ドンキ前社長「知人に株購入勧め逮捕」の妥当性

ドンキホーテホールディングス(現パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)に対する2018年の株式公開買い付け(TOB)をめぐって、公表前に自社株の購入を知人男性に不正に勧めた金融商品取引法違反(取引推奨)の疑いで、ドンキ前社長の大原孝治容疑者が逮捕されました。

金融商品取引法は、TOBなど上場企業の未公表の重要事実を事前に知った会社関係者が、利益を得させる目的で重要事実を伝えたり、他人に株取引を勧めたりする行為を禁止しています。

重要事実とは、今回のようなTOBの事実のほか、業績の上方・下方修正、配当の情報、業務提携の事実などがあります。

取引推奨の疑いで逮捕者が出たのは2例目

一般の投資家は、公表されなければ重要事実を知ることができませんから、情報を知る一部の人だけ先行して株取引を許してしまうと、一般の投資家にとって不公平な結果となるのは当然です。このような結果にならないよう金融取引市場の健全性、関係者の信頼を守るためのルールがインサイダー規制なのです。

そして、重要事実を知る人自身が株式を取引することを禁ずるだけでなく、重要事実を他人に伝えたり、株取引を勧めたりする行為自体も処罰するよう2014年に法改正がなされました。取引推奨の疑いで逮捕者が出るのは、2018年にスミダコーポレーションの元社外取締役が逮捕されて以来、2例目です。

なお、勧められて株取引をした側は重要事実を知らない限り、処罰対象とはなりません。今回株を購入した前社長の知人は、勧めに応じて株式を購入していても、具体的な重要事実(TOB)を知らなければ、罰せられないのです。

逮捕容疑は2018年8月上旬、ユニー・ファミリーマートホールディングス(現ファミリーマート)との間におけるTOBや、同社子会社の総合スーパー「ユニー」の株をドンキが取得して完全子会社化する重要事実を知り、知人に利益を得させる目的で株の買い付けを勧めた疑いになります。

このTOBでは、ユニー・ファミリーマートHDが同年10月11日、ドンキ株の20%にあたる約3210万株を約2100億円で取得すると公表しました。一方、ドンキHDも同日、ユニー・ファミマ傘下のユニー株をすべて取得し、ユニーを完全子会社化すると公表しました。

大原容疑者はドンキ社長だった同年8月頃には、TOB実施やドンキ側によるユニーの完全子会社化を知っていたのに、その公表前に複数回、知人にドンキ株の購入を勧めたといわれています。その知人は8月中旬の会食で、大原容疑者から「うちの株、ちょっと安いですよ」と言われ、その後に電話でも株購入を勧められたといいます。

働きかけの意図があったと考えられてもしかたない

大原容疑者は逮捕前、「知人に利益を得させる目的はなかった」「自分には(知人をもうけさせる)動機がない」「8月の知人との会食で『今の株価と業績を考えたら買っておいたほうがいい』とは言ったと思うが、その後の電話で何を言ったのか覚えていない」と話したと伝えられています。

自社の株について複数回にわたり話をしていること、さらには会食時だけでなく、わざわざ電話でまで話していることが事実だとすると、働きかけに意図があったと考えられてもしかたがないでしょう。

ユニー・ファミリーマートHDが10月11日にTOB実施を発表すると、ドンキ株の同日の終値は前日の6050円から6680円に上昇しました。

そして、実際にその知人は、9月上旬から10月上旬までの間に、およそ4億3000万円で7万6500株を買い付け、その後同株を売却することにより約6000万円の利益を得たといいます。さらには、この知人から勧められた親族らも利益を得ていたとの報道もあります。

なお、このTOBはこの年の11月7日から12月19日まで行われましたが、株価の市場価格が買い付け価格の6600円を上回る水準で推移し、当初想定していた買い取り株式数に満たなかったため、不調に終わっています。

では、なぜTOBが発表されると、株価が上昇するのでしょうか。

TOBの場合、株式を買う側としては、当然その時点の市場で取引されている価格で購入したいと考えます。しかし、売る側としては「それほど売ってほしいなら、もっと高い価格で買ってくれ」と考えるのも当然です。

買う側は、市場価格より多少高く買い付けてもその投資以上に回収できると考えて買収を決めるわけですから、市場価格に一定金額を上乗せした買付価格を提示するのです。この上乗せは買収プレミアムと呼ばれます。

そして、TOBの際の買収プレミアムの相場(平均)は、ここ数年、市場価格から20%~40%程度で推移しています。TOBとなれば買収される側の株主は、それだけのプレミアムを得られるわけですから、TOBが発表されると途端に株価が跳ね上がるのです。

ドンキ株の2018年9月3日の終値は、1株当たり5480円でした。その後、株価はいくぶん上昇し、10月9日の終値は5530円でした。

その翌日、今回のTOBが報道されると、プレミアムを想定した投資家の買い注文が集まり、前の日の終値から1日で520円上昇して6050円となりました。さらに翌11日にTOBが正式発表されると、株価はさらに630円上昇し、その日の終値は6680円となりました。9月3日の終値と比べると1200円、約21%上昇したことになります。(さらに、株価は上昇し、11月26日に同年の最高値をつけています)

不自然な取引はすぐに選別される

東京証券取引所は、2007年に東京証券取引所自主規制法人という法人を設立しました。この自主規制法人が取引所の委託を受けて、株式取引の審査などを業務としています。TOBが発表され、株価が上昇した場合には、証券会社からの情報提供を受けた同法人が、TOB発表の前に株式を購入した取引、関係者の取引などを調査します。

証券取引所では日々、大量な数の取引がなされており、そのすべてを監視することは不可能にも思えますが、不正な取引はほぼすべて抽出されます。具体的にどのような方法で監視しているのかについては公表されていませんが、高性能のコンピューターシステムにより不自然な取引はすぐに選別されるようになっているはずです。

このような不自然な取引は自主規制法人から金融庁の審議会である証券取引等監視委員会に報告されます。同委員会は質問や検査といった任意調査だけでなく、裁判官の発する許可状により捜索、差し押さえといった強制調査をする権限まで与えられています。

今回のケースでも、委員会は昨年11月と今年8月に、大原容疑者の関係先を強制調査し、今回の逮捕につながりました。

重要情報を入手しやすい弁護士や会計士、政治家、マスコミ関係者などが念入りにチェックされていることは想像に難くないですが、中でも当事者となる会社の役員は最も厳しくチェックされているはずです。

最初は取引額を小さくしたり、親族や海外の口座を使ったりして発覚を免れていたとしても、取引記録が積み重なるにつれ捕捉の可能性は上がります。回数を重ねるうちに、やり方が雑になってしまうのです。

ましてや、今回のように4億円を超えるような株購入代金を一般の人が用意することは不可能で、なぜ前社長の知人が、目をつけられることを警戒しなかったのか疑問にすら感じます。

大原容疑者は、繰り返し「知人に利益を得させる目的はなかった」と話しているようですが、会食時だけでなく、電話を含め複数回にわたり株の購入を勧めていたこと、実際に知人が多額の利益を得ていることを合わせて考えると、この言い分が通るとは考えにくいでしょう。「10月11日までに購入するように」とTOBの発表を意識して推奨していたとの報道が事実であればなおさらです。

「そんな法律があるとは知らなかった」は通らない

また、大原容疑者は 「そんな規制があることを知らなかった」とも話しているといいます。確かに、日本の刑法は「罪を犯す意思がない行為は罰しない。」(刑法38条1項本文)と規定し、故意がある場合に犯罪が成立することを原則としています(過失による処罰の規定などがあれば、法律に特別の規定がある場合として処罰されます)。

しかし、「そんな法律があるとは知らなかった」「自分の行為が処罰されるとは知らなかった」という言い分が通るかというと、そうではありません。故意とは、「処罰される犯罪の構成要件に該当する具体的事実の認識、認容」をいうのであり、処罰される法律を知っていたことではないからです。

例えば窃盗を例に挙げると、「他人の物を盗る」という認識が故意であり、「窃盗罪で処罰される」という認識は必要ないということです。

今回のケースでも、大原容疑者が、知人にドンキ株の購入を勧める認識さえあれば、そのことが規制されるかどうかについての認識は問われないということになります。

今回の容疑に関する法定刑は、5年以下の懲役または500万円以下の罰金、またはその両方となっています。前述のスミダコーポレーションの元社外取締役の事件では、本人に刑事有罪判決が下されたほか、会社から善管注意義務違反などを理由に8000万円を超える損害賠償の請求がなされていました。

大原容疑者に対しては、これから検察庁により刑事訴追されるかの判断がなされ、会社側も損害賠償請求をするかを決めることになるでしょう。同容疑者にとっては、今後刑事・民事両面において厳しい裁判が待ち受けていることが予想されます。