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ビデオ会議を「プロっぽく」変えるアプリの正体

オンライン授業、ビデオ会議など、端末に向かってほかの場所にいる人とつながりながら、デバイスの前で日中を過ごす、というスタイルは2021年も引き続き変わらないだろう。

世界中で同じことが起きており、例えばシリコンバレーでは、2020年3月までは10%に満たない企業がオンライン会議を取り入れていたが、2020年12月時点では100%になった。Zoomなどの関連銘柄は軒並み高成長し、日本でも春先はウェブカムやマイクが量販店で売り切れた。まるで、ドットコムバブルの瞬間を経験したような、そんなインパクトで、「オンライン〇〇」は2020年を象徴する流行語にも選ばれた。

ただZoomでつながればいいという話ではない

筆者は2020年4月から、情報経営イノベーション専門職大学(iU)でデザイン思考やビジネスモデル構築などの授業を担当しているが、学生はキャンパスに一度も来ることなく、オンラインでの授業が始まった。

ただZoomでつながればいいという話ではない。90分、2コマの授業を「見ていられるものにする」配慮も必要で、LEDの照明やグリーンバックを設置して映像を向上させたり、USBマイクで音質を高めたり、大きなモニターを追加して資料や学生たちの顔を同時に見られるようにしている。

前期が終わる頃には、自宅のデスクはライブ配信を行うYouTuberや、ゲーム実況をするスタジオのような仕様になっていた。自宅のデスクに求められるものが変わったことも、生活様式が変化した結果だった。

新型コロナウイルスの感染拡大で、こうした「ビデオでつながり続ける生活様式」は世界中で瞬く間に広がった。そこに目をつけたのが2020年11月12日(アメリカ時間)に正式版が発表された「mmhmm」(ンーフー)アプリだ。mmhmmはスライドやビデオを自分の顔と合成できるアプリで、参加するビデオ会議をより効果的に表現できる。

「名前からもわかる通り、冗談みたいな話から始まった」と語るのは、創業者のフィル・リービン氏。これからの時代、誰かとつながったり、信頼関係を構築していくには、ビデオにおけるパフォーマンスが不可欠になる。そんな未来があっという間に訪れるにもかかわらず、最適なツールが存在していなかったことが、アプリ開発のきっかけとなった。

リービン氏は、日本でも人気のメモアプリ「Evernote」(エバーノート)を立ち上げたことで知られる。そんな同氏は、「退屈で面倒なビデオ会議ばかりの生活をなんとかしたかった」と再びスタートアップしてアプリ開発に取り組んだ動機を語った。

「自宅の書斎の背景に、キャンプで使う大きな緑のタオルをかけて、その前に座り、映像や写真などを配置してプロトタイプを作り始めました。ウェブカムで取り込んだ自分の映像に、スライドやビデオを合成できるようにしたほか、色々な部屋の背景画像を用意し、動画まで背景に配置できるよう開発を進めてきた」

好きな場所に好きなサイズで「自分」を配置

実際に筆者も、大学の講義やビデオ会議でベータテスト中だったmmhmmを使ってきた。これによって、ビデオ会議やオンライン授業が一言でいえば「自由自在」なものへと変化した。まるでテレビ番組をディレクションしながら、同時に出演しているかのようなのだ。

画面の好きな場所に、好きなサイズで自分を配置し、背景にスライドを大きく写したり、ビデオを再生しながら解説でき、その映像をZoomやGoogle Meetなど、好きなビデオ会議システムに流し込める。見ている側も、画面共有のON・OFFで、手元の表示が行ったり来たりせず、煩わされることもない。

極めてストレスが少なく、より効率的かつ効果的なビデオ会議での体験を手に入れることができるのだ。

Evernoteもそうであったが、フィル・リービン氏は自分の不便ややりたいことを解決するアプリを着想し、マーケットにフィットさせる、そのスピードと精度はシリコンバレーでも指おりの存在だ。そのことは、リービン氏がmmhmmを世にお披露目した際に公開したYouTube動画にも現れている。

すでに99万回近く再生されているこのビデオを見れば、ビデオ会議が当たり前となったリモートワークと、その問題点、解決したい問題、そしてmmhmmで何ができるかを、一発で理解することができた。

だからこそmmhmmは短時間で注目を集め、行列ができるほどのベータテスターに恵まれ、発表まで製品を洗練させてきた。

そんなリービン氏は、コロナ禍でビデオ会議が当たり前となったことで、「Professinal Video Presence」(PVP)というカテゴリーが誕生したと語る。

ビデオ会議がこれだけ長時間生活の中に取り入れられる中で、画面の中における見え方、見られ方は、ビジネススキルの一部として成立したというのだ。

「PVPはこれまでも、スキルとして存在してきましたが、これは主に、カメラの前でテレビに登場するタレントやアナウンサーなどの出演者のスキルでした。カメラに映るパフォーマンスを最大化する仕事です。

しかし、テレビや映画のビデオは、一人で作られているわけではありません。カメラや字幕、音、効果などは専属のスタッフがついており、こうして商業映像が作られるのです。

もちろん、現在ビデオ会議に登場するビジネスパーソンや教師、医者などのパフォーマンスが悪いわけではありません。しかし、情報や感情、空気感などさらに膨大な情報を効果的に伝えることができているかと言われると、疑問です」(リービン氏)

ほぼ全員がカメラの前に座る日常においては、パフォーマンスだけでなく、資料の表示や画面の切り替えなど、すべてを個人が行わなければならない。そして、1日に5時間も6時間も、ビデオ会議に参加したり、あるいはホストするという未経験の日常が急に訪れ、われわれはあまりに不準備なままこれまで過ごしてきたのである。

M1搭載Macとともに登場

mmhmmを紹介するフィル・リービン氏は、2020年11月10日(アメリカ時間)に行われたアップルの発表会にも登場した。自社設計のチップ「M1」を搭載するコンピューター第1弾を発表したアップルは、その性能を生かすアプリとしてmmhmmを選び、開発者の声としてリービン氏を紹介した。

すでにレビュー(新MacBook Proが「夢の1台」と言い切れるワケ)をお届けしている通り、M1搭載Macは、控えめに言っても、これまでのコンピューターの常識をひっくり返す存在だ。

本当に20時間持続するバッテリーと、最上位モデルのノートパソコンに匹敵する処理性能を兼ね備え、写真もビデオも、スタジオにいるように編集するというコンセプトを、10万円前後のコンピュータで本当に実現してしまったのだ。

mmhmmの開発に参加している著名プログラマーで起業家・作家としても知られる中島聡氏は、mmhmm開発とM1搭載Mac登場は、絶好のタイミングだと語る。

「M1がなんといっても素晴らしいのは、CPU、GPU、NPU(Neural Processing Unit、Neural Engineのこと)がメモリーを共有していることで、これによってエンジニアは、気兼ねなく、GPUやNPUを使ったプログラムを書けるようになります。

M1により、これまでテレビ局や映画の制作者向けの高価な機材でしか出きなかったことが、手軽にパソコンでできるようになるので、そこがmmhmmの役割だと感じています」(中島氏)

Mac向けに用意されるmmhmmアプリ。ウェブカムで映す自分と、スライドや写真、ビデオなどを画面内で合成し、Zoomなどのビデオ会議アプリに表示することができる仕組みで、円滑なプレゼンができる(筆者撮影)

mmhmmは2020年10月24日、注目されていたビデオ技術のある企業を買収した。「Memix」はリアルタイムに動画に照明や背景、エフェクトなどの効果をつけることができるアプリで、mmhmmはMemixの仕組みを取り入れ、ビデオ品質の改善に取り組んでいる。

加えて、機械学習処理を生かしてジェスチャーや手の形を認識して自動的に合成やアニメーションを作り出したりする、画面をより楽しいものにするテクニックを付加しようとしている。

すべてが「ハイブリッド」に

「ビデオ会議にこれまでなかったのは、普段の職場でみんなが気遣うようになった彩りや安らぎ、自分が気に入ったスタイルを取り入れることでした」(リービン氏)

mmhmmは現在、自由度と表現力の高いビデオプレゼンテーションの実現に加え、1つのプレゼンテーションを複数の人で操作する機能、さらにスライドごとに解説ビデオを記録できるインタラクティブレコーディングを実現している。

今後、ビデオに埋め込んだTwitterのツイートやGoogleフォームなどのウェブサイト上の情報に直接書き込めるような仕組みも実現していきたいそうだ。

リービン氏は、mmhmmが目指しているのは「ハイブリッド」なコミュニケーションとつながり作りだという。

「目の前に人がいる状態とオンラインの軸、またライブとレコーディングの軸を考えていたとき、今までは1つずつを選んでコミュニケーションを取らなければなりませんでした。mmhmmが目指すのは、こうした境界を溶かしながら、自由に行き来できる環境です」(リービン氏)

現在オンラインコミュニケーションやビデオミーティングの領域は、急拡大した需要に合わせて、急激な発展を見せている。一過性にも見えるが、リービン氏はオンラインミーティングは定着こそするが、なくなることはないと見立てている。

われわれも、ハイブリッドでコミュニケーションするスキルを身につけなければならず、mmhmmのようなツールに親しんでおく必要があるだろう。