記憶力選手権で優勝した人が語る「記憶」の本質

 

知識ゼロでは「思考力」は育たない

皆さんは「頭がいい人」と言われてどんなタイプの人物を想像しますか。

なんでもものごとを知っている博識な人でしょうか?

それともアイデアが豊富な人?

学校の成績が良い人?

話が上手な人?

論理的思考に長けている人?

おそらく、それぞれにいろいろな頭の良さという定義のイメージをお持ちだと思います。そして皆さんが想像した能力は確かに「頭がいい」ということになるのでしょう。ひとくちに「頭がいい」と言ってもさまざまな角度からの視点があるので、これこそが頭の良さだというふうにひとつに絞ることは難しいでしょう。

しかし、一見別々に思えるこれらの能力にも共通している点があります。それはどの能力もすべて脳で行われているということです。そして頭を使うという点に注目すれば、それは「認知能力」という機能でくくることができます。この認知能力を土台として支えている力が「記憶力」なのです。

物知りや学校の成績といわれればなんとなくわからなくもないけれど、アイデアを生み出すことや論理的に考えることに記憶力がどう関わってくるのか? は、なかなかイメージしづらいところではないでしょうか。ですが、実はこれらの能力も、それらを土台で支えている記憶力がなければ成り立ちません。

記憶力というとどうしても丸暗記を連想してしまう方も多いことでしょう。人間の記憶力というものが覚えた形のままでしか取り出すことができないとすれば、確かにその能力には、ほとんど価値がないというのには私も賛成します。これからますます進化していくAIなどにその座を譲ればいいだけの話です。

しかし、人間の記憶力は単なるインプットにとどまることなく、他の認知能力にもことごとく動力を与える、エンジンのような役割を持っているのです。

そのため、記憶力に注目をし、記憶力を鍛えることによって、他の認知能力によい波及効果が期待できるのです。しかも記憶力は向上したかどうかわかりやすいという利点があります。

覚えられたという感覚は他の能力に比べて実感しやすいからです。こういった理由で、総合的に頭を良くしたかったら、まず記憶力を良くすることに注力することが合理的な方法なのです。

アイデアの基は記憶

何か素晴らしいアイデアが生まれる過程を考えてみることにしましょう。アイデアというものは思いもかけない場所やタイミングでひらめくことが往々にしてあります。うーん、うーんと唸りながら頭を絞って出てくるものではないことは今までの経験から理解されている人も多いはず。ふとした拍子にマンガやイラストで出てくるようなあの電球がピカッ! と光るような感覚を味わった経験がある方も多いでしょう。

自分にとって素晴らしいアイデアが閃く状況がそのような感じですから、アイデアを生み出すための法則的なものなど存在しないようにも思えます。しかし、アイデアが生まれる過程をつぶさに観察してみると、そこにはある共通項が存在しているのがわかります。

さまざまな知見から、アイデアはまったく何もないところからいきなり生まれるものではないことは、今ではほとんど自明の理ともなっています。

アイデア創出、知的発想法の名著『アイデアのつくり方』の著者であるジェームス・W・ヤングもかつて著書のなかで「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」と看破しています。その考え方が知的発想の方法として普遍性を持っているからこそ同書は何十年にもわたってロングセラーになっているのでしょう。

私もこの考え方に賛成です。別々の状況やタイミングで頭のなかに入ってきたバラバラの情報どうしがあるとき何らかの化学反応を起こして、その結果新しい価値を持つ情報を生み出すという事実は、私自身も実際に何度も経験し実感しているからです。

これは私が関わってきた記憶競技で使うテクニックが、結果的に脳内でアイデアが生まれる過程をなぞっているようなところがあるためです。

私が携わってきた「記憶競技」。この競技はランダムに並んだ数字や単語やトランプの並びなどを制限時間内でできるだけたくさん記憶するという競技です。

そのようなものをたくさん覚えるためのコツはひとつひとつ個別に覚えないということです。効率よくたくさんの情報を覚えるためには、それぞれを関連付けて情報を圧縮して覚えることが重要になってきます。関連付けしておくことによって思い出すとき、紐付けられた相手の情報たちを苦労せずに引っ張り出すことができるというわけです。

例えば簡単に仕組みを説明すると「ゴリラ」という情報と「東京スカイツリー」という言葉を覚えるとして、それぞれを別々に覚えるとしたら情報量は2となります。

しかし、これらを組み合わせて「東京スカイツリーによじ登るゴリラ」というように両者を結びつけることで、情報量は1に圧縮することができます。一見すると、簡単に思うかもしれませんが、慣れないとなかなか大変な頭の作業なのです。

もともとはまったく関係ない情報どうしです。それらを何らかの共通点を見つけ出して関係性を創作するということをしなければならないからです。ポイントはなるべく面白かったり、インパクトがあったりするようなストーリーをつくることができると、記憶が強化されるという性質を使うことです。

記憶競技の大会で好成績をおさめるためにこういうトレーニングをずっとしてきたわけですが、結果的にこれは個別の情報をつなぎ合わせて新しいものを生み出すといったアイデア創出のトレーニングをしてきたようなものです。いわば異質な情報どうしを組み合わせて新しい情報をつくるという回路が脳に構築されていったのでしょう。おかげで記憶競技の練習を長く続けていくうちにどんどん新しいアイデアが浮かぶ体質になったことを、今では本当に実感しています。

ジョブズの「コネクティング・ザ・ドッツ」

かのアップル社の創業者であるスティーブ・ジョブズはかつてスタンフォード大学の卒業式に呼ばれてゲストスピーチでこんな考えを述べたことがあります。それが「コネクティング・ザ・ドッツ(点と点をつなぐ)」という考え方です。

コネクティング・ザ・ドッツとはその時点ではどんな価値があるのかはわからなくても、たくさんの経験や知識としての点(情報)を吸収しておく、それが将来何らかのタイミングでつながり新しい価値を生み出すのだという考え方です。

『子供の成功は記憶力で決まる 学力、思考力、心を育む子育て』(朝日新聞出版)
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実際彼も学生時代に将来何かに活かそうなどとの実益から逆算した動機ではなく、純粋にその美しさに惹かれて学んだカリグラフィー(文字を美しく見せる手法)が後々、マッキントッシュパソコンのタイポグラフィにつながったという経験を持っています。

単なる知識の寄せ集めでなく、個別の情報どうしを結びつけて新しい価値を創造する。これが私が記憶という能力に興味を持っている理由のひとつです。単なる記録ではない人間の記憶という能力はどんなにAIが発達したとしても普遍的な価値を持ち続けるだろうと予想しています。

ここまで話してきたように、アイデアというものは別々の情報どうしの組み合わせということならば、確率的には当然頭に入っている情報量が多いほうが有利になることは誰の目にもあきらかでしょう。では情報を頭のなかにたくさん取り込むという点において使う能力はなんでしょうか? そう、そこで記憶力の出番となってくるというわけです。

したがって子供たちには記憶に残る経験をたくさん積んでほしいと思います。将来何につながるかはわかりません。しかし、価値のあるものを生み出すのが頭のなかの記憶した情報の組み合わせであるならば、たくさんのものごとを記憶しておくことが将来必ず役に立つことは間違いありません。