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「AI婚活導入」を急ぐ日本政府が的外れな理由

2021年度から、国は自治体が行う「AI(人工知能)を活用した婚活支援事業」を補助金交付で後押しします。年齢や年収といった希望条件に合わなくても、相性の良い見合い相手をAIで選び出すことで、婚姻数を増やし、少子化を食い止めようという狙いです。

現在、少子化対策として自治体の多くが「結婚を希望する男女を仲介するマッチングサービス」を実施しています。これまでは年齢・学歴・職業・年収などの希望条件に当てはまる相手を紹介する方式が一般的でした。

これに対しAIを活用したシステムでは、趣味や価値観などの質問への回答やシステム内の検索傾向などをもとに、希望条件と合致していなくても「自分に好意を抱く可能性のある人」を割り出し、提案することができます。

今回は、「国・自治体が行うAI婚活支援には効果があるのか」という点について考えてみましょう。

日本が抱える問題は「婚姻数の減少」

少子化の原因は複雑かつ多様ですが、日本で直接的に問題になっているのが、「婚姻数の減少」です。

スウェーデンやフランスでは非嫡出子(婚外子)が子供全体の50%を超えるのに対し、日本では2018年に生まれた子供のうち非嫡出子は2.29%に過ぎません。日本では、結婚した夫婦が子供を産むというのが一般的で、出生率を上げるには、まず結婚する人を増やす必要があります。

近年、生涯未婚率が急上昇し、男性24.2%、女性14.9%(「国勢調査」2015年)。それに伴い、2000年に約80万件だった婚姻数は、2019年は約60万件となり、減少傾向が続いています。新型コロナウイルスの影響から人々の交流が減る中、今年・来年はさらに婚姻数が減り、少子化が加速することも予見されます。

25歳から34歳の日本人が結婚しない理由の第1位は「適当な相手にめぐりあえない」で、男性45.3%、女性51.2%です(厚生労働省「結婚と出産に関する全国調査」2015年)。そこで国・自治体は、子育て支援を中心とした従来の少子化対策に加えて、マッチングを推進しています。

 

マッチングで問題になるのが、実際にカップルになり、結婚するかどうかという成婚率。そして、成婚率を左右するのが、両人の相性です。いくら容姿や収入など客観条件が優れていても、相性の悪い相手と長く結婚生活を営むというのは、さすがに躊躇してしまいます。

古くは親戚や勤務先の上司、世話好きな隣人といった関係者、あるいは結婚相談所の相談員が両人の相性を見極めていました。しかし、社会環境が大きく変わり、関係者による仲介が機能しづらくなっています。国・自治体は、こうした相性の見極めをAIに置き換えようとしているわけです。

「AI婚活」が抱える問題点

ここまで読む限り、AIで婚活を促進するというアイデアは、たいへん理に適っています。ただ、それを国・自治体が進めることに関しては、いくつか問題点があります。

まず、AIが威力を発揮するには、ビッグデータが必要です。結婚を希望する男女の性格・特徴・趣味・嗜好などのビッグデータをAIで解析することによって、人間ではなしえない効果的なマッチングを実現することができます。ところが、自治体には、住民のデータはあっても、婚活のマッチングに有用なビッグデータはありません。

AIが人間よりもとりわけ有利なのは、地理的・社会的に離れて接点・共通項のない、まったく見知らぬ男女をマッチングする場合です。自治体が、たくさん接点・共通項がある地域住民同士をマッチングする分には、AIがやっても人間がやっても、さほど大差ないでしょう(人をAIに置き換えれば、人件費削減の効果はあるかもしれませんが)。

さらに、実際に結婚という成果を実現するには、マッチングで男女を引き合わせておしまいではなく、カップルになり、結婚に至るよう、丁寧にフォローする必要があります。もちろん、自治体にはそういうフォローアップのノウハウはありません。

つまり、AIを活用して婚活支援をするのはいいことですが、自治体がそれを担うのは力不足なのです。

では、誰がAIを使って婚活支援するのに適役なのでしょうか。民間の結婚紹介業者は、すでにデータがかなり蓄積されており、フォローアップなど事業運営のノウハウを持っているので、断然適役に見えます。

「結婚紹介業界」が抱える問題

お見合い文化の日本では、結婚相談所など結婚紹介業はあまり発展せず、平成初期まで500億円程度の市場規模だと言われていました。ところがその後、婚活ブームが起き、婚活アプリなど技術革新もあって、今では2000億円のビジネスに成長しています。

ただ、業界にはさまざまな問題があり、結婚したいという国民の願い、婚姻数を増やしたいという国・自治体の期待に十分に応えることができていません。極論すると携帯電話1つあれば起業できる参入障壁の低いビジネスのため、質の悪い事業者が横行しているからです。

不透明な価格体系で利用者に法外な手数料を請求する業者が多く、「高額の入会金を払わされた。退会したら返還してくれる約束だったのに、返還してくれない」といった苦情が後を絶ちません。

「結婚相談所で紹介された外国人女性と現地で結婚式をしたが、女性は来日せず、次々と手数料を請求された」といった悪質なケースもあります。多くの婚活アプリは、出会い系サイトと類似したサービスを提供しており、性犯罪や美人局(つつもたせ)の温床にもなっています。

独立行政法人国民生活センターには、結婚相談所に関するトラブルや苦情の相談が多数寄せられており(2019年は1607件)、ちょっとした社会問題になっています。

また、伝統的な結婚相談所は勘と経験に頼った労働集約型の事業システムで、オペレーションが合理化されていません。そのため、事業者の多くが低収益に悩まされています。

ただでさえも信用度が低く、悪評が高い結婚紹介業界。来年以降、信用度が高い自治体が国からの補助金をバックに低価格で本格的に参入してきたら、結婚紹介業界は壊滅的な打撃を受けることでしょう。

国からすると、「怪しげな民間事業者に国家的な課題である婚活支援を任せるわけにはいかない。国民に良質なサービスを提供するには、自治体に婚活支援を主導してもらおう」という考えかもしれません。

たしかに結婚紹介業者には問題が多いものの、民間事業者のほうがうまくやれることを非効率な自治体がわざわざやるというのは、典型的な民業圧迫。国・自治体は婚活支援から一歩引いて、民間事業者を支援し、育成する側に回るほうがいいのではないでしょうか。

「AI婚活」よりも大事なこと

以上のように今回の国による自治体への支援は決して適切なものとは言えません。どうしても予算を使うというなら、民間事業者のAI活用を補助金や税制などで支援したほうがいいように思えます。また、国民が安心して婚活支援サービスを利用できるように、優良事業者を認証する制度の整備、事業者の監視、悪質な事業者の取り締まりなどを先に進めてほしいものです。

一方、自治体は、マッチングなど婚活支援からは手を引いて、民間事業者に任せます。そして、住民が安心して子供を産み育てることができるよう、福祉や医療といった本来業務に専念したほうが、それぞれのノウハウを生かせるので適材適所といえるでしょう。

日本人が子供を産みたがらない大きな原因のひとつに、日本という国に将来性がなく、子供たちに不幸な思いをさせたくないというものがあります。地方の自治体に若い世代が住みたがらないのは、職がない、住環境が悪いなど、魅力が乏しいから。国・自治体は、婚活支援に前のめりになるよりも、まず夢と希望のある魅力的な国・自治体を作ることに邁進してほしいものです。