試されるのは正確性よりも思考のプロセス
地頭力をシンプルに表現すると、「結論から」「全体から」「単純に」考える3つの思考力になります。この3つの思考力は訓練によって鍛えることができるものであり、地頭力を鍛えるための強力なツールとなるのが「フェルミ推定」です。
まずは、以下のフェルミ推定の例題を考えてみてください。
例題:世界中のマクドナルドの年間売り上げの合計は何ドルか?
※解答に際してのルールは、以下の2つです。
・制限時間5分(厳守)
・ネット検索は不可
挑戦の結果はいかがだったでしょうか?
以下に解法の例を示します。
強調したいのは、この例題で試されるのは最終的に出てきた結果の正確性よりも、どういう考え方で解答に至ったかという「思考のプロセス」です。
この数字を「知識」として知っている人は少ないでしょう。また、ここでより重要なのは正解に近づくための「算出ロジック」です。そうなると頼りにすべきは最低限の常識(知識)と純粋な考える力、すなわち地頭力だけになります。
どうすれば世界の売り上げの合計が算出できるでしょうか。
5分という短時間で計算するに際して、大きく2つのアプローチが考えられそうです。1つはマクロから、つまり世界人口から「1人当たり年間どの程度食べるのか?」を考える方法です。もちろん全体だとざっくりしすぎるので、5分の時間があれば、
(2)中程度に食べるグループ
(3)ほとんど食べないグループ
といった形で大きく分類して、おのおのグループごとにその人口と来店頻度および平均購入単価から算出することはできるでしょう。
さらに大きくもう1つのアプローチはもう少しミクロの視点で、つまり店舗ごとの来店客数を考えて、それに世界の店舗数をかけるというやり方も考えられます。こちらのほうが少し詳細を考慮する必要があるためにマクロ型よりも時間はかかりそうですが、5分あれば何とかなりそうなので、こちらで算出してみることにします。
モデルの選択はその時点での時間と入手可能な情報量によって変わりますので、両者を簡単にシミュレーションしてみて、どちらが適切そうかを選択することになります。たまたまでも自分が特定の情報を持っていれば、それを活用して考えることも可能です。
まずはシンプルに算出してみる
次に対象をモデル化して単純な要素に分解します。まずは全体の算出ロジックをシンプルに表現すれば以下のようになるでしょう。
あとはおのおのの要素を計算することになりますが、ここがこの解法の肝の部分であり、いかにうまい切り口で分解し、推測可能かつ時間内で計算できる適当な粒度に因数分解するかがポイントとなります。
まず上記が最もシンプルな算出モデルですが、さらにこれらを計算するためには、1店舗の売り上げであればそれを1日の来店客数×客単価とすることができるでしょう。
また、世界の店舗数の算出には複数のモデルが考えられます。例えば日本の店舗数を算出してから世界に展開するとか、日本での人口当たりの店舗数を概算してからそれに世界人口をかけるといったやり方です。
ここでも自分の有している情報や知識と時間を考慮して最善のやり方を選択することになります。例えば、過去の経験やたまたま最近読んだネットニュースから、コンビニや牛丼チェーン店の日時売り上げの土地勘がある場合もあるかもしれません。
実際に試算してみる
ここから数値の代入と計算に入っていきます。そのためには②のモデル分解で誰でもある程度の数字の推測が可能なところまで因数分解するところがポイントです。
ここでの「誰でも」という前提は、イメージ的に(義務教育程度の知識を有していると想定される)「中学校3年生」程度を想定します(ビジネスの現場でも、どの業界にいるどの階層の人でも同じ土俵で話せるためにはほぼその前提で話すことは必要となるでしょう)。
まず1日当たりの1店の売り上げは次のように仮定して算出します(以下の各々の数字は、ほとんどの人に1度や2度は経験があると思われる過去の「マクドナルド経験」からのざっくりとした概算値を用いています)。
※繁忙時間帯は、朝食時1時間、ランチタイム2時間、ディナータイム2時間
繁忙時間帯が60人/1時間
非繁忙時間帯が30人/1時間
繁忙時間帯が3台
非繁忙時間帯が2台
繁忙時間帯が5ドル
非繁忙時間帯が2ドル
上記の前提での計算式は、以下のようになります。
60人×3台×5時間×5ドル=4500ドル
30人×2台×15時間×2ドル=1800ドル
4500ドル+1800ドル=約6300ドル(=1日当たりの1店の売り上げ)
もしここまでを5分で計算するのは厳しいと考えるのであれば適宜まとめて(例えば繁忙時間帯と閑散時間帯を分けずにざっくり平均値で算出するとか)計算をシンプルにすることもできます。
よく知っている市の人口とそこでの店舗数から日本における人口当たりの店舗数を概算するとか、平均の1県当たりの店舗数から日本の店舗数を計算するなどして、世界の店舗数を算出します。
ここでは日本並みに店舗が存在するエリアと、新興国のようにもう少し人口当たりの分布が少ない(数分の一)のエリアに分けて算出してみます(密集地域は日本の市街地をサンプルとして想定して、例えば10万人ぐらいの市に2店舗といった値から推定し、非密集地域はざっくりその「数分の1」→計算しやすい数字に丸める)。
マクドナルドの店舗数の分布は、
非密集地域が1店/20万人
店がない地域が0店
世界の店舗数は世界人口から推測して、
非密集地域が20億人/20万人 ≒ 1万店
店がない地域が0店
2万店+1万店+0店=3万店(=世界の店舗数)
以上から、年間売り上げの合計は以下のように算出できます。
約6300ドル(=1日当たりの1店の売り上げ)× 3万店(=世界の店舗数)× 365日(年間日数)≒ 690億ドル(=年間売り上げ)
実際のマクドナルドの年間売り上げを2019年度のアニュアルレポートから確認すると、直営店の売り上げ〈94.21億ドル〉とフランチャイズ店の売り上げ〈907.57億ドル〉の合計の概算から約996億ドルとなります。
さらに同資料から世界の店舗数は3万8695です。
「ざっくりと短時間で概算して桁の感覚をつかむ」というビジネスにおけるフェルミ推定の意図を考慮すれば、目的はある程度達成されたといってよいでしょう。
「結論から、全体から、単純に」考えたか
ここまでの解法の例を読んで、読者はどう思われたでしょうか。おそらく、はじめに例題を読んだときは「見当もつかない問題だ」と思った人もいるかもしれませんが、少しずつ問題を冷静に「解きほぐしていけば、常識的な知識の範囲で、「桁の感覚をつかむ」程度の誤差にまでは、5分もあれば算出が可能なのです。
①アプローチ設定、②モデル分解、③計算実行、④現実性検証のプロセスで、「結論から、全体から、単純に」考えることができたか。「結論から考える仮説思考力」「全体から考えるフレームワーク思考力」「単純に考える抽象化思考力」を駆使してのトレーニングになったことと思います。
ビジネスにおけるフェルミ推定の活用
このようにフェルミ推定は「ざっくりと概算する」ことが必要な場面における思考プロセスを習得するためのツールとして用いることができます。
実際のビジネスにおいては、例えば新規事業を考えるうえでの売り上げ予測の仮説を立てるような場面で用いることができます。
今回の例題に限って言えば、本当にマクドナルドの昨年度の売り上げを知りたければ、初めから「ネット検索」すればいいわけで、ここで示したような回りくどくかつ精度の低い計算をする必要はありません。
あえて例題として取り上げた理由は、あくまでも実際のデータによる「検証」ができる数字を対象としたからです。現実的には「新規事業の3年間の売り上げの見込みを出す」というような場面で活用できます。
また、フェルミ推定はあくまでも「思考のプロトタイピング」であるために、結果そのものが重要というよりは、算出結果を基にして、さらにどのようなデータがあれば精度が上がるのか、あるいは売り上げ予測のようなものであれば、どの要因を上げれば全体の数字を上げることができるのかといった次のステップのためのシミュレーションに使うことができるのです。
このようにフェルミ推定は「思考力のトレーニング」に加えて、実際のビジネスの場面でも直接的に役立てられる場面がとくに仕事の川上、つまり「ざっくりと概要をつかむ」場面で活用することができるのです。
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