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クボタ「自動田植え機」普及への期待とハードル

農機で国内最大手のクボタは10月、自動運転の田植え機を発売した。安全対策上、人が監視することを前提としてはいるが、田植え機としては世界初だ。自動運転は自動車の分野で大きな注目を集めている。農機の世界でも次世代のキーワードとして開発競争が熱を帯びてきた。

農機が最適な走行経路を計算

クボタが発売する田植え機の名称は、「アグリロボ田植機NW8SA」(無人仕様の税抜き価格は625万円から)。最新鋭のGPSと地上に設置する補正用の基地局によって、±2~3cm単位で農機の位置を測定。農機の傾きなどを把握するIMU(慣性計測装置)からの情報やレーザースキャナーで周辺の人や障害物も把握し、搭載した制御基板で情報を処理して動く。

一口に田植えと言っても、水田の広さや形はさまざま。アグリロボは最初に水田の最外周を有人運転してマップを作成しさえすれば、後は機械が自動的に最適な走行経路を計算し、無人で田植え作業を行う。通常、田植え作業は田植機の運転者のほか、苗の補給などをサポートする補助者が必要だが、この自動運転機を使えば1人での田植え作業も可能になる。

自動運転は、「CASE」と呼ばれる自動車の次世代技術の1つとして注目されている分野だ。ただし、公道を走る車は厳しい法規制が課せられており、現時点ではまだ車の自動運転は人が運転席にいることが大前提。これに対して、私有地の畑や水田で使用する農機は人の監視の下での無人が認められており、実は車よりも自動化が進んでいる。

すでにトラクターでは、2017年にクボタが初めて無人運転可能な60馬力のトラクター「SL60A」をモニター販売として市場投入。2019年には100馬力のトラクター「MR1000A」を一般向けに発売している。井関農機も2018年に無人運転可能な65馬力のトラクターのモニター販売を開始した。

井関農機の無人トラクター。前に障害物があると、音を出しながら自動で停止する(記者撮影)

田植機の分野でも近年は高機能化が著しい。すでに多くの田植機には水田内をまっすぐ走る機能が搭載されており、購入者の約半数がそうした直進機能付きの製品を選んでいるという。6月には国内2位の井関農機が、当時としては世界で初めて旋回補助機能を搭載した田植機を発売。そして今回、ついにクボタによる自動運転の田植機が登場したのだ。

ではなぜ、農機業界は自動運転機種の開発に力を入れるのか――。背景にあるのが農家の高齢化だ。農林水産省がまとめた「農業労働力に関する統計」によると、日本の農業従事者は今や65歳以上が70%以上を占め、2010年に国内で205万人いた自営農業者は140万人(2019年時点)にまで減っている。

こうした農業従事者の高齢化や離農が進む中で、日本の農業には大きな産業構造の変化が起き始めている。“担い手”のいなくなった農地が、やる気のある比較的大規模な農家や農業事業者に集約され、1経営体当りの耕作面積が大型化しているのだ。実際、20ヘクタール以上の水田を耕作する大規模農家(農業事業者含む)の平均作付面積を見ると、2014年の36ヘクタールから2018年には43ヘクタールにまで広がっている。

井関農機の無人トラクターの操作画面。タブレットを通じて車体のカメラで周囲の状況を見ることができる(記者撮影)

作付面積が大きくなれば、極力人手をかけずに済む効率的な作業が必要になる。しかも、農業の熟練経験者が減っていき、今後の農業を担う働き手は若い世代が中心となる。そこで、省力化につながり、農業経験が浅くても操作できる自動運転農機へのニーズが高まっているわけだ。

農機メーカーにとっても、こうした自動運転技術は事業の将来を左右する極めて重要なテーマだ。クボタは10月初旬、連携を続けてきた自動運転分野でアメリカのエヌビディアとの戦略提携に踏み込むと発表した。

エヌビディアは画像処理半導体(GPU)の世界最大手で、高い計算処理能力を持つGPUとそれを活用したAI開発プラットフォームを提供している。クボタはそのエヌビディアの最先端技術をフルに活用して、天候や農作物の生育状況などを見ながら自動で適切な作業を行う「完全な無人運転農機」の開発を目指すという。

普及への最大のネックは製品価格

着実に進む農機の自動運転化だが、普及に向けたいちばんの課題は値段だ。例えば、クボタ製の100馬力の自動運転トラクター「MR1000A(無人仕様)」の税抜き価格は1468万円で、自動運転機能がない同格のトラクター(同954万円)より500万円以上高い。馬力がより小さなタイプで見ても、自動運転タイプと通常のトラクターとでは1.5倍程度の価格差がある。

同社の佐々木真治・研究開発本部長は、「(無人運転の普及には)コストは大きな壁になる」と話す。外部から調達するセンサー類などの価格がまだ高く、現状では価格を抑えることが難しい。「自動車で自動運転が普及して、スケールメリットでセンサーの価格が下がらないとコストダウンはなかなか厳しい」(佐々木本部長)。

加えて、技術的にもまだ課題がある。現在の自動運転農機はあくまで私有農地での無人運転を対象としており、自宅などから農地までは有人運転で移動する必要がある。また、農地で無人運転させる際にも、安全性確保のための監視が大前提だ。

効率化を追求するなら、将来的には完全無人化が求められる。ただし、そこに至るまでにはまだ技術的な課題が複数あるうえ、まだ公道での完全自動運転走行は法律で認められていない。GPSの精度や通信インフラなどインフラの整備も必要になる。自動運転農機の普及に向けたハードルは決して低くない。