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日本で「欧米流ジョブ型雇用」導入が厄介な理由

「何で誰も手伝ってくれないの?」「なんで給与が上がらないの?」「なんで教育してくれないの?」……。今回は「もしも日本にジョブ型雇用が導入されたらどうなる?」という話です。コロナ禍でのテレワークの拡大により、「時代はジョブ型」という声が多く聞こえ始めました。

「ジョブ型雇用」とは欧米をはじめとした世界的に導入されている雇用慣行のひとつで、労働者各人の職務をあらかじめ明確に限定して職場を編成しています。これは日本で主流となっている「メンバーシップ型」とはまったく異なる雇用慣行です。

今回はもし日本でジョブ型が導入されたら、どのような世の中になり、どのような職場になるのか、7つの論点から考えてみました。

お互い協力し合う雰囲気になりづらい

  1. ①仕事は一人で完結

ジョブディスクリプション(職務の詳細な説明書のようなもの)により一人一人の職務内容および範囲が明確になっており、その範囲内の責任を果たすことだけが求められます。したがって、日本的な「大変な同僚を助けよう」「お互い協力し合おう」という雰囲気になりづらいのが特徴です。

私も海外旅行でこんな象徴的なシーンを目撃したことがあります。フードコートで片付けをしている日本人客が現地のスタッフに「そのままでいいです」と少し強めに注意されていたのです。

日本人からすると「感謝されても怒られるなんて理解できない」と思うかもしれませんが、ジョブ型ではこのようなシーンも起こりえます。

なぜなら、その注意をしたスタッフにしてみれば「私の仕事が奪われてしまう」と考える場合もあるからです。ホールの片付けを担当するスタッフがいるフードコートで、セルフサービスが根付いてしまうと、「片付ける」という仕事がなくなってしまうかもしれません。

ジョブ型の職場では同じようなことが同僚間でも生じます。ジョブ型で「同僚の仕事を手伝う」ことは、双方にとって必ずしもプラスに働くわけではないというわけです。

例えば、同僚に仕事を手伝ってもらうと「あいつは余剰人員だ」と思われるかもしれないし、手伝った同僚にしても「そんなことしてもまったく評価されない」ことになるわけです。

  1. ②給与が上がらない

働き方がジョブ型になると、報酬も職務給もしくはそれと類似のものになる可能性があります。つまり自身の能力ではなく、職務内容によって報酬の額が決定されるので、能力による報酬の差が開きにくくなります。従来は勤続年数に応じてそれなりの昇給があったかもしれませんが、職務が変わらなければ報酬も大きく変わることがないというわけです。

特に厳密な同一労働同一賃金が推進されていくと、その傾向は顕著になるでしょう。自身の収入を上げるには、自分の責任とお金で自己投資し、スキルを身に付けて、高い賃金が支払われるジョブへ自ら移っていく必要があるのです。

  1. ③ゼネラリストにはなれない

日本的経営の特徴としてジョブローテーションがあります。これは入社から数年おきに配置転換をし、社内のさまざまな部署を経験させることです。これがあることによって適材適所を把握できるというメリットがあります。

現在の部署で思ったようなパフォーマンスを発揮できなくとも、配置転換により自身を活かす場所を発見できることがあります。

職務の内容は基本的に変更されない

このようなジョブローテーションは、日本的経営のように報酬が職務ではなく能力や勤続年数に紐づいているからこそ運用が可能となります。なぜなら、職務内容に報酬が紐づいている場合は、配置転換のたびに報酬が変更されることになるからです。

ジョブローテーションを廃止し、完全なジョブ型に移行した場合は、基本的に職務内容の変更はされません。思ったような成果を出すことができなくとも、その職務にとどまらなければならないのです。そこで、経営層が見切りをつければ解雇されてしまいます。

現在の日本において簡単に解雇に至ることはありませんが、そうなると、飼い殺し状態になってしまうことが予想されます。

  1. ④ムードメーカーはいらない

メンバーシップ型を採用している日本企業では客観的に把握し難く、特定のジョブを遂行するために必要な能力として明示し難い「協調性」や「コミュニケーション力」といった漠然とした能力を重視し、評価対象としていることが少なくありません。中には一般職に対してもリーダーシップを求め評価対象とすることもあります。

しかし、ジョブ型では特定のジョブをこなすために必要な客観的な遂行能力こそが期待され、評価対象とされますので、これらを発揮する場面が極端に減少します。

  1. ⑤就職戦線が大きく変わる

まず大前提として「ジョブ型」の世界では会社は教育訓練をしません。なぜなら、決まった職務を遂行できるスキルを持っている人材を採用することが前提だからです。

したがって、採用するポイントは実際に職務を遂行するスキルを採用時点で持っているか否かが重視され、「協調性がある」「コミュニケーション能力がある」といった情意の要素はあまり参考にされません。

現在、日本の多くの学生は職務を遂行するためのスキルを学生時代に体得していませんので、ジョブ型の雇用慣行が広く採用されるようになると、就職が困難な状態に陥ります。新卒一括採用が大幅に減少し、若年者の失業率が増加します。

「新卒」がブランドではなくなる

大学を卒業後、一部の超エリートはこれまでのように新卒採用の対象となり、幹部候補として企業内の教育プログラムを受けますが、多くの学生は給与が極端に低いか、そもそも給与が支払われないインターンシップやアシスタントとしてキャリアを始めることになります。その間にスキルを磨き、能力が認められればその職場で正社員としてのオファーが来るか、求人情報をみて自分を売り込んでいくことになります。

つまり、いわゆる新卒がブランドではなくなるということです。「会社から教育してもらう」「企業は人を育てるべき」という認識が大きく変わっていきます。

  1. ⑥出世する手段が変わる

ここまで見てきて、こんな疑問を感じている方はいませんか。

「ジョブローテーションもなく、教育もなく、同じ仕事をずっと続けていて管理職に昇進させてもらえるのだろうか」

ジョブ型では内部昇進はなじまないためいわゆる幹部といわれる人たちは、一部のエリート枠で採用した者を除き、経営のプロを外部から採用します。ノンエリートの一般職で入社して、その会社で出世をして幹部になるということはまったくゼロではありませんが、まれです。

幹部になりたければ、経営学系の大学院などで学び、自分自身で必要なスキルを身に付けて売り込んでいくことが主流となります。

  1. ⑦「同一労働同一賃金」が実現する

同一労働同一賃金はジョブ型と非常に相性がいいため、世界的に導入されている賃金制度です。今日、日本でも同一労働同一賃金の実現が政府主導で進められています。

しかし、日本ではメンバーシップ型が主流のため諸外国のような同一労働同一賃金には至っていないのが現状です。

ジョブ型の社会ではどこの会社に就職しても、職務が同一であればベースとなる部分の賃金はさほど差がありませんが、日本の場合は職務が同一でも、就職先によって賃金額が大きく異なることが多いといえます。

同一労働同一賃金のルールが企業内で閉じられ、企業の枠を超えて一律に適用されていません。そのため、“日本型”の同一労働同一賃金といわれています。社会全体がジョブ型になれば、諸外国のような同一労働同一賃金になる可能性が出てきます。

日本で導入するには課題が多い

ここまで7つのポイントを論点として取り上げて、もし日本でジョブ型が導入されたらどのような世の中になり、どのような職場になるのかを考えてみました。

これを読んでいるみなさんは、メンバーシップ型とジョブ型とどちらが望ましいと思いますか。あるいは、両方のいいところを合わせることが望ましいと思われたでしょうか。

今後はメンバーシップ型とジョブ型のほどよい共存、そして同一労働同一賃金を現状の給与制度、賃金カーブにどのように取り入れていくか、日本型へジャパナイズするかが課題となるでしょう。

この課題に対する答えが、今まさに求められています。