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Uberが後発なのに世界一になれた経営学的理由

大量消費も豊かさへの欲望も「善」

よい暮らしをしたいという個人の欲求が、よりお金を稼ぎたいという欲求になり、労働力が生まれます。よい暮らしをしたいという個人の欲求が、利益の最大化・成長という企業の目標と重なり、企業はよりよい製品・サービスを開発して提供します。

より多くを所有・消費したいという個人の欲求が、需要を大きくします。大きくなった需要に応じて企業が成長し、多くの雇用を生んで人々を豊かにします。豊かになった人々はさらに多くを消費する。好循環ですね。

産業革命以前は、希少な資源を浪費することは悪でした。でも、資源や製品の大量消費(浪費?)は「善」になり、企業の儲けたいという欲求、個人の豊かになりたいという欲求(欲望?)も「善」であり、それこそがイノベーションや成長の原動力なのです。

現代の企業経営は、このパラダイムのもとに行われてきました。

企業や個人の欲求が成長の原動力であるというのが現代の企業経営のパラダイム(KADOKAWA提供)

しかし近年、資本主義による企業の成長、消費者の大量消費というパラダイムは、資源の枯渇や気候変動などの地球環境の悪化を招くという問題を引き起こしています。

また、日本が先行している人口減少に伴い、経済規模が縮小するかもしれません。一方で多くの人が、経済的利益を超えた価値観で意思決定・行動するようになりつつもあります。

このような行き詰まりに、DX(デジタルトランスフォーメーション)によるイノベーションという明るい材料が加わって、企業経営のパラダイムに大きな変革が起きつつあります。例えば、近年では、大企業よりもスモール/ベンチャー・ビジネスのほうがイノベーションを起こすといわれています。大企業万能時代は、終焉を迎えるかもしれません。

また、消費者が自己の「物欲」で大量消費する、という前提も変わりつつあります。「所有せずにシェアする」「金銭以外の価値をより重要視する」「自己利益よりも社会の利益を大切にする」など、すばらしい新規事業機会が生まれる素地が整いつつあるのです。

さらに、技術の進化により「生産者対消費者」という構造も崩れつつあります。例えば、執筆したものを、出版社を介さずに直接ネットにアップして販売することも可能になりつつあります。消費者が企業を頼らずに、自らが「生産者」になる新しい可能性が生まれつつあるのです。

企業経営のパラダイムに大きな変革が起こっています(KADOKAWA提供)

資本主義の原則から逸脱したウィキペディア

こうした背景により、今までの資本主義では考えられない企業経営が現れつつあります。例えば、ウィキペディアです。

資本主義的企業経営には、以下の4つの原則がありました。

  • ①営利企業のほうがよりよいサービスを提供できる
  • ②貨幣による財・サービスの交換がベストである
  • ③消費者には所有欲がある
  • ④生産者と消費者は別の主体である
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ところが①については、非営利団体であるウィキペディアが従来の百科事典を凌駕しました。

資本主義的企業経営の原則が崩れています(KADOKAWA提供)

②は、人・企業の原動力は経済的利益、つまり「お金」であるという前提です。「無料のサービスは品質が低い」「無料で働く人は質が低く、いつでも辞めてしまうから当てにならない」、だから「お金を払ってこそ事業が成り立つ」という考え方です。

でも、ウィキペディアの執筆者は、無料で執筆し、利用者も無料で利用しています。

③は、人間の所有欲が需要を生み出すという前提です。ところがこれも、我々はウィキペディアを購入して所有しているわけではありません。ほかにも、自家用車のようなステータスの象徴と思われていた商品ですら、シェアリングが増えています。

最後の④の前提も崩れています。我々はウィキペディアを利用できますが、自分が詳しいトピックであれば加筆や修正することもできます。つまり、読者であると同時に執筆者なのです。

資本主義こそがイノベーションを起こし、よりよいサービスを生み出すはずです。でも、資本主義の原則から逸脱しているウィキペディアがイノベーションを起こし、既存の百科事典を凌駕したのです。

別の例もご紹介しましょう。「大企業モデル」が生み出された産業革命以後、さらなる技術進化により、小規模でも低コスト・高効率を実現できるようになり、分散して手元にある小規模設備の利用が増えました。

さらに、デジタル化により分散している資源を安価につなぐことも可能になりました。その結果、以前は不可能だった「小規模分散資源の組織化」が可能になりました。その一例が先のウィキペディアであり、最近ではUberやAirbnbです。

重要なことは「大企業による大規模先行投資」という勝ちパターンが崩れたことです。Uberは世界最大のタクシー会社、Airbnbは世界最大のホテル会社です。でも、それぞれタクシーや部屋を自社では所有していません。資源をもたない後発の小企業が、分散小資源を組織化して先発大企業を倒すことが可能になりました。ビジネスの可能性が広がったのです。

2000年代初頭、ウィキペディアが既存の百科事典を凌駕したときに「同じことが我が業界でも起きるかもしれない」と気がついたタクシー会社やホテル会社があったでしょうか? 人間の想像力がいかに貧困であるかという事例ともいえます。

「他業界だから関係ない」では済まされません。むしろ異業種で起こっていることにイノベーションの示唆があるはずです。

ビジネスの可能性が大きく広がっています(KADOKAWA提供)

企業戦略の根本原則が変わる

200~300年に1度起きるか起きないかというパラダイムシフト(大きな価値観の転換)が起こりつつあるという見方もありますが、現時点では定かではありません。これは、教科書的な答えのないテーマです。まさに皆さん一人ひとりが考えるべきことです。

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これまで述べてきたような、「資本主義自体に大きな見直しがなされるなどありえない」と思うかもしれません。でも、実は資本主義にしても、たかだか200~300年前に確立した新しいパラダイムで、それ以前は、ほぼ正反対のパラダイムのもとで社会・経済が機能していたのです。

資本主義以前は、小規模分散の小さな村単位での自給自足型経済で、自分で生産して自分で消費する形がむしろ普通でした。財産の多くは共有財産で、私有財産という概念は希薄でしたから、村の都合を無視して自己利益を追求するのは「悪」であり、これに反した人は村八分という制裁を受けたのです。

それからすれば、ここでもう1度パラダイムシフトが起きてもおかしくはありません。そうなれば、企業戦略の根本原則が変わるでしょう。どのような方向で変わっていくのかは、定かでありませんが、うまく対応すれば大きなチャンスになるでしょう。逆に、過去の成功にしがみつく企業にとっては脅威にもなりますが……。このことは、ぜひ皆さん自身が考え続けてください。