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「変わらない地銀」追い込む菅首相の強烈な爆弾

 

それは、ある地方銀行が記者クラブで決算発表をしている最中のことだった。

「日銀が地銀再編を支援する新しい制度を発表しましたが、どう受け止めていますか」

質疑に応じていた頭取にも初耳の話。当然、想定問答なども用意しておらず、しどろもどろになってしまったという。

同じ時刻、別の地銀では、経営企画部の電話がけたたましく鳴り響いていた。「どういうことですか」「詳しく聞かせて」。経営陣はもちろん、各部署からも問い合わせが相次いでいたのだ。

まさに蜂の巣をつついたような騒ぎになったのは、11月10日に日銀が突然、「地域金融強化のための特別当座預金制度」を発表したからだ。

経費削減や経営統合に取り組む地銀を優遇

この制度は、地銀と信用金庫を対象とし、経費削減や経営統合に取り組むことを条件として、日銀への当座預金に年0.1%の上乗せ金利をつけるというもの。2022年度までの時限措置として導入するとしている。

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具体的な条件としては、経費を業務粗利益で割った経費率(OHR)の改善率が2019年度から2022年度までに4%以上になること、経費の改善額が同時期に6%以上になること、そして2023年3月末までに合併や連結子会社化といった経営統合を決定すること。これら3つのいずれかを満たした場合に対象となる。

ここ数年、地銀を苦しめてきたマイナス金利政策が、条件付きとはいえ一部修正されることに、地銀は色めき立ったのだ。こうした発表を受けて、ある地銀では、「削れる経費をすべて洗い出せ!」との大号令がかかったという。 

地銀の反応はさまざまだ。「チャレンジしたい」「経営統合によって費用がかさんでおり、達成は可能。すぐ申請したい」と歓迎する声が上がる一方で、「かなりの経費をすでに削っており簡単ではない」「これまで再編に取り組んできた地銀が損をすることになり不公平」といった不満も聞かれる。とはいえ、どの銀行も「達成できるかどうかは別にして、取り組まない手はない」と前向きだ。

『週刊東洋経済』11月24日発売号は、「地銀 最終局面」を特集。菅義偉首相によって追い込まれた「地銀の崖っぷち」を徹底取材した。「列島再編ルポ」をはじめ「再編大胆予測」、そして「激変する銀行員の現実」など地銀の今を余すところなく伝えている。

しかしこうした日銀の政策について、金融関係者の間では「禁じ手だ」と評判が悪い。

「日銀はミクロ経済には手を出さないというのが不文律。こんなことをしたら金融政策がおかしくなってしまう。執行部もそれがわかっているから、総裁会見がない通常会合で決めたのだろう」と日銀元幹部は指摘する。

それからわずか2日後の11月12日。今度は政府が、地銀や信金の経営統合や合併に対し、システム統合費用などの一部を補助する交付金制度を来年夏にも創設する方針が明らかになる。申請期限は2026年3月末までの5年間弱、最大で30億円程度となる見通しだ。

こうした政策がアメならば、政府はムチも用意する。2カ月前の9月中旬。金融庁の氷見野良三長官は地銀首脳とのオンライン会合で、公的資金による資本注入の要件を大幅に緩和した改正金融機能強化法の活用を検討してほしいと訴えた。

同法は経営責任や収益目標を求めなかったり、返済期限を設けなかったりと、銀行にとって使い勝手はよくなっている。だが、ひとたび公的資金が注入されれば、「再編を進めたい国の言うことを聞かなければならなくなる」(地銀幹部)ことは必至。経営の自主性が失われるのは目に見えている。

硬軟を巧みに使い分けながら、政府・日銀が一丸となって地銀を追い込む背景には、菅首相の存在があった。自民党総裁選挙前に「地銀は数が多すぎるのではないか」と発言、翌日に再編について「選択肢の1つ」と踏み込み、地銀に再編を迫ったのだ。

実は日銀も、この発言を受けて大手地銀に対し、「経費はどれくらい下げられますかね」とヒアリングを行っていた。「今振り返れば、準備していたのだろう」とこの地銀の幹部は振り返る。

前出の日銀元幹部も「政府はもちろん、日銀も前のめりになっているのは、明らかに菅首相への忖度。首相の本気さを感じ取り、歩調を合わせたのだろう」とみる。

しびれを切らす菅首相

菅首相がここまで踏み込むのは、地銀を取り巻く環境が劇的に変化し、存在意義さえ失いかけているにもかかわらず危機意識が薄いことに、いら立っていたからだ。

長引く超低金利政策で、貸出金利は大幅に低下。地域経済の縮小も相まって本業だけでは生きていけず、今後、赤字の地銀が増えるのは必至だ。そうしたタイミングで新型コロナウイルスが発生。感染拡大で企業業績の悪化は著しく、貸し倒れに備えた引当金など与信コストは増加傾向にある。おのずと地銀の健全性も劣化していく。

しかも、過去に注入された公的資金の優先株がすべて普通株に強制転換される「一斉転換」が2024年に迫っている地銀も少なくなく、返済できなければ実質的に国有化される危険性が高まっている。

にもかかわらず、地銀は変わろうとしない。第二地銀こそ減っているものの、第一地銀に関してはこの40年間、63〜64行のまま。長きにわたって金融当局が再編を呼びかけてきたのにだ。こうした状況に菅首相がしびれを切らし、〝爆弾〟を投じたというわけだ。

かつて、これだけ明確に地銀の再編について言及した首相はいなかった。それだけに、インパクトはすさまじいものがある。追い込まれた地銀に残された時間は少ない。