· 

外国人ゼロで気づく「日本のスキー場」の本質

2020年12月は、ここ数年続いた「暖冬小雪」傾向から一転、ラニーニャ現象の影響もあり、日本海側を中心にしっかりとした降雪が続いています。

今シーズンのスキー場のコンディションの良さに対する期待と、例年はインバウンドのスキーヤーで混雑していたのが今年は滑りやすくなる可能性が高い、ということもあって地元の滑り手たちからは、「今年は目一杯滑るぞ」という声もよく聞こえてきます。

とはいえ、新型コロナウイルスの第3波到来と言われる中で、Go Toトラベルキャンペーンの一時停止が急遽決定され、本来稼ぎ時である年末年始の宿泊の予約のキャンセルが多数出始めており、先行きには大きな不安を抱える日々です。

これまでの状況を振り返ると観光業を中心とした地域経済に多大なる影響を与えた新型コロナウイルスも秋に一度は落ち着きを見せ、9〜10月には観光客数にも回復の兆しが出ていました。

筆者が勤務する白馬岩岳マウンテンリゾートのグリーンシーズンの対前年の来場者数も、4〜5月は対前年70%(2万人減)、6〜8月が同65%(2万人減)だったものが、9〜11月には同135%(1.5万人増)となり、シーズン計でも対前年80%の10万人超の来場がありました。

これが12月以降、一旦は冷え込みを覚悟しなければならないでしょう。ただ、今後の地域経済を考えると、こうした苦しい時期にこそ観光事業者として生き残りをかけた取り組みが必要だとも考えています。そこで日本のスノーリゾートをどう磨き直し、今後の需要回復期に備えていくかを考えてみたいと思います。

日本の冬山は「宝の山」

読者の皆さんは、日本の雪が世界的に見ても稀な資源であることをご存じでしょうか。大陸の寒冷で乾いた空気が偏西風に乗り、暖流である対馬海流の上を通って水分をたくさん吸い、北アルプスなどの高い山にぶつかって日本海側に大量の降雪をもたらす日本の地形上の特徴。

学校の授業で当たり前のように聞いていた話ですが、実はこうした大量に降雪がある地域というのは世界的にも珍しく、日本以外には北欧や北米のごく一部だけだと言われており、東アジアや南アジアなど人口稠密地域からのアクセスを考えると「雪の観光利用」という観点では日本が群を抜いて優位な立場にあるのです。

実際、アメリカのWebサイトによると世界の豪雪都市Top3は青森、札幌、富山と日本が独占しています。生活面では邪魔者になりがちな雪ですが、この自然の恵みが1990年代までのスキーブームを牽引し、雪国の経済を支えてきたことは間違いありません。

今後のアジア圏の経済成長を考えると、中期的にはこの希少な資源が大量に降り注ぐ日本の冬山の価値はさらに増す可能性は高いと考えています。

筆者の分析では、各国のスキー参加率(全人口における年1回以上スキー場を訪れる人数の割合。現在の日本は5%程度)は国の経済的な豊かさとリンクしており、スキー場の数などの他の条件が一定であれば1人当たりGDPが1万ドル上がると約1ポイント参加率が上がります。

そう考えると、人口も多く、経済成長の期待値も高く、飛行機で数時間以内にアクセス可能な天然雪の降る大きな山がほぼ日本だけに限られるアジア市場は、今後の地域経済を支える大きな力となるでしょう。

菅義偉首相も官房長官時代に観光戦略実行推進会議において、「まだ知られていない観光資源が多く眠っている」と強調したうえで「4000万人の目標だけでなく、6000万人を目指すだけのポテンシャルが日本にはある。その1つがスノーリゾートだ」と期待を込めて発言されていました。

再び国内の人が「宝の山」を楽しむようになるために

ただ当分の間は、コロナウイルスの関係で非常に厳しい状況になります。長野県白馬エリアは2019〜2020年シーズンには全来訪者の30%に近い約38万人のインバウンド・スキーヤーが来場していましたが、今シーズンはほぼゼロに落ち込むことが確実視されています。

そもそも国内スキー市場は、1990年代のピークから比べるとスキー参加率は3分の1程度に落ち込み、1年間の平均参加回数も約6回から約4回に減少していました。加えて、少子高齢化が進むなかで、スキー参加率が高い10代から40代の若年・壮年層の人口は他の世代よりも大きく減少することが見込まれており、市場縮小が続く危険性が極めて高い状況なのです。

スキー場や周辺施設の廃業が続けば、この「宝の山」が発掘されずに埋もれたままになってしまいます。どうやってafterコロナ期の観光産業の稼ぎのタネとしての力を維持していくのか……。

2020年初頭に複数回開催された「スノーリゾートの投資環境整備に関する検討会」に筆者も委員として参加し、上記課題を議論してきましたが、答えはそれほど多くはありません。1つは前回書いた(Go Toトラベル是非より日本人に必要な視点、2020年8月16日配信)需要平準化に向けたグリーンシーズンの取り組みを加速すること。

もう1つは、冬においても人口の5%しかいないスキーヤー、スノーボーダー市場だけではなく、残りの95%の「ノンスキーヤーにも雪山をリゾート地として楽しんでもらうこと」に焦点を当て、新たな魅力を掘り起こすことです。

過去の国内スキー人口の減少には、レジャーの多様化、若年層の車離れ、施設の老朽化による魅力低下など、さまざまな原因に加えて、道具を揃え、雪上で慣れない運動をするスポーツとしてのハードルの高さもあったように思います。

筆者個人としてはスキーの楽しさに魅了されこの世界に飛び込んだこともあり、多くの人にスキーを楽しんでもらいたいという思いが強く、スキー場としての魅力向上を何より大事に考えています。しかし、その楽しさを感じる層は既に人口の5%しかいないのです。残りの95%のスキー・スノーボードをしないお客様にも、冬のスノーリゾートに足を運んでもらう努力は不可欠です。

長年東京で暮らしてきた筆者が白馬に移住して6年。こちらで欧米のお客様の過ごし方を見て発見したのは、「雪山の上でスポーツをしない時間の圧倒的な爽快感」です。

真っ白な雪の上、抜けるような青空の下で屹立する岩壁を目の当たりに、焚き火に当たって音楽を聴きながら一杯の美味しいホットチョコレートを楽しむ。それはまるで、ビーチリゾートでエメラルドグリーンの海を眺めながらカクテル片手に読書を楽しむような、贅沢なリゾートとしての非日常的な時間と空間です。

スキー場でスキーもスノボもしない贅沢

欧米のスノーリゾートでは、屋外席も多く用意され、お酒やコーヒーをゆっくり楽しむこともできるほか、ライブ演奏なども頻繁に行われ、さまざまなアクティビティも提供されるなど、スキー目的以外のお客様でも1日楽しく過ごせる仕掛けが充実しているところも実際多いのです。

こうした新しい「スノーリゾート」としての楽しみを提供する努力を全国のスキー場が続け、多くのお客様が来てみたいと思うきっかけを作ることが、今後の新たな市場開拓には必要でしょう。

スキー場としてだけでなく「リゾート地」として全体でキャッシュを稼ぐ力を強化して初めて、スキーヤーやボーダーにとっての魅力向上となるリフト、施設やコースのリニューアルを行うことも可能になります。その際、地域だけでは賄いきれない投資も多いため、今年度から予算化された「国際競争力の高いスノーリゾート形成促進事業」などを通じ、国の支援策を続けていくことも有効だと感じています。

こうしたトレンドは、リゾート側だけでの動きではありません。例えば、スポーツ小売り国内最大手のアルペンの二十軒翔 専務執行役員に話を聞くと「スキー・スノーボードの需要が減少して売り上げも落ちているなかで、ウィンター以外の商品をどう売るかがスポーツ小売業としても大事になっている。たとえばアウトドアブランドの高機能なアウターは、10〜11月の2カ月で前年比20%以上伸びている。引き続き、アウトドアのアクティビティをより多くの人に楽しんでもらうことに注力していきたい」と語ります。

スポーツアパレルメーカー側でも、スキーウェアとしてだけではなく、街着として手軽に着ることのできる高機能アウターに力を入れており、手応えを感じているようです。

新たな冬のレジャーとして需要喚起

「ザ・ノース・フェイス」などを手掛けるゴールドウインの森光 第一事業本部長は、次のように言います。

「日本のスキー市場は全体的には横ばい状態で、比較的堅調なバックカントリーを除くとスキーウェア用品としての需要は大きくない。一方、ザ・ノース・フェイスのマウンテンジャケットなど、普段着に使える汎用性があるものは、バックカントリーでの機能性と相まって人気が高い。

ウィンター商品はスキーヤーのみを意識しているわけではなく、スキーをしないスノーリゾートに行く人たちにも有用なウェアやギアの提供をしてきている。スノースポーツをしない人でも楽しめる施設が、日本の冬のリゾート地にも必要」

インバウンドの少ないこの冬こそ、そして海外旅行にも自由に行けないこの冬こそ、日本人のスキー・スノーボードをしない人に「宝の山」の価値を再発見してもらういい機会だと思います。

コロナの影響がある中でも、この夏・秋に大きく需要を伸ばしたキャンプやゴルフ同様に、密を避けて心から安心したレジャーとして「冬の雪山へのお出かけ」が認識されるよう、業界を挙げた新たな需要喚起の取り組みが求められています。