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クラブハウス、日本に突如上陸した謎多き経路

「クラブハウス旋風」が止まらない。ツイッターなどSNSのほか、テレビ番組なども連日、このクラブハウスの話題で持ちきりだ。

クラブハウスとはアメリカ発の音声SNSアプリだ。現在はiPhoneやiPadのみの対応で、アンドロイドのスマートフォンでは使えない。ユーザー同士がフォローしあう仕組みを指して「音声版ツイッター」と呼ばれているが、イメージとしては双方向のラジオに近い。

アプリ上には誰でも作ることのできる「ルーム(部屋)」が無数にあり、ユーザーは自由に出入りできる。ただ会話を聞くだけでもよいし、会話に参加することもできる。

録音NG、最初の招待枠は1日で終了

部屋の中に入ると一番上に「スピーカー(話者)」がおり、部屋の運営者になっている「モデレーター」には緑色の印がついている。スピーカーの下には、彼らの会話を聞いている「オーディエンス(聴衆)」がずらりと表示される。オーディエンスの中にいる人が「手を挙げる」ボタンを押し、モデレーターが承認すると会話に参加することができる。

特徴の1つが、すでに登録しているユーザーに招待されなければ登録できない「完全招待制」になっていることだ。アメリカ本国で提供が始まったのは2020年4月。当初は5000人限定で招待枠が配られ、たった1日で枠が埋まってしまった。

クラブハウスは規約で会話の録音を禁止しており、記録が残らない。ただ「こんな人がこんな話をしていた」という部分的な内容がSNSで共有され、それを見た人に「聞きたい」と思わせる渇望感を生んだ。これは「FOMO(Fear Of Missing Out、情報を逃すことの恐れ)」とも呼ばれる。その後、徐々にユーザーに割り振られる招待枠が増やされ、この1月に日本にもその波がやってきたというわけだ。

リリース当日に登録したユーザーの中には、たった1人日本人がいた。シリコンバレーで起業し、1対1のビデオ会議サービス「Remotehour(リモートアワー)」を手掛ける山田俊輔さんだ。

山田さんはたまたま友人から招待のリンクをもらったという。「当初はシリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)やスタートアップ企業の人ばかりだった」と振り返る。まだ人数が少なかったクラブハウス上で、山田さんは著名な投資家や経営者にサービス開発の相談に乗ってもらうなど、新たなつながりを広げた。

そしてある日、シリコンバレーの大物投資家として知られるジェイソン・カラカニス氏とたまたま同じ部屋に入り、ほかの起業家とともに事業のプレゼンテーションを実施。その後同氏からの出資が決まった。「当時クラブハウスに参加できていたことが一種の(起業家としての)スクリーニングになっていた」(山田さん)。

スタートアップや芸能界に波及

招待枠は登録当初は1人当たり2つ。だがユーザー同士でフォローし合ったり、会話に参加したりすると、招待枠が追加される。サービス開始から半年が経った2020年11月、山田さんは新たに20人分の招待枠を得た。

「招待枠を通して日本のスタートアップの経営者とつながりたい」。そう考えた山田さんは、日本のスタートアップ界隈につながりが多い友人起業家の伝手を頼り、メルカリの山田進太郎CEO(最高経営責任者)や、クラウドファンディングを展開するCAMPFIREの家入一真CEOを招待。その友人はネットショップ構築サービスを手掛けるBASEの鶴岡裕太CEOを招待した。これが12月20日頃のことだ。

そうした著名な経営者の人脈に加え、ツイッターなどで海外のユーザーを探し出して招待してもらった人も現れ、クラブハウスは日本のスタートアップやVCの間で徐々に広がった。

さらにBASEの鶴岡氏が個人的につながりのある田村淳さんや小嶋陽菜さんといった芸能人を招待したことで、芸能界にも波及。好きな芸能人と交流できるかもしれないと考えたファンたちの間でも話題を呼んだ。

アメリカのアプリストア調査会社・アップアニーによれば、日本のアプリストアのダウンロードランキングでは1月24日から急上昇。28日にトップに立ち、以来独走を続けている。招待がなく登録できなくとも、とりあえずダウンロードする人も少なくないとみられる。

「クラブハウスのおかげで寝不足ですよ」。音声配信サービスを手掛けるVoicy(ボイシー)の緒方憲太郎社長はそう話す。自身も音声を軸にしたサービス開発に取り組んでいることから、登録以来さまざまなルームを主催したり、会話を聞いたりしているという。「ひょっとするとツイッターやインスタグラムに匹敵するくらいの存在になる」(緒方社長)。

「次のSNSを逃したくないという空気があった」

「芸能界やスポーツ界には、次に新しいSNSが出てきたらその波を逃したくないという空気があった」と緒方氏は話す。俳優や歌手、お笑い芸人、スポーツ選手など、すでに数十人単位の著名人が参加したとみられる。

コロナ禍でドラマや映画の撮影、コンサートの開催が難しくなり、多くの芸能人がユーチューブなどネット上で稼ぐ取り組みを始めた。その中で、「芸能界がベンチャー界隈と近くなっていたので、クラブハウスの広がりも早かった」(緒方氏)。

あの歌手とお笑い芸人、モデルが話している――。そんなコラボレーションが多いのもクラブハウスの特徴だ。「配信者同士のコラボはYouTube(ユーチューブ)で大きく伸びた。クラブハウスはコラボのオンパレードだ。それに立ち会えないのは怖いというFOMOがこんなにも出てくるのかと驚いている」(緒方氏)。人気の部屋は上限の5000人に達し、ツイッターなどでは「聞きたいのに入れない」という声も聞かれた。

さらに、「新商品の紹介や就職説明会など、企業の利用も増えるだろう。早々に始めたところが優位になる」と緒方氏は指摘する。ただ、「クラブハウスで長時間過ごして疲れている人もいる。1カ月後にユーザーが残っているかどうかがポイント。その時点で人気を維持していれば、今後1年は伸びる可能性がある」(同)。

クラブハウスを運営するのは2020年2月に設立されたアルファ・エクスプロレーション社だ。アメリカの写真SNS「ピンタレスト」に買収されたアプリ企業を創業したポール・デイビソン氏と、グーグルでグーグルマップのエンジニアなどの経験のあるローハン・セス氏の2人が創業した。

クラブハウスの創業者2人がサービス開発の状況を共有し、ユーザーからの質問に答える「タウンホール」という部屋が、日本時間毎週月曜日午前2時から開催されている(クラブハウスアプリの画面をキャプチャ)

アメリカのスタートアップ情報サイト・クランチベースによれば、アプリリリース後の2020年5月には、アメリカの大手VCアンドリーセン・ホロウィッツなどが出資し、1200万ドル(約12億円)を調達。この時点で1億ドル(約100億円)の企業評価額がつけられた。さらにこの1月には1億ドルを調達し、評価額は10億ドル(約1000億円)に達したとみられる。

会社側はブログで、1月中旬には週間アクティブユーザーが200万人に達し、毎日数千規模の部屋が立てられていることを明らかにした。こうした拡大に合わせ、今回調達した資金を活用し、アンドロイド版のアプリ開発や地域に合わせた機能の充実、サーバーの増強、誹謗中傷を検知する技術開発などを進めるとしている。

課題はサーバーなどインフラ面

とくにサーバーなどのインフラ面は課題だ。日本でユーザーが増えた1月末以降、毎日午後10時頃になると自分が入っていた部屋から強制的に退出させられたり、部屋の一覧が見られなくなったりなどの不具合が発生し続けている。日本だけでなくドイツや中国などでもユーザーが増えているとみられ、世界規模のインフラ強化が求められる。

現在クラブハウスは一切の収益を得ていないとみられる。ただ今後数カ月で配信者が収益を得られる仕組みを試験的に開始する予定だ。いわゆる「投げ銭」のほか、部屋の入室を有料チケット制にしたり、サブスクリプション制にしたりするとしている。配信者が得た収益の一定割合をクラブハウス側の収益とする可能性は大きいだろう。

文字でもなく、写真でもない。音声を介した人とのつながりは、どこまで広がるのか。SNS大国・アメリカが生んだ「新星」に世界中から熱い視線が注がれている。