· 

病院のWebサイトが美しくてもほぼ意味ない訳

先日、クリニックを開業した友人の医師から「Webサイトを立ち上げたが集客状況が芳しくないので、もっと新規の患者さんが増えるようにアドバイスが欲しい」という相談をもらった。

話を聞くと、クリニック専門のサイト制作会社に数百万円を支払って作ってもらったものの、そのWebサイトに訪れるユーザー数は毎月100人以下だという。当然、新規で患者さんが増えたという実感もない。

結論から言えば、病院の集客において、Webサイトを作っただけでは売り上げには何も貢献しない。これは病院に限らず、美容院、飲食店、不動産屋など、エリアが限られたビジネスを展開するローカルビジネス全般に言えることだ。

しかし開業したてで夢いっぱいの創業者が、店舗の顔とも言えるWebサイトに投資したくなる気持ちはわかる。とくに投資余力の大きいお医者さんともなれば、普通のWebサイトでは飽き足らず、院内のリッチな動画、独自のロゴデザイン、専門性を訴求するコラムなどさまざまな「オプション」を追加していく。

しかし、拙著『デジタルマーケティングの定石~なぜマーケターは「成果の出ない施策」を繰り返すのか?』でも解説しているように、断言するが、これらの大半は一切売り上げにつながらない、お医者さんの自己満足にほかならない。

新規の患者はグーグルマップしか見ない

なぜWebサイトだけで売り上げにつながらないかを理解するためには、まずユーザーの行動を知る必要がある。新規に病院を探すユーザーは、まず「池袋 皮膚科」のように、「エリア×科名」で検索することが多い。もちろん事前に近所に住む友人の口コミがあれば、Webで調べることなく直接病院に行くだろうが、こうした予備知識がない場合、ほぼ確実に「エリア×科名」という検索からスタートする。

 

グーグルで「エリア×科名」と検索した場合、上位に表示されるのは「グーグルマップ」である。グーグル検索はユーザーの求めるページを上位に表示するが、確かにユーザーにとっては個別の病院のWebサイトを1つ1つ見せられるよりも、近隣の病院を一覧できるグーグルマップに入ったほうが便利だろう。こうして大半のユーザーは、個別の病院のWebサイトなど一切見ることなく、検索から一直線にこのグーグルマップに吸い込まれていく。

グーグルマップを開いたユーザーは、まず地図を見て自分が行ける範囲に対象を絞る。次に、口コミの評価が高いものから順に見ていく。この時点で評価が3.0を下回る病院や、評価が数件しかない病院は無視される。病院個別のWebサイトをどれだけ飾りつけようが、グーグルマップの口コミが悪ければ選択肢から除外されるのだ。

口コミの評価が高い病院でもユーザーは鵜呑みにしない。評価の中身を読み、その信憑性を確かめる。ポジティブな口コミは話半分に読むが、ネガティブな口コミは細かく読み込む。このとき、ネガティブな口コミに対して、病院側が返信していなければ、都合の悪いところを指摘されたのだろうと、その口コミを信じてしまう。

病院側が的確に返信をしていれば…

逆に病院側が的確に返信している場合は、病院の株が上がることもある。例えば、患者側が「希望する施術を受けられなかった」と口コミしたことに対して、病院側が「希望に応えられなかったのは申し訳ないが、◯◯の理由で適切な施術をしたまでだ」と回答していれば、誠実かつ安心できる病院だと認識されるだろう。

さらにグーグルマップには、病院の写真、得意な領域などさまざまな情報を掲載できる。これらの情報をさらっと確認し、ユーザーは候補を1~3個に絞り込む。約半数のユーザーはグーグルマップ内の情報だけで病院を選び、直接来院する。病院個別のWebサイトに訪れることはない。残り半分の細かく情報収集したいユーザーは、最終確認のためだけに病院個別のWebサイトに訪れる。

このユーザー行動を知っていれば、どれだけ個別のWebサイトに投資しても、グーグルマップで近隣病院に負けている状態では意味がないことがわかるだろう。グーグルマップ上に自分の病院の情報をもれなく掲載し、いい口コミが増えるような接客を心がけ、悪い口コミにはリアルタイムで回答するという細かい運用が不可欠だ。

これは病院に限った話ではない。ローカルビジネスは、個社のWebサイトが弱いため、ポータル上で比較検討される傾向が強い。美容院ならホットペッパービューティー、飲食店なら食べログ、ホテルならじゃらんなどのポータルで比較される。これらのポータル側で勝つことが、新規顧客獲得の第一歩になる。

Webサイトは最後の「信頼」と「予約」の獲得に使う

ここまで説明してきたとおり、病院個別のWebサイトは、細かく情報収集したいユーザーが最終確認するために存在する。このとき、最後に選んでもらうために必要なのが「信頼」と「予約」の獲得だ。

「信頼」の獲得は、主観的なものだが、まずは小ぎれいなWebデザインが求められる。独創的なデザインは必要ないが、清潔感があり、少なくとも古くさくないと感じる一般的なWebデザインが求められる。加えて、院長の丁寧なメッセージ、対応している施術の網羅性、院内の清潔感ある写真などを掲載することで、ちゃんとした病院だと認識させられる。

「予約」の獲得は、24時間365日受け付け可能な予約フォームを設置するだけでいい。電話が通じない時間帯に予約したいユーザーや、電話を嫌がるユーザーが利用する可能性が高いため、設置するだけで予約率が向上する。

逆に上記以外の過剰な投資をする必要はない。もちろんわずかに信頼を高める効果はあるかもしれないが、それならばグーグルマップに労力を割いたほうがコストパフォーマンスは高いだろう。

多くのローカルビジネスにおいて、新規顧客獲得はグーグルマップなどのポータルに依存せざるをえない。病院個別のWebサイトに投資しても、大きな効果は見込めないのが現実である。

既存顧客向けの施策はデジタル化しやすい

一方で、既存顧客のリピート率を高めるという目的であれば、病院個別のWebサイトが担う役割は大きい。病院を例にとれば、いつ空いているか、いつ混んでいるかなどの情報は、来院を後押しする手助けとなる。さらに、インフルエンザの予防接種、花粉症の薬など、季節性のある情報をちゃんと発信しているかどうかでも、リピーターの来院率は大きく変わるだろう。

『デジタルマーケティングの定石~なぜマーケターは「成果の出ない施策」を繰り返すのか?』(日本実業出版社)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

既存顧客への通知も非常に重要だ。例えば、一部の歯医者は定期検診を促すハガキ(紙)を半年に1回ほど郵送しているが、こうした既存顧客向けの施策はデジタル化しやすい。メールやSNSは無料で既存顧客に情報を届けられるため、ハガキよりも高頻度で接触でき、リピート率を高められる。

このように顧客情報を獲得し、無料で通知する施策は非常に有効だ。飲食店なら季節の新規メニュー、美容ならカットのリマインド、ホテルなら空き室が多い日の限定クーポンなど、さまざまな施策が思い浮かぶだろう。

Webサイトを作る前に、まずは目的やターゲットユーザーの定義が必要だ。「とりあえず家を構えておこう」というような気持ちで作られたWebサイトでは、当然ながら売り上げに貢献するはずがないだろう。