、そしてICTの利用方法に関する知識が不足していることの両方に対処する必要がある。

ICTは、あらゆる業種の商品やサービスに変革を起こす力を持っている。それは大企業のみにとどまらない。

例えば、フィンランドのある食料品店が、ICTを使って顧客購買状況を分析したところ、同一顧客のおむつとビールの購入が週末に伸びていることを発見し、これは店にとっては思いもよらぬ結果であった。

この店はここから、ステイホームを強いられた若い既婚者層が、テレビで映画を見ながらビールを楽しみたがっているのだと分析した。店は、おむつの隣にビールを置くだけで売り上げを上昇させた。「ビッグデータ」がなければ、このパターンが発見されることはなかっただろう。

ICTは、さまざまな方法で売り上げを向上させることができる。家具小売業者のニトリは、「拡張現実(AR)」と呼ばれるソフトウェアを使ってeコマース事業を拡大させた。顧客はスマートフォンアプリやノートパソコンを通して、サイズ、フィット感、外観が異なるさまざまなタイプの家具を体験してみることができるのだ。新型コロナの影響でほかの小売業者の売り上げが壊滅的であった2020年春に、ニトリのオンライン収益は2019年に比べて40%増であった。

ICTは製品開発にも役立つ

ICTは既存製品の改善にも有効だ。アメリカの貨物運送会社UPSは、小包を配送するすべてのトラックに、温度や圧力など、部分的破損の前に典型的に見られる状況をモニタリングするために「ビッグデータ」を使ったセンサーを搭載している。これにより、小包で埋め尽くされたトラック1台が破損するという高額な代償を避けることができる。

日産は、これと似たセンサーを「リーフ」モデルに搭載しており、将来的にはこのようなモニタリングシステムがすべての自動車に搭載されることになる。すでに自動車コストの10%はソフトウェア関連であり、この割合はこの先数年で30%に達しようとしている。これはつまり、自動車整備士はICTのスキルを身につけなければならないことを意味する。

ICTはまた、新製品の創出にも寄与できる。P&Gは、ビッグデータを利用し、家庭で使用する洗濯用洗剤の最大の問題が「適量を測ること」であることを発見した。これは従来の市場調査では取り上げられなかった点である。そこで2012年、同社は洗濯用洗剤カプセルを開発した。この新機軸は他社からも追随され、こうしたカプセルが今や洗濯用製品の急成長部門となっている。

大企業と中小企業間の「デジタルデバイド(情報格差)」は、日本の成長力を阻んでいる。経済産業省が中小企業にICT投資をしていない理由を聞いたところ、「ICTを導入できる人材が不足している」との回答が43%と最も多く、次いで「導入効果が明確でない、または十分でない」が40%と続いている。

最近では、機器もソフトウェアもそれほど高価ではなく、コストがかかるのは、中小企業に最適なソフトウェアを選び、それを使ってビジネスを構築する方法を教えてくれる技術者、あるいは民間のコンサルタントを雇うことだ。

実際には、大企業の多くも、コスト削減にこだわりすぎているがために、その可能性の最大化に向けたITの使用に失敗している。コスト削減は、ボトムライン、すなわち利益を改善することはできるが、トップライン、すなわち売り上げを改善することはできない。

営業強化や商品開発のICT化に向けた外部コンサルティング会社の利用を要する大企業が40%にも達しているというのは、驚異的な割合だ。これは、その企業の従業員にICTスキルが不足していることと、真の意味での「デジタルマインド」がないことによるものだ。また、中小企業の23%のみがICTに投資していないのは、コストの問題に加え、ICTがもたらすメリットに気づいていないという理由が含まれる。

こうした中、政府はどう支援できるだろうか。コスト面の支援については、政府はICT機器、ソフトウェア、コンサルティングサービス、研究開発への投資に対する税額控除を拡大することができるだろう。

10%の税額控除が適用されれば、中小企業が1万ドルをICTに投資した場合、その税金は1000ドル削減されることになる。もちろん、税額控除はすでに利益を上げている企業を支援するものでしかないため、切望されるスタートアップ企業を支援するためには、日本政府はほかの多くの国ですでに実施されているような、10年から20年の「繰り越し」を制度化し、最終的に利益が出たときにその恩恵を受けられるようにすべきなのだ。

かつては日本も研究開発に向けた1年間の繰り越しを実施していたが、安倍前政権下ではそれが撤廃され、それが日本の革新的なスタートアップ企業不足の一因となっている。

EUに比べると予算が劇的に低い

EUでは、ICTの使い方を知らない中小企業を支援するために、2016年にデジタル化の専門家を中小企業に訪問させる「Digital Innovation Hubs(デジタル・イノベーション・ハブ )」を介して中小企業を訓練する試験的プログラムを開始した。EU委員会は、中小企業に高い満足度が認められたことから、このプログラムを拡大し、2021年から2027年までに、2000社を対象に92億ユーロ(1兆1600億円)の予算を設定している。拡大によって現在211のハブが設置されおり、今後多くの企業の支援を行っていく。

経済産業省は、「戦略的CIO育成支援事業」と呼ばれる、中小企業向けの安価なコンサルティングプログラムを独自に運営している。このプログラムでは、ICTの専門家を、1日あたりわずか1万7600円という非常に安い費用で、6カ月から1年派遣することにより中小企業を支援している(2016年時点)。その規模はICTの専門家育成だけでなく、中小企業向けコンサルティング全体で2000億円とEUのプログラムに比べると大きく見劣りする。また、2015年〜2019年の間、中小企業のわずか329社しかこのプログラムを利用していない。

菅首相がデジタル政策を発表した際、経済産業省は企業向けのコンサルだけでなく、支援全体で予算を倍増することを求めているが、これが承認されたとしても予定されたことを実施するには足りないだろう。日本におけるデジタル化の最大の障害はICT専門家の欠如ほかならない。

菅首相がデジタル化推進を政策に掲げたことを受け、経済産業省は来年度予算の概算要求で、CIO育成支援経費だけでなく企業のデジタル化全般を支援する費用として、390億円(3億7500万ドル)を計上した。これは2020年度予算の2倍近い規模だが、成立するかどうかは未定だ。この要求額は、EUの支援プログラムの一部であるコンサルティングの年間予算1650億円(16億ドル)に遠く及ばない規模だ。

日本におけるデジタル化推進の最大の障害の1つは、ICT人材の大幅な不足にある。2020年の不足人数は約30万人と見込まれている。2030年までに、日本は144万人のICT人材を必要とするが、推定では85万6000人しか確保できず、41%も不足することになる。日本で働く外国人のICT人材を拡充する努力を重ねる必要があるだろう。

それ以外の取り組みとして、大企業には、ICT人材が豊富な国に研究・生産施設を移転させるというオプションがあるが、中小企業にはそのような余裕はない。日本の成長は引き続き低迷し、実質個人所得はじり貧状態が続くことは避けられない。

財務省が、日本にはこうしたプログラムをまかなう予算はないと主張するのは明らかだ。しかし、それは「小銭には賢いが、大金には愚か」な考え方だ。日本の経済成長が低迷すれば、課税ベースは縮小し続けるだけだ。日本に選択の余地はないのが現実なのだ。