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安倍前首相の功績?

菅義偉政権が本格的に動き出す中、日銀は7年半以上たっても実現しない、2%の物価上昇率目標を維持する姿勢のようね。消費者には、物価が上がらないのはいいことに思えるけどなぜ続けるのかな。 消費者にも働く人にも重要な物価について、堀田智恵さんと石原聖子さんが清水功哉編集委員に聞いた。

――首相が代わりましたが、日銀は2%の物価上昇率目標を続けますね。

黒田東彦日銀総裁は「日銀が2%目標の実現を目指すことは一切変わりない」と語っています。デフレ(物価が下がり続ける状態)からの脱却に向けた物価2%の「早期実現」は、もともと安倍晋三前首相時代の2013年1月、政府と日銀(当時の総裁は白川方明氏)の共同声明に盛り込まれたものです。アベノミクスの継承を掲げる菅義偉首相は声明を維持するとみられ、日銀側も同じ姿勢です。 ただ目標は未達成です(消費増税の影響を除く)。黒田氏は総裁就任直後の13年4月、2年程度で実現するとしていましたから大幅な遅れです。20年9月の消費者物価上昇率は0%で、すぐに2%になりそうにありません。人々に物価は上がらないという心理が定着したほか、グローバル化で新興国の安い製品が流入しています。価格比較がしやすいネット通販の普及も物価下落圧力の要因です。

――なかなか実現しない目標に意味がありますか。

実は、政府・日銀も本音では2%の「早期実現」を当初ほど重視しなくなっているようです。安倍前首相は任期中の雇用増などを踏まえ「(実質的に)目標は十分に達成できた」と指摘しました。 菅首相も、新型コロナウイルス感染拡大による危機打開に向け雇用改善や市場安定のほうに重点を置く様子です。重要課題に掲げる携帯電話料金引き下げは、むしろ物価に下げ圧力をかけます。日銀も2%の達成時期の明示をやめました。 それでも2%目標が維持される背景には、欧米の中央銀行が2%程度を目標にし、日本だけが数字を下げると円高になる恐れがある点があります。物価と通貨価値は前者が下がると後者は上がる反比例の関係にあります。日本が海外より低い物価上昇率を目指すと、日本は通貨価値の上昇を容認しているとの印象を与え、円が買われかねません。2%目標の主な狙いは円高防止になってきているとみるのが実態に近そうです。

――そもそも物価は下がったほうがいいのでは。

買い物をする際はそうでしょうが、デフレで企業の利益がマイナスになれば給料が減り、失業が増える恐れもあります。経済全体を考えればデフレは望ましくありません。 むしろ物価は一定程度プラスのほうが安心感があるとされます。中銀は金利引き上げは事実上無限にできますが、下げることには限度があり、物価が上がるインフレよりデフレを退治するほうが難しいからです。物価統計には実際の価格より高めに出るクセがあり、ゼロを目標にすると物価下落を目指すことになってしまう事情もあります。

――とはいっても、2%は高すぎませんか。

専門家も指摘している点です。物価が上がりにくい現象は欧米でも起きていて、2%になっていません。問題は、それでも目標を引き下げない点です。むしろ米連邦準備理事会(FRB)は8月、いったん2%を超える物価上昇率を目指すという新政策を決めました。物価押し上げに向け、より大胆な緩和姿勢を印象付けようとしているようです。もっとも、日本と同様、効果的な追加金融緩和策の手段は豊富には残っていないといえます。 2%目標にこだわるあまり金利を極めて低い水準に抑える政策を長期化させれば、銀行の収益悪化で金融システムが揺らいだり、年金や保険の資産運用の足を引っ張ったりする副作用が深刻化するとの指摘もあります。いずれは欧米も2%目標維持の問題点に気付き、修正に向けた具体的な動きが出てくるかもしれません。仮にそうなれば、日本も目標を下げやすくなるでしょう。

ちょっとウンチク 物価と失業率の関係変化

物価2%の「早期実現」が当初ほど重視されなくなった背景には、物価がそれほど上がらないもとでも雇用環境が改善したことがある。2%目標が導入された13年1月以降、未達成が続く中、完全失業率は4%台前半から一時2%台前半に大きく下がったのだ。 物価が上がるのは景気がいい証拠だから失業率は下がる――。そんな考え方などを背景に物価上昇を目指すことには意味があるとみられてきたのだが、実際には物価があまり上がらなくても失業率は低下した。理由についての分析は様々だが、いずれにせよ2%の「早期実現」の政治的価値は下がったようだ。