トランプの「話し方」には学ぶべき点が多い
いよいよ、天下分け目のアメリカ大統領選が直前に迫りました。各種世論調査などから民主党のバイデン候補の優勢と伝えられますが、トランプ大統領が猛追し、大接戦となっています。
新型コロナ対策を軽視し、暴言、虚言を繰り返しながらも、支持者からは熱狂的な支持を集めるトランプ氏ですが、その人気の原動力となっているのが、「天才的な話し方」です。
プロパガンダ(特定の主義・思想についての宣伝)やセールスの「教科書」を一から十までフルカバーしたような強い言葉遣い、ふるまい、話し方で、支持者を虜にして離しません。
筆者はその主張や手法にはまったく共感しませんが、トランプの「話し方」だけは日本人も学ぶべき点があると感じています。
拙著『世界最高の話し方』に詳述していますが、列挙すれば、キリがない彼の「話し方」マジックのうち、今回は、とくに日本人が学ぶべき話し方の3大ポイントを紹介しましょう。
日本人エグゼクティブに話し方を指南する中で、最も大きな問題点だと感じるのは、自社のモノやサービスについての情報や自分の考え方を一方的に「伝える」ことがコミュニケーションだ、と勘違いをしている人が多いことです。
コミュニケーションには「①伝える→②伝わる→③つながる」という3段階がありますが、たいていの人は「伝える」だけで終わっています。
メッセージを相手が受け止めてくれて「伝わる」、さらに、相手の気持ちが動き、絆が生まれ、「つながる」というレベルまではなかなか到達できません。
【1】「共感力」「楽しませる」「勇気づける」
トランプとその支持者たちの忠誠心や結びつきを見ると、彼がこの3段階を簡単にクリアし、ある種の運命共同体(コミュニティ)を作り上げていることがわかります。
彼のこの強力な「つながる」コミュ力の秘密は「Empathy(共感力)」と「Entertain(楽しませる)」、そして「Empower(勇気づける)」です。
彼自身、いわゆる「共感力」は低いのですが、感情を喚起し、「共有する力」はすさまじいものがあります。
「民主党」「中国」「メキシコ人」など、「敵」を徹底的に攻撃し、支持者の「怒り」を掻き立てます。そして、「テロリストにやられる」「移民に職を奪われる」「民主党になれば、社会主義の国になる」などと、「恐怖」をあおり続けるのです。
人は「ロジック」ではなく「感情」で動く
人は「ロジック」では動きませんが、「感情」によって、あっという間に動かされます。現に、我々も、コロナは「怖い」→「マスクをしよう」となるわけです。
トランプは、この感情という「動機付けスイッチ」を巧みに操り、人心を掌握します。
そして、何よりも彼のコミカルな話し方はとにかく面白く、支持者は、これまで味わったことのないワクワク感を覚えるのです。
「許せない」×「怖い」×「楽しい」。支持者の間で三重奏の感情を共有させ、強いつながり、連帯意識を醸成する。
この「共感力」こそが彼の最大の強みなのです。
トランプは「いい気分にさせる」話し方の天才
トランプのもうひとつの強みは、支持者たちをエンパワー、勇気づけることです。
周縁化されてきたと不満を抱くブルーカラーの白人を中心とした支持者に彼は徹底的に甘い言葉、聴衆が聞きたい言葉をささやき続けます。
「君たちは遺伝子がいいんだ」「なんて素晴らしい人たちなんだ」「君たちが必要なんだよ」「愛しているよ」
コロナだって、「そんなもの、消えてなくなる。心配する必要ないさ」。これが真実でないとしても、聞き手はいい気分になれればいい。
そう、彼は決して「いい人」ではありませんが、「いい気分にさせる」話し方の天才なのです。
優れたセールスマンは「モノ」を売るのではなく「フィーリング」を売ります。この「相手を高揚させ、勇気づける力」こそが、彼の魅力の源泉。
「ほめ下手」「ロジック重視」の日本人には最も苦手とするテクニックかもしれませんが、本当に「いい人」「誠実な人」が、こうしたペテン話法に負けてしまうのはもったいない。
嘘やヘイト、ネガティブな感情を過度にあおる手法は決して許されませんが、彼のやり方をすべて邪道と切り捨てるのではなく、この「いい気分にさせる力」は割り切って学ぶ価値はあるでしょう。
多くの人が、相手の理解度を過大評価しがちです。相手が3しかわかっていないのに、8わかっているだろうと仮定し、その前提で専門用語などを駆使し、「賢そうに」話してしまうのです。
その点、トランプはまるで、相手が1しかわかっていないかの如く、話します。
【2】どこまでも会話調で「相手とつながる言葉」を使う
そのボキャブラリーは、非常に乏しく、分析によると、オバマ前大統領の語彙力が9年生(14-15歳)なのに対し、トランプは4年生(9-10歳)レベルと歴代大統領の中でも最も低いという結果でした。
つまり、高い教育を受けたエリートなら絶対に恥ずかしくて使えない語彙を連発するのです。
「great」「tremendous」「bad」などの言葉は、先生に「たくさん使ってはいけません」と教わる言葉で、エリートの耳には、トランプの話し方は「俺って、歴史上、一番すっげー大統領なんだぜ」「めちゃくちゃイケてるだろ~」「あいつは最低だ!」としか聞こえません。
臆面もない自画自賛、度を超えた相手への誹謗中傷は、人として、許される範囲を超え、日本では決して受け入れられないでしょう。
しかし、一方の民主党側のレトリックはエリート臭が漂い、「上から目線」なところがある。
その点、トランプのわかりやすさは圧倒的です。キャッチコピー力も天才的で、「Make America
again、Sleepy Joe(寝ぼけたジョー・バイデン)」など、シンプルで、覚えやすく強い言葉を次々と紡ぎ出します。
どこまでも会話調。だからTwitterを多用
そして、彼の言葉はどこまでも会話調で、聴衆はまるで「対話」をしているような気分になります。
語り口はカジュアルで、きっちりとした文章に落とし込まれていないので、書き起こすと意味をなしません。彼が「書き言葉」ではなく「話し言葉」として伝わるTwitterを多用するのもこの理由です。
ソクラテスは、「大工と話すときは、大工の言葉を使え」と説きました。「伝える言葉」ではなく、「つながる言葉」を使う。これは、コミュニケーションの王道ルールなのです。
コミュニケーションの成否を決めるのは「話す内容」×「話し方」×「話し手のエネルギー、気、志、思い」の3要素です。
日本人はそのどれも、体系立てて学び、習得する機会がなく、「話すことに自信がない」という人が大勢います。
「誠実で親切で、良識ある人より、ただ声がデカくて、敵を作ることを恐れず、自信をもって叫ぶヤツの声が通ってしまう」。そんな理不尽さを感じることはありませんか。
筆者は、日本の大企業の幹部層に話し方のコーチングをしていますが、日々、痛感するのは、とにかく控え目で、自分のよさ、強みをしっかりと上手に伝えることが苦手な人が多いということです。
【3】「圧倒的な熱量」と「盛り」で、エネルギーが凄い
日本人のエリートは、総じて「盛り」が足りないのです。実態以上に自分を小さく見せるしぐさ、話し方ゆえに、お行儀がよすぎて、「エネルギー」が非常に低い。
一方、トランプを見てください。中味はスカスカでも、真実でなくても、堂々と断定し、言い切る。自分を大きく見せるように振る舞う。
そして、圧倒的な熱量。モノを動かすために必要なのは「エネルギー」ですよね。人を動かそうとするのであれば、話し手はエネルギーを放出しなければならないということなのです。
日本人は、もっと正しく「盛る」話し方を知ろう
残念ながら、「低燃費」のコミュニケーションは、伝えていないのと同じこと。トランプの盛り方は異常ですが、日本人ももう少し、正しく「盛る」話し方を知る必要があるでしょう。
正しければ、もしくは、いいものならば、いつか誰かがわかってくれる、認めてもらえるわけでは、残念ながらないのです。
国を分断し、国力を削ぎ、混乱を招くトランプのコミュ術は、禁じ手と言える範疇ですが、それをどう批判したところで、まったく効力はなく、むしろ勢いづけるようなもの。
結局、「コミュ力」に対抗するのは、正義や真実ではなく、「コミュ力」でしかありません。その戦いを制すのはどちらか。まもなく審判が下ります。
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