· 

大手企業の「東京脱出」がなかなか進まない背景

コロナ禍拡大が底なし沼の様相を見せている。経済への影響も深刻で、10月の完全失業者数は215万人となり、前年同月に比べ51万人もの大幅増加となった(厚労省=労働力調査)。

新型コロナウイルス関連倒産は12月4日時点で767件判明している(帝国データバンク)。日本企業はコロナ不況の中で、まさに生き残りをかけた緊迫した対応を迫られている。

そうした中、11月中旬、霞が関である会議が行われた。国土交通省の「企業等の東京一極集中に関する懇談会」だ。この会議で、興味深いアンケート結果が発表された。都内に本社を置く上場企業2024社を対象にしたもので、コロナ禍で注目されているテレワークや本社移転などに関する内容だ。

このうち「本社事業所の配置見直し検討」の回答結果を見ると、配置見直し(全面的な移転、一部移転、縮小)を検討している企業は26%(97社)で、2020年に入ってから検討を開始しているのは14%だった。2019年以前から検討している企業(45社)のうち76%は全面移転を検討。2020年に入ってから検討の企業(52社)では、全面移転は35%、一部移転が17%となっている。

移転先としてどこを考えているのか?

では、移転先として考えているのはどこなのか。移転を具体的に検討している企業(71社)を対象にしたところ、①東京23区:73% ②埼玉県・千葉県・神奈川県のいずれか:21%③23区以外の東京都:17%の順(複数回答)で、関東近郊が6%で続いた。大都市圏・その近郊以外の地方圏はわずか4%しかなかった。

「コロナ禍で企業の地方移転が進んでいる」といったニュースが散見されるが、上場企業の意識はやはり「在東京」なのである。コロナ感染だけでなく大地震の恐れなどBCP(事業継続計画)対策が叫ばれている中、なぜ、リスクの高い東京なのか。移転実績や検討のない企業が挙げた「移転検討が困難な理由」は次の通り。

①移転先での人材採用:26% ②移転費用:18% ③既存の社外コネクション維持:17% ④業務の生産性の低下:17% ⑤移転先の選定:13% ⑥現在の社員の赴任:8%

多くの企業が東京にこだわるのは、現在の本社が東京に立地する要因からもうかがえる。

①企業・取引先等の集積:56% ②都市間交通の利便性:45% ③歴史的経緯:42% ④人口の集積・市場規模の大きさ:41% ⑤優秀な人材獲得の優位性:37%

つまり、地方移転はメリットよりもデメリットが大きく、東京にとどまるほうがはるかにメリットが大きいという判断なのだろう。これではよほどのことがない限り、本社機能の全面移転や一部移転は進みそうもないように思えてしまう。

 

参考までに、筆者の知人が勤務する都内の一部上場企業の社員20人(本社および首都圏勤務)に、本社が移転するとしたときの希望地を聞いてみた。その結果は、①東京都12人 ②大阪府4人 ③神奈川県2人 ④千葉県、香川県1人だった。ここでも地方移転の希望者はほとんどいない。パソナの社員1200人淡路島移転は、やはりレアケースだったのだろうか。

 

「脱東京」に関しては、もう1つ注目のデータがある。総務省が毎月まとめている住民基本台帳に基づく人口移動だ。10月の東京は2715人の転出超過だった。これで7月から4カ月連続で転出超過=人口流出となっているのだ。2020年になってからは、5月を含め転出超過が5回となった。数字的にはわずかではあるが、コロナ禍の中で「脱東京」の動きが続いているのだ。

再開発が進む福岡市天神エリア。ジャパネットホールディングスが入る予定のビル(写真:筆者撮影)

それは個人の動きだけではない。動きの鈍い上場企業ではなくベンチャー、中小企業などが本社機能を東京から移転したり、サテライトオフィスを設けるケースが見られるようになっているのだ。

茶類販売大手のルピシアは、7月26日の臨時株主総会で本社を東京都渋谷区から食品工場などがある北海道ニセコ町に移転することを決めた。ジャパネットホールディングスも11月、再開発が進む福岡市天神地区に新拠点を設け、都内のオフィスからグループ経営機能の一部(約50人)を来年冬をメドに移転すると発表した。

東京は49社の転出超過

改めて、これまでの東京からの本社機能の移転の実情を見てみよう。帝国データバンクの全国「本社移転」動向調査(2019年)によると、東京都は転出・629社、転入・580社で49社の転出超過となっている。

移転先として人気の茨城県(写真:筆者提供)

実は、コロナ禍の前から転出が上回っていたのだ。東京圏(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県)でみると66社の転入超過。東京圏からの転出先は①大阪府32社 ②茨城県30社 ③静岡県20社 ④福岡県18社 ⑤群馬県、愛知県16社となっている。

同調査が注目しているのは茨城県で、「東京圏へのアクセス性向上のほか、広い本社・工場用用地の確保、AIなど先端分野施設の移転で最大50億円を補助する本社機能移転強化促進補助金など支援政策も用意。東京圏からの移転候補先として近年急速に台頭している」と分析している。

コロナ禍で東京一極集中リスクが改めて焦点となる中で、リスクヘッジを兼ねて本社機能の移転・分散化を考える企業を誘致しようという地方の動きも盛んだ。IT関連企業の間で話題になっているのが、広島県の「企業立地促進助成制度」である。

デジタル系企業などを対象に、本社機能の移転・新設の「短期プロジェクト参加型」と「移転・分散型」の2種類のコースが設定されている。メインの「移転・分散型」は移転に伴う初期費用を最大2億円支援する(研究開発部門を含む場合は3億円)。オフィス改装費用、オフィス機器購入、人材紹介手数料などは50%サポート。県内に移住することになる大企業の代表者には最大1000万円(中小企業は500万円)を提供、住居賃料も50%サポートする。

それだけではない。社員とその家族にも1人当たり200万円提供するというのだ。つまり、会社の移転で家族4人で移住すれば、その一家はなんと800万円ものキャッシュを手にすることができるのである。このほかにも県内の市や町によってはオフィス賃料のサポートもある。至れり尽くせりである。

デジタル系企業を誘致したい広島県

この制度の予算は、広島県が9月の補正予算で組んだもので総額10億円。10月6日から2021年2月28日(予定)までの期間限定だ。この太っ腹の支援策について、広島県商工労働局県内投資促進課に狙いと応募件数などを聞いてみた。

「広島県は自動車、造船などモノづくりが盛んな県ですが、これからのグローバル競争を勝ち抜いていくためにはデジタル系企業を誘致して、製造業と絡めたイノベーションが欠かせないという判断が根底にはあります。

コロナ禍で地方移転への関心が高まる中、ピンチをチャンスに変えようということでこの制度を設けました。これまで短期プロジェクトには60件超、移転・分散型には360件の問い合わせがあり、2社に対し交付が決定しています。最初は小規模で来ていただいて、この地で大きく成長していただければと思います」(県内投資促進課の担当者)

広島県への企業移転は2017年以降、11社、14社、15社と微増中。今年は10月末までで今回の2社を含めて13社となっている。

「企業誘致による税収増や経済効果といった直接効果はもちろんですが、それよりも新たな雇用創出につなげていくことで若者の人口流出や、デジタル分野での人材育成環境の構築につなげていきたいと考えています」(前出の担当者)

市町村レベルでの誘致支援策も各地で実施されている。東京から新幹線で1時間20分の長野市には「長野市企業移転・移住支援金」の制度がある。令和3年3月10日までに県外の3人以上の法人が長野市に本社移転または事務所を設置すれば、移転支援金300万円、社員1人移住につき50万円(上限5人)を支援するというもの。

最大550万円の支援だ。6人の場合は、他の制度との併用で、最大1100万円の支援となる。これまでに1社が確定し、2社が申請中、2社が申請前段階だという。

人口減が続く長野市だが、光明は差し始めている。昨年は移住者が48人、今年はそれを上回るペースだという。コロナ禍での移転を通じ、さらなる人口社会増を図りたいところだろう。コロナ禍をチャンスに変えるべく全国各地の自治体が企業誘致合戦を繰り広げているのだ。

地方移転のメリットを強調しがち

問題は企業移転が決まったときの社員の立場、環境である。本社機能の一部移転などで希望者だけで済むという状況ならともかく、移転に伴い望まない移住をせざるをえなくなったとき、すんなりと応じられるのだろうか。

「メディアは地方暮らしでコロナ禍の感染リスクが低下する、自然豊かな環境でのびのび暮らせる、生活コストが下がるなどメリットを強調しがちです。パソナの淡路島移転でも好意的な反応が目につきました。

でも、実際に移住となったら、コトはそう単純ではありません。配偶者が都内企業に勤務しているケース、子どもが私立の一貫校に通学しているケース、マイホームを手に入れたばかりのケース、両親の介護に追われているケースなど社員個人にはさまざまな事情がある。

会社のBCP最優先で社員が犠牲になるのは本末転倒です。移転企業は事前にケア、フォローをどこまでできるのか、待遇面の変化はあるのか、社員に対し納得のいく説明が必要でしょう」(経済ジャーナリスト)

本社移転ともなれば一時的な転勤とはまったく異なる。東京圏での生活を基盤にした人生設計を根底から変更せざるをえなくなるのだ。そんな事情が、上場企業の地方移転が進まない背景の1つにあるのかもしれない。むしろ、ベンチャーや中小企業が地方に移転して活躍の場を広げ、大きく羽ばたいていくほうが可能性が広がるかもしれない。

地方自治体にとっても、大規模な企業の移転のほうが目先の直接的効果は大きいかもしれないが、ベンチャーや中小企業との時間をかけた付き合いのほうが、お互いの活性化にとってプラスになるのではないだろうか。

新型コロナウイルス感染拡大という前代未聞の災禍を通じて、企業と社員、そして地方自治体がどんな関係を構築していくのか。新たな可能性を秘めた取り組みが全国各地で広がっていきそうだ。