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フェイスブックが「VR」に力を入れまくる理由

スペックを上げて、価格を下げた

――オキュラス・クエスト2は先代機からどのような点が進化しましたか。

まず先代機と同様に、上下・左右・前後の6方向に自由度がある作り(スムーズに空間認識し、不自然なゆがみが発生しない作り)になっている。かつワイヤレスで、装着している人が動きやすい。

そういう部分は継承しつつ進化させた点は、まず先代機より10%軽量化した。あとは新しいプロセッサーを導入して画像処理速度を上げた。画質を左右するピクセル数も先代機から50%増やしている。これらにより、非常に体験がリッチになり、没入感が増していると思う。あとは地味だが、コントローラーなどのアクセサリー類も人間工学に基づいて装着感や操作性を刷新している。

これだけスペックを上げた一方で、価格は下げた(先代機は4万9800円~、新型機は3万3800円~)。かなり戦略的な価格設定だが、(今は目先の収益を最大化するのではなく)オキュラスを経験してもらうことが最優先。ユーザーからのフィードバックがないと、この先の進化にもつながらない。具体的な数字は言えないが、(販売は)予想ははるかに超える好調ぶりだ。

――2020年8月には、フェイスブック社内にVR・AR関連の研究家初組織「Facebook Reality Labs(FRL)」が立ち上がりました。

フェイスブック自体が人と人とのつながりを作っていくことをミッションにしている会社なので、VR・ARの世界でもそういう体験を作っていこうと、マーク(・ザッカーバーグCEO)も強調している。FRLはそういう目的で立ち上げた組織だ。だから言ってみれば、2020年はフェイスブック社にとってVR・AR領域の技術・サービス開発へもっと投資していこうという「元年」だった。

中でも日本は、もともとゲームを筆頭にVR・AR関連市場の規模が大きいし、関連技術を扱っているデベロッパー(開発者)の質も高い。(事業の展開を拡大する)プライオリティとして非常に高かった。実際、今回のオキュラス・クエスト2の販売に関しても、日本では今までに行ってなかったさまざまな施策を展開している。

――具体的には?

FRLのチームは日本でかなり人を採っている。彼らがどんな働きをしているかというと、まずは販売チャネルの開発だ。先代のクエストの販売は公式サイトとアマゾンだけ、つまりオンラインだけだったけど、今回は大手の家電量販店をパートナーにし、店頭販売を強化した。やはりこういう商品は実際に体験してから買いたいというニーズも大きい。

オキュラス・クエスト2発売当日、ビックカメラでの店頭デモの様子(提供:フェイスブックジャパン)

それからマーケティングを強化し、テレビCMやネット広告を展開した。あとは快適に使ってもらえるように、VR内のキーボードなどあらゆる部分で日本語に対応するようにした。コンテンツストアも日本向けに作って、海外コンテンツでも日本語化して提供することを徹底したほか、カスタマーサービスも日本語で対応できる体制を拡充している。

対ユーザーと同じく重視したのが、対デベロッパーの部分。アメリカ企業が出す開発者向けの資料というのは英語オンリーという場合が多いけど、今回は50万語分くらい日本語に翻訳した。人的サポートもアメリカの本社にあるチームが直接行っているが、日本の開発者向けに関してはそこに所属する日本人メンバーが責任持って行っている。外部開発者を巻き込むコミュニティの醸成は(製品・サービスの経済圏を広げるうえで)非常に重要だ。

VRが使われる可能性が高まった

――消費者への普及という意味では、VRはまだまだ入り口に立ったにすぎない印象です。フェイスブックが今これだけ総力を挙げる理由は?

2020年が非常に大きな転換点だったのではないかと。新型コロナウイルスの感染拡大で、人と人との距離やコミュニケーションの取り方を変えざるをえない1年だった。そういう中でゲーム、スポーツ、音楽ライブなどのエンタメはもちろん、ビジネスの面でもVRの需要が出てきていると思う。

コロナ収束後の生活様式でも、全部が全部コロナ前の状態に戻ることはないと思う。あらゆる場面でVRが使われる可能性は確実に高まっているし、それもあってわれわれも投資を加速している。オキュラスでも個人のリモートワークを快適にする機能や、法人向けのソリューション「Oculus for Business」を強化中だ。

――法人向けソリューションには、具体的にどんなものがありますか。

事業としてはアメリカから始めている。やはりコロナもあって、地方まで出かけてビジネスを進める出張文化の代替ニーズなどが強い。例えば、ジョンソン・エンド・ジョンソン インスティテュート。医療従事者向けに教育を行う同社は、オキュラスを使って外科医の手術のトレーニングを実施している。

新しいツールを実際の手術で試すことには大きなリスクが伴う。そのため、使用の頻度が上がらず、現場になかなか定着しないという課題があった。そこでVRを使うことによって、バーチャル空間でリアルと同じように使用感を試せる。遠隔で使い方のトレーニングも行える。医療もベテランから若手への技の伝承がある世界なので、それを遠隔で行える点が評価され活用が進んできている。

ほかにも、例えば食品・飲料メーカーが小売りの棚の販売効率を見る際に、通常だと現場に行って並べてみてという感じだけど、VRでシミュレーションしながら現場指導も行う、というものもある。あとは高級ホテルの従業員トレーニング。オペレーションが非常に複雑な仕事で、先ほどの外科手術と同様、トレーナーが現地に行かずとも効率的に指導できる点が喜ばれている。こうしたニーズを丁寧に拾い、開発を強化していきたい。

――エンタメに限らない用途を開拓できると、産業としての裾野が広がりそうですね。日本でも今後こうした活用が増えていきますか。

実は日本国内でも問い合わせが非常に多く、行政から、企業からなど、需要の高さを感じている。(遠隔トレーニングのような業界特化型の活用だけでなく)バーチャル空間でデスクワークを行えるVRオフィス「Infinite Office」といった取り組みも始めている。需要はどんどん上がっていると思っており、活用の幅はさらに広がる。

リモートで働くことが半分当たり前になりつつある中、テクノロジーだけじゃなくカルチャーの部分も含めて「どこまでできるか」を見極めなければならない時期に来ている。そういう今、単にテキストや音声、動画で意思疎通を取るだけではない、VRで空間を共有する関わり方が、会議や商談で価値を発揮する可能性があると思う。

まず進化を体験してもらう必要がある

――新型機は「非常に戦略的な価格」とのことですが、ここで儲からないとすれば、収益拡大という面では何がカギになりますか。

まだまだ投資フェーズなので、まずは「VR・ARの世界でも人と人とのつながりを作る」というミッションの実現のためにできることをやっていく。何か確立したビジネスモデルがある世界ではないので、一方向に進むというより、いろんな方向に関心を寄せてテストしているという段階だ。

あじさわ・まさひろ/フェイスブックジャパン代表取締役。2000年オグルヴィ・アンド・メイザージャパン入社。2008年、日本マイクロソフトにてPC及びモバイルディスプレイ広告ビジネスを統括。2012年、Twitter Japanに入社、上級執行役員広告事業担当本部長、日本・東アジア地域事業開発担当本部長などを歴任。2020年1月から現職(撮影:梅谷秀司)

もちろん端末が普及して、ゲームを中心としたアプリのマーケットプレイスが立ち上がってくれば、ビジネスとしてそれなりに大きくなるとは思う。とはいえフェイスブック社全体で見れば、広告ビジネスから得る収益が圧倒的に大きい。VR・ARに関しても、人々のつながり作りを実現する中で新しいビジネスモデルはおのずと出てくると思っている。

――長丁場になりそうですね。

大前提としてやっぱり、これだけ進化しているんだというのをできるだけ多くの人に体験してもらわないといけない。(初期のハードで植え付けられた)「VRってそんなもんか」という印象を塗り替えていくことが大事。今までにない経験をできる、そういう感動を感じてもらえると、市場の広がりも早まるのではないか。

今回、新型機で僕がいちばんプレーしているゲームは「テトリス」なんだけど、絶対やってもらいたい。今までだと、コンセプトがよくてもクオリティとしてなかなか返ってこなかった。それが進化したハードでプレーすると、まるで本当に宇宙の中でテトリスをやっているみたいな感動がある。こういう気づきをできるだけたくさんの人に届けるのが最優先課題だ。